第6話 訓練
「まずは、自分の魔力の流れを感じるところからです」
「魔力の流れ?」
「魔法を使う時、魔力は流れます。その流れを感じることで、魔素も感じやすくなります」
「なるほど」
「手を貸してください」
ひょいと両手を出され、警戒心はないのかと呆れる。
すぐ近くにいるユーリーンから殺気に近い警戒心を感じるが、あれが普通だと思う。
アルノルドの手を取ると、セシーリアは自分の手を重ねる。
「私から、少量の魔力を流します。手に集中して、それを感じてください」
アルノルドは目を瞑ると、集中する。
「!」
セシーリアの手からぞわりと何かを嫌なもの感じ、反射的にセシーリアの手を振り払った。
「殿下!」
「大丈夫だ」
駆け寄って来たユーリーンを手で制し、無事だということを伝える。
「今のが魔力です」
「何か、嫌な感じがしたが…」
「他人の魔力を直接流されると、体が反射的に嫌悪感を表すそうです」
呪文によって魔法に変換していない魔力が体内に入ると、体が自分を守ろうとするらしい。
血縁関係や魔力の相性によってはそうではない場合もあるらしいが、基本的に他人の魔力に体は反発する。
「殿下の魔力に、私の魔力を少し混ぜました。体の中に、その流れを感じますか?」
アルノルドはもう一度目を瞑り、体に意識を向ける。
「…分からない」
「すぐに分かるようなら、誰も訓練しません」
当たり前のことを言われ、これは時間をかける必要があると理解する。
またすぐに集中し始めたアルノルドに、セシーリアはそっと側を離れる。
用意されている菓子とお茶に手を付けるとユーリーンに睨まれたが、知らんぷりをする。
訓練を頼んできたのはあちらなのだから、これくらいの無礼は許されるだろう。
『おとうさま、おかあさま、おにいさま。みて!できたわ!』
湖の湖畔で集中しているアルノルドの姿に、どこか懐かしい景色を思い出す。
『おぉ、よくできているな』
『がんばったわね』
『すごいな』
記憶の中のあたたかい声が、セシーリアに語りかける。
湖面に反射した光のように、それはキラキラと心に降り積もる。
その眩しさに、セシーリアは瞼を閉じた。
「セシーリア嬢!できたぞ!」
アルノルドの声に、セシーリアは瞼を開ける。
少し興奮した様子のアルノルドが目の前に立っている。
それほど陽が傾いていないことから、あまり時間は経っていないらしい。
「では、私に魔力を流してみてください」
セシーリアが手を差し出すと、アルノルドはその手を見る。
「嫌悪感を感じるのでは?」
「慣れれば大丈夫です」
そういうものなのか、と言ってアルノルドはセシーリアの手をとる。
少しすると、確かに魔力が流れてきた。
「問題ありません」
ちゃんとできていることを伝えると、アルノルドはぱっと笑顔になる。
王城にいる時はそうでもなかったのに、こういった反応を見ていると少年らしいところがある。
「次は、どうすればいい?」
「他人の魔力を感じたように、この世界に満ちる魔素を感じるように訓練します」
どちらかと言えば、こちらの方が難しい。
他人の魔力は嫌悪感を感じることで感じやすいが、魔素は当たり前にありすぎて改めて感じるとなると大変なのだ。
それを説明すると、アルノルドは納得したように頷く。
「だから、先に人の魔力を感じることから始めるのか」
「何事にも、順序というものがありますから」
「セシーリア嬢は、教え方がうまいな」
「…ありがとうございます」
少し困惑した様子のセシーリアに、アルノルドは優しい眼差しを向ける。
「よければ、セシーリアと呼んでもいいか?」
「どうぞ」
「私のことも、アルノルドと呼んでほしい」
「私のような者が、殿下を名前で呼ぶことはできません」
「こういう時だけ、私を王族として扱うのだな」
少しいたずらっぽい笑みに、セシーリアは視線を逸らす。
不敬な態度が許されているのは分かっていたが、そこまで気付かれているとは思わなかった。
「気が変わったら、いつでも呼んでくれ」
無理強いする気はないらしい。
アルノルドは少し菓子をつまむと、また湖畔に戻っていった。
魔素を感じるために、集中するのだろう。
太陽の光を受けた髪は輝き、さらさらと風に揺れている。
瞼を閉じて一心に集中している姿は、どこか子供らしさを感じる。
心地よい風に耳を傾けながら、セシーリアはその景色を眺めた。
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