第50話 始まり


セシーリアは久しぶりに令嬢らしく着飾ると、王城へ登城した。

王城に着いて馬車を降りると、ユーリーンがいた。


「ご案内いたします」

「…よろしくお願いします」


王城内には詳しいので今さら案内はいらないのだが、せっかくの誘いなので断らずに受けてみる。


王城の廊下をユーリーンの案内で歩く。

ユーリーンが歩みを止めると、廊下の先にファルクがいた。

アルノルドの側近が2人ともここにいることに驚く。


「アルノルドの側にいなくてもいいの?」

「イオもいますし、近衛の兵もついてます。もちろん、殿下の許可はもらってますよ」


ファルクは明るく笑う。

そしてユーリーンと2人並ぶと、セシーリアに深く頭を下げる。


「殿下の呪いを解いてくれて、ありがとう。セシーリア嬢」

「このご恩は忘れません。ありがとうございました」


ユーリーンにまで頭を下げられ、セシーリアは少し慌てる。


「礼は受け取るから、頭を上げて」


ユーリーンは頭を上げると、悔しげに眉をしかめる。


「…私たちは、何もできなかった」

「そんなことはないでしょう」


セシーリアはユーリーンの言葉を否定する。


「あなたたちはアルノルドの命を守った。それに、アルノルドが呪いを受けても明るくいられたのは、あなたたちのおかげだわ」


自ら命を絶とうとするアルノルドを何度も止めたのはこの2人だと聞いている。

信頼できる側近がいたから、アルノルドはあれだけ真っすぐな瞳なのだ。


「アルノルドの側近は、あなたたちだけよ」


その言葉に、ファルクは嬉しそうに笑う。


「これからもよろしく。セシーリア嬢」


ファルクから差し出された手を、セシーリアは手にとる。


「こちらこそ、これからもよろしくね。ファルク」


ファルクがユーリーンを小突くと、ユーリーンは少しぎくしゃくしながら手を差し出す。


「…あなたを信頼します」

「ありがとう。嬉しいわ」



その後、ユーリーンとファルクの案内で庭園に通された。

庭園の東屋に、アルノルドはいた。

イオと一緒にお菓子を食べている。

その姿が微笑ましくて、笑みがこぼれる。


「あ、セシーリアだ」


イオが先に気付き、セシーリアに手を振る。

イオに手を振っていると、アルノルドの空色の瞳がセシーリアを映す。


「セシーリア」


アルノルドは立ち上がり、セシーリアを出迎える。


「来てくれてありがとう」

「こちらこそ、招待をありがとう」


アルノルドはセシーリアのドレス姿を見ると、笑みをこぼす。


「今日も綺麗だ」

「…ありがとう」


言われ慣れていない賛辞に、セシーリアの頬が赤く染まる。

アルノルドに手を引かれ、東屋に入る。


ユーリーンとファルクは少し離れたところにおり、イオは姿を消している。

こうやって2人きりで顔を合わせるのは久しぶりだった。



「あの男の処分が決まった」


紅茶を一口飲んでから、アルノルドが話を切り出す。


「魔力抑制と監視の中で、一生を地下牢に幽閉される」


処刑しろという声も多かったが、それを止めたのはセシーリアだった。

『あの男には300年を生きた価値がある。死なせるのはもったいない』と言ったのだ。


「セシーリアはあの男の処刑を望むのかと思っていた」


国を滅ぼされ、家族を殺され、居場所を奪われたのだ。


「あの男を殺したところで、何も返ってこないわ」


国も、家族も、300年という孤独も。

失ったものも、過ぎ去ったものも、何も返ってはこない。


「あの男には、300年前の知識も残ってる。エドヴァール王国についての歴史にも詳しい。死なせるには惜しいわ」


300年間の生き証人なのだ。

殺してしまうのはもったいない。


「それに…」


セシーリアは、賢者と呼ばれていた男の姿を思い出す。


「あの男の命は、もう長くはないわ」


あの男のシェルマン侯爵としての見た目は、50代くらいだった。

不老の呪いを受けたセシーリアは300年間見た目が変わらなかったが、あの男は完璧な不老ではなかったので少しずつ老いていたのだ。

