第46話 終局


「ここからは、私が話します」


アルノルドは前に出ると、シャツの胸元を開ける。

その茨の紋様を見て、国王が息をのむ。


「私は9年前、不審な男にこの紋様をつけられました。そしてお前は10年後に贄となって死ぬ、このことを誰かに喋ったらその人間も死ぬと言われました」


王妃は手が震えており、レンナントは今までにない険しい目をしている。


「私は当時、このことを乳母に相談しました。その次の日、乳母は死にました」

「……ハンナ」


王妃の口から、懐かしい乳母の名前がこぼれる。

そういえば、母と仲が良い人だったと思い出す。

改めて、1人の人間の命の重さを感じる。


「これは贄の紋と言って、呪いだそうです。私の10年という時間を対価として、魔力を吸いだされて死ぬそうです」

「アルノルド…」

「アル…」


優しく名前を呼んでくれる家族の声に、声が震えそうになる。

知らない男の贄になるくらいなら、自分で死にたかった。

それでも優しい家族を悲しませなくて、その一歩を踏み出せなかった。


「この呪いをかけたのが、この男です」

「そんなことが…」

「…なんということだ」


王妃の驚愕の目と、国王の怒りの目が賢者に向く。


「何のために、そんなことをしたんだ?」


レンナントに厳しく問われ、賢