第三章 死ねない理由と死にたい理由

第22話 歴史


約300年前、賢者が倒した国はルンドスロム王国という国だった。

魔法大国と呼ばれていたルンドスロム王国は魔法の研究に民の税金をつぎ込み、民は疲弊した。


火の魔法で街を焼き、水の魔法で洪水を起こし、風の魔法で家々を吹き飛ばし、雷の魔法で落雷を降らせ、土の魔法で大地を揺らした。

危険な魔法ばかりを使い、誰も逆らえる者はいなかった。

当時の王女であった白髪の魔女は特に悪逆で、誰からも恐れられる存在だった。



「その魔女を倒したのが、賢者か…」


王城の書庫から借りた歴史書を読み直したアルノルドは、深くため息をついた。

何か新しい発見がないかと歴史書を読み直してみたものの、幼い頃に学んだ知識以上のものは得られなかった。


「そして賢者に倒された魔女が、セシーリアか」

「到底信じられません」


アルノルドが読み漁った書物を片付けながら、ユーリーンは首を横に振る。


「でも、嘘を言ってるようには見えなかったけど」


物陰からファルクが現れ、会話に参加する。


「エドヴァール王国に残っている書物からは、これ以上知ることはできないだろうな」


エドヴァール王国は、歴史における勝者である。

自分たちに都合の良い事実しか残していない可能性が高い。


「じゃあ、どうします?」

「ルンドスロム王国時代の遺物は全て焼き払われたと聞いていますが」

「歴史は、書物や物だけに残るものじゃないからな」


アルノルドは少し考え込むと、何もいない空間に声をかける。


「イオ。いるか?」

「なに?アルノルド」


返事をして現れたのは、先日アルノルドと契約を結んだ火の精霊である。


「少し聞きたいことがあるんだ」

「いいよ」

「イオは、ルンドスロム王国について何か知っているか?」

「知らない。僕、人間と話すのはアルノルドが初めてだし」

「そういえばそうだったな…」


人間より長生きの精霊ならば何か知っているかもしれないと思ったが、イオは精霊の中でも若い方なのだろう。


「でも、仲間が言ってたことなら少し知ってるよ」


イオは口に指をあて、記憶を辿る。


「みんな、ルンドスロム王国の頃が好きだって言ってた。精霊が見える人がほとんどだったし、みんな精霊に優しかったんだって」


賢者によって多くの魔法を使うことを禁じられ、次第に魔素も見えなくなったエドヴァール王国の人間は、精霊を見ることもできなくなった。


「魔法もいっぱいあって、人と魔物が友達になってたんだって」

「人と魔物が友達…」


以前のアルノルドだったら信じられない言葉である。

しかしセシーリアを知っている今は、その言葉が本当であると分かる。


「精霊にすごい好かれていた子もいたらしいよ。みんなその子と契約を結んでほしくて、押しかけたんだって」

「それはすごいな…」


精霊との契約は人間側から望むものだと思っていたが、そうでない場合もあるらしい。


「僕らは、心の綺麗な人間が好きなんだ」

「その子も、心が綺麗な人だったんだな」


イオは頷く。

そして、少し悲しそうに眉をひそめる。


「僕の仲間は、エドヴァール王国のことは嫌いなんだって」

「ウルリーカとイリスもそう言っていたな」


ウルリーカは、「あの男の子孫だから気に食わない」と言っていた。

イリスは、「賢者がセシーリアから全て奪ったから」と言っていた。


「精霊は嘘をつかないというのは、本当なのか?」


イオは素直に頷く。


「偽りは、僕らの心を蝕むから」


それほどに、精霊というのは純粋な存在なのだろう。


『俺は偽りばかりだな』


セシーリアとの婚約関係も偽りだし、人に隠していることもある。

少し落ち込んだ様子のアルノルドに気付いたイオは、ふわりと赤い髪を揺らす。


「僕、アルノルドのことは好きだよ!」


燃える炎のような瞳が、真っすぐと自分を見つめてくれる。

それが嬉しかった。


「ありがとう。イオ」

「えへへ」


イオは、少し照れくさそうに笑う。


「そうだ」


アルノルドは机の引き出しから包みを出すと、それをイオに差し出す。


「クッキーっていうお菓子だ。一緒に食べないか?」


イオは目を輝かせると、クッキーを1枚手にとって食べた。

モグモグと食べると、ぱぁっと顔が明るくなる。


「おいしい!」

「それは良かった」


ユーリーンが紅茶を淹れ、イオはそれも気に入ったようだった。



「…俺も早く精霊が見えるようになりたいなぁ」


何もない空間にクッキーと紅茶が消えていくのを見て、ファルクは悔しそうにつぶやいた。



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