第49話 帰る家
セシーリアは久しぶりに1人で外出すると、浮遊魔法と姿隠しの魔法を使ってある場所へ向かった。
エドヴァール王国の東にあるペストリア山まで飛ぶと、山の中腹あたりで地面に下りる。
深い森を少し歩き、大きな木の前で足を止める。
「
呪文を唱えると、森の景色が変わり、小さな家が現れる。
「
鍵を開けて、家の中に入る。
「
蝋燭に明りを灯すと、部屋の中が明るくなる。
木でできた小さなテーブルに、1人用のキッチン。
壁には本棚が並び、ぎっしりと本が並べられている。
ここは、セシーリアが200年前から隠れ家にしている家だった。
この家には魔法を何重にもかけているので、賢者に見つけられることもなかった。
「久しぶりに帰ってきた気がするわ」
この家を離れていたのは1年ほどなのに、もっと長い間離れていた気がする。
「またここに住むの?」
ウルリーカが姿を現し、セシーリアに尋ねる。
「ものを取りに来ただけよ」
セシーリアは手燭に明りを灯すと、地下へ続く階段を下りていく。
「失われた魔法について教えてほしいと頼まれたから」
国王は、失われた魔法について知識を広めることを約束した。
そしてセシーリアに魔法の教授を頼んだ。
失われた魔法を教えられる人はセシーリアしかいないので、セシーリアがやるしかない。
「
地下の明りも灯すと、地上より広い空間が広がる。
壁を埋め尽くす本棚には魔法書が何百冊と並べられている。
これらは全て、この200年間でセシーリアが記したものだ。
失われた魔法が本当に“失われた魔法”とならないために、セシーリアは自分の知る知識を書き記す作業を続けていた。
ルンドスロム王国の王女だった時、セシーリアは魔法の研究もしていた。
全てを残せたわけではないが、記憶にあるものは全て本としてまとめた。
魔法の研究も続けたので、新たに生み出した魔法もある。
セシーリアは基礎的な魔法書をいくつか手にとる。
「このあたりかしら」
セシーリア1人が口頭で教えるよりも、これらがあった方が分かりやすいだろうと思ったのだ。
「これもどう?」
イーリンが他の魔法書を指さす。
それは、精霊についての本だった。
「エレオノーラって子が、精霊について知りたがっていたじゃない」
「そうね」
審議会の場にいたエレオノーラは、やはりウルリーカやイーリンたちの姿が見えていた。
賢者の件がひと段落してからエレオノーラから直接助けてくれたお礼を言われ、精霊について教えてほしいと頼まれたのだ。
『アルノルド殿下のことは、諦めてあげるわ』
エレオノーラは令嬢らしく微笑んで、セシーリアにそう告げた。
『愛し合っている2人の仲を切り裂くほど、私は馬鹿じゃないの』
大きな紫色の瞳は潤み、声はかすかに震えていた。
それでも公爵令嬢として、美しい姿だった。
「エレオノーラ様は、精霊に好かれそうね」
精霊は、人間の綺麗な心を好む。
誇り高くどこまでも真っすぐなエレオノーラは、精霊に好かれる美しさを持っている。
「あの男が倒された話は精霊に伝わっている。いずれこの国にも精霊が戻ってくるだろう」
ノトの言葉にセシーリアは頷く。
精霊が行き来するようになれば、祝福が増える。
それは国の繁栄にも繋がるだろう。
セシーリアは精霊に関する本をいくつか持ち、バッグに入れる。
家の中の明りを全て消すと扉に鍵をかけ、姿隠しの魔法を厳重にかける。
全ての魔法をかけ終われば、そこにはただ森の景色が続くだけだ。
「帰りましょう」
セシーリアの言葉に、ウルリーカたちが頷く。
来た時と同じように浮遊魔法で空を飛び、エドヴァール王国の景色を眺めながら王都に戻った。
ルエルト家に帰ると、ルエルト侯爵と侯爵夫人がセシーリアを迎えた。
侯爵夫人はセシーリアの姿を見ると、優しく抱きしめる。
「おかえりなさい。セシーリアちゃん」
ルエルト侯爵も優しく微笑む。
「おかえり。セシーリア」
2人の表情を見て、心配させてしまったのだと気付く。
2人はきっと、今までにもセシーリアがどこかに帰ろうと考えていたことに気付いていたのだろう。
だから1人で外出したセシーリアを見て、そのまま帰ってこないのではないかと心配したのだ。
今のセシーリアにとって、帰ってくる場所はここしかない。
養母の背中に手を回すと、あたたかいぬくもりを感じる。
「ただいま帰りました」
セシーリアの微笑みを見て、2人は嬉しそうに微笑んだ。
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