第47話 ある男の話
俺は、魔法のほとんどが使えなかった。
水や火を出すことはできるのに、それ以上ができない。
魔法大国と呼ばれるこの国では、出来損ないだった。
それがとても嫌だった。
魔法のことで馬鹿にしてくるやつらは、拳で分からせてやった。
拳で敵わない人間には、弱みを握って脅した。
人には誰しも、弱点がある。
弱みを握られれば、どれだけの力を持っていようと、逆らえない。
それが愉快だった。
そうしてごろつきのような仲間を集めているうちに、呪いは得意だということに気付いた。
それからは何でもできた。
ターゲットを選んでその人間の家族や恋人に呪いをかけて、脅せばいい。
誰も俺に逆らえなかった。
火の魔法で街を焼き、自分たちに逆らった者を追い出した。
水の魔法で洪水を起こし、作物が育たないようにした。
風の魔法で家々を吹き飛ばし、愉快だと笑った。
雷の魔法で落雷を降らせ、人々を怯えさせた。
土の魔法で大地を揺らし、攻め入ってきた軍勢を大地の割れ目に落とした。
自分ができなくても、仲間の魔法使いに命じればそれは簡単にできた。
国で有名な魔法使いの家族を人質にとって、命じたこともあった。
誰も、俺に勝てる人間はいなかった。
しかしある時、俺を邪魔する女が現れた。
その女は、この国の王女だった。
王女は、焼かれた街の人々に新しく住む場所を与えた。
洪水で育たなくなった畑に、水に強い作物を教えた。
吹き飛ばされた家の人々に、頑丈な家を建てた。
落雷が怖くないように、避雷針を立てた。
大地を揺らされても空を飛び、攻め入ってきた。
王女は俺に、魔法で人々を苦しめるのはやめるように言った。
だから俺は言った。
「魔法を使うことの、何が悪いのか」
王女は言った。
「人を傷付けたり、困らせる魔法を使うことは、悪いことだ」
俺は笑った。
「弱い者が、悪いのだ」
魔法を使うことも、弱い者を虐げることも、何も悪くない。
俺はそう言った。
王女は、諦めずに俺を説得しようとした。
街を焼かれて、住む場所を失った人々が大変な思いをしていること。
作物が育たなくて、食べるものがなくなった人々がいること。
家がなくなって、寒さで凍える人たちがいること。
落雷が怖くて、泣いて怯える子供たちがいること。
大地の割れ目に落ちて、帰って来なくなった兵士がいること。
しかし王女の話を聞いても、俺は笑うだけだった。
「俺には関係のないことだ」
王女は、俺を説得することを諦めた。
俺は近くの子供を狙って王女の隙を作って、呪いをかけた。
俺にとってそれは、唯一王女より得意な魔法だった。
俺は、王女を倒した。
王女は、その国一番の魔法使いだった。
王女が倒されたことでその国の人々は、怒り悲しんだ。
しかし王城にいた人間を全員呪いの対価としたので、国の重要人物は皆死んだ。
逆らう民は殺した。
逆らう貴族も殺した。
俺は、自分が使えない魔法を全て禁じた。
そうして俺は、1つの国をつくった。
国境に4つの山を作り、結界を敷いた。
そのせいで仲間のほとんどが死んだが、気にしなかった。
俺は、自分を賢者と呼ばせた。
不老の呪いをかけた王女から魔力を搾取しながら、長い生を楽しむつもりだった。
しかし100年後、王女はあの牢獄から脱出した。
何も知らずに魔法を使って捕まったところを、火あぶりにしてやった。
愉快だった。
しかし俺は、王女が牢獄から逃げたせいで魔力の供給源を失った。
他人から魔力を搾取しようにも、他人の魔力を自分の体に入れるのは強い反発が伴う。
王女とは呪いという繋がりがあったから良かったのだ。
そして俺は思いついた。
繋がりさえあれば、魔力は搾取できるのだと。
俺には、繋がりのある人間がたくさんいた。
”血縁”という繋がりが。
そうして俺は、自分の子孫から魔力を搾取することにした。
魔法についても呪いについても何もしらない無知な子孫たちは、ただ俺に魔力を搾取されて死んでいった。
『こいつもそのはずだったのに…!』
男は、目の前の子孫を睨みつける。
第二王子という、俺の命の糧としてちょうどいい立場。
呪いをかけて脅してやったのに乳母に相談するから、乳母を殺してやった。
それからは大人しくなった。
それなのに、またこの女が現れた。
白い髪に青い瞳。
忘れることはない。
生きているのは知っていた。
たまにふと王城に現れては消えていたからだ。
しかし、貴族令嬢の身分で現れたのは初めてだった。
様子見をしていたら、こんなことになった。
『…こんなはずではなかったのに』
自分を賢者と呼ばせた男は、もう賢者とは呼ばれなくなった。
300年前に自分が何という名前だったのか、男自身も分からなかった。
全てを失った名もなき男は、敗者として歴史に刻まれることになった。
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