アルノルドの魔力と命を奪えなかったことで、あの男の老いは急速に進むはずだ。

あと1年持つかどうかというところだろう。


「シェルマン侯爵家の人間は、何も知らなかったようだ」


シェルマン侯爵の娘も、父親に言われて茶会が行われている庭に赤い花を置いただけで何も知らなかった。


「あの男は、自分以外の人間を信じなかったから」


ルンドスロム王国を攻めた時はあれだけ仲間がいたというのに、自分が生き延びるために仲間を捨てた。

そういう男なのだ。

だから、最後まで1人だった。


『私には、味方がいた』


セシーリアという人間を信じてくれる、アルノルドがいた。

四大公爵家の当主と連絡をとり、魔物の出現理由を教えることで四大公爵家を味方につけた。

普段は国境にいることが多いが、公爵家。

賢者が上位貴族だとしても、無視できない存在だ。

アルノルドは四大公爵家の当主を王都に呼び寄せ、審議会を開いた。


『何が正しいかは、自分で判断してほしい』


審議会が開かれる前に、アルノルドは当主たちにそう言ったらしい。

アルノルドであれば、審議会で四大公爵家を味方につけることもできた。

それをせずにそれぞれに判断を求めたと聞いて、セシーリアは嬉しかった。

権力に屈したからこそ、賢者の法が制定されたから。


賢者の法は撤廃され、失われた魔法を使っても死刑になることはない。



「セシーリア」


アルノルドの声に、セシーリアは顔を上げる。

澄んだ空色の眼差しを真っすぐに受けとめられることができて、とても幸せだと思う。

アルノルドは席を立つと、セシーリアの前に膝をつく。


「あの時に言えなかった言葉を、ここで言わせてほしい」


呪いがかけられていた時には、言えなかった言葉。

自分には未来がないと考えていた時には、願えなかった未来。


「一緒に生きて、一緒に年を重ねよう」


セシーリアの手をとり、深い青色の瞳を見つめる。


贄の呪いを受けたアルノルドが願えなかった未来。

不老の呪いを受けたセシーリアが願えなかった未来。


「花咲く季節にお茶をして、天気の良い日はまた遠駆けに行こう。ユーリの作ったお菓子を食べて、ファルクと一緒にまた城下へ出かけよう」


ありふれた幸せ。

どこにでもあるような日常。

それを願えることが、2人にとっては難しいことだった。



「俺と結婚してほしい」


アルノルドのプロポーズに、セシーリアは涙をこぼす。

愛する人と共に生きられる幸せに、涙が流れる。


「はい」


セシーリアが返事をすると、空色の瞳が嬉しそうに輝く。


少年のように輝く空色の瞳。

太陽のように真っすぐで、あたたかい心。

人を信じ、人に信じられる優しさ。


「愛してる」


アルノルドはセシーリアの涙を優しく拭う。

頬に手をあてれば、セシーリアはアルノルドの手に自分の手を重ねる。

深い青色の瞳に、自分の姿が映る。

互いに引き寄せられるように、唇が重なる。


「愛してる」


たったそれだけの言葉に、涙がこぼれた。




「誓いは守ったようだな」


ふわりと隣に降り立った冷気に、ユーリーンは視線を向ける。

氷の精霊のイリスだった。


「アルノルド・エドヴァールに伝えよ。氷の精霊イリスが、お前の誓いを見届けたと」

「直接言わなくてもよろしいのですか」

「馬鹿を言え。今あそこに行く愚か者がどこにいる」

「精霊でも魔物でも、馬に蹴られますねぇ」


精霊が見えるようになったファルクが面白そうに笑う。

庭園にふわりと風が流れ、キラキラと光が降り注ぐ。


イリスは空を仰ぎ、笑みを浮かべる。


「あぁ。精霊たちが帰ってきたな」


色とりどりの様々な姿をした精霊たちが、庭園に集まっていた。

精霊たちは、アルノルドとセシーリアに思い思いの祝福を授けている。

キラキラと輝くそれは、雪のようにふわふわと舞っている。


精霊たちの存在に気付いたセシーリアとアルノルドが、それを見て互いに微笑み合う。



その日、エドヴァール王国にとって新たな歴史が始まった。


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