第48話 昔の話


賢者と呼ばれ、今はシェルマン侯爵という名前の男は牢獄に閉じ込められ、厳しい監視がつけられた。

シェルマン侯爵が賢者であったことは、あの場にいた人間しか知らない。

国の祖である賢者の悪行が人々に広まれば、エドヴァール王国の民の心は揺らぐ。

それはセシーリアが望むものではない。


何か礼をと言う国王に、セシーリアは2つ願いがあると言った。

1つは、白い髪の魔女への偏見をなくすこと。

もう1つは、失われた魔法と共に魔物への知識もつけ、きちんと自分で判断してほしいということ。

国を救ったのだからもっと礼を欲しても良いのに、セシーリアは金銭も宝物も何も望まなかった。



「お前の娘は、よくできた娘だな。オズヴァルト」


ルエルト侯爵は、ふんわりと微笑む。


「自慢の娘です」

「お前はセシーリア嬢の正体を知っていて養女にしたのか?」


ルエルト侯爵は首を横に振る。


「確たる証拠があったわけではありません」


ただ、と続ける。


「私の曽祖父が当主であった時、白銀の髪に青い瞳の魔女に命を助けられたのです」

「どうせ人助けをして殺されかけたのだろう」

「よくお分かりで」


国王ヴィクセルは呆れてため息をつく。

ルエルト侯爵家の人間は、代々お人よしなのだ。

しかしただのお人よしなだけでは、貴族として生き残ることはできない。


「曽祖父を助けたその女性は、失われた魔法を使ったそうです」


曽祖父を助けると、何も言わずに去っていってしまったらしい。


「今は知る者が少ないですが、深い青色の瞳というのはルンドスロムの王族によく見る瞳の色でした」


そして賢者に倒された王女は、白い髪だった。


「曽祖父は、もしやと思ったそうです」


さすがに王女本人とは思わなかったようだが、ルンドスロム王国の王族の子孫ではないかと思ったらしい。


「それから我が家には、『白銀の髪に青い瞳の魔女には礼を尽くすように』と伝えられてきました」


それは言葉通りの意味でもあり、ルンドスロム王国の王族の血を引く人間が生き残っている可能性を示していた。


「あの子の姿を初めて見た時、私はセシーリアが白銀の魔女で間違いないと直感で理解しました」


白銀の髪に青い瞳。

人助けのために魔法を使うことを厭わない優しさ。

同一人物であると、直感が告げていた。

セシーリアが立ち去る前に、どうしても礼がしたいと引き留めた。


曽祖父の命を助けてもらった。

自分の命も助けてもらった。

目の前の少女が何者であろうと、その礼をしたかった。


「家に置いてほしいと言われましたので、養女にしました」

「それで、アルノルドの茶会に行かせたのか」

「失われた魔法を使えるセシーリアが王族と接触すれば、何か分かるのではないかと思ったのですが…」


オズヴァルトは恨みの目で国王を見る。


「まさか可愛い娘が王子にとられるとは思っていませんでした」

「私の息子は見る目があるからな」


軽く笑った後、ヴィクセルは瞳に影を落とす。


「アルノルドがすでに呪いにかかっているとは、想定外だったな」

「ヴィルヘルム様が亡くなってから、まだ20年しか経っていませんでしたから」


この国の王族が突然亡くなる事実は、代々の国王に口伝で伝えられてきた。

200年前から約40年おきに、若い王族の前に不審な男が現れるようになったこと。

その男に茨の紋様をつけられ、男が示した年数が経つと死ぬこと。

下手に口外すると、その人物が死ぬこと。


その男が何者なのか分からなかった。

茨の紋様も何なのか分からなかった。

エドヴァール王国には、それらについての知識が何もなかった。


ヴィクセルの弟であるヴィルヘルムは茨の紋様をつけられた後、不審な男が何者か突き止めるために行動した。

友人であったオズヴァルトにその事実を告げ、オズヴァルトが死なないことを確認してから兄であるヴィクセルに伝えた。


「今考えても、ヴィルヘルムはお前に対して酷いな」

「何となくお前なら死なない気がした、と言われました」


それは何となく分かるヴィクセルだった。

何度も人に騙され、何度殺されかけても何故かいつも無事に帰ってくるのだ。


3人は、不審な男を探した。

しかし分かったのは、その男は王族の近くにいる高位貴族だろうということだけだった。


何も分からないまま時は過ぎ、ヴィルヘルムは亡くなった。

あの時ほど、自分の無力を感じたことはない。


「セシーリア嬢がいなければ、アルノルドも死ぬところだった」


オズヴァルトは頷く。


「今まで通り、全てが賢者の手のひらの上で生きることになっていたでしょう」


賢者が張っていた結界は、今はセシーリアが代わりに張っている。

セシーリアは、結界の要となる魔石を自ら王家に渡した。

今の結界はセシーリアでも勝手に緩めることはできない。

今は魔物が下りてこないようにしているが、セシーリアは最終的に結界をなくすことを望んでいる。


『私が結界を張ってこの国を守っても、それは何も変わりません。何も知ろうとせず平和を享受するのであれば、それは生きた人形と同じです』


魔法について。

魔物について。

何も知らないから恐れるのだ。


知って理解すれば、恐怖は薄まる。


「無知は罪か」

「知ろうとしないことは、罪でしょう」


オズヴァルトは、旧友に微笑みかける。


「これから知ればよいのです」


過去は変わらない。

それでも、未来は変わる。


失ったものはかえらない。

それでも、これから失わないように努力することはできる。


「エドヴァール王国の未来は、これからです」


ヴィクセルは、オズヴァルトの言葉に頷く。


「忙しくなるな」


晴れた空に鳥が飛び立ち、白い雲が悠々と流れる。


2人はしばらくその光景を眺めた。


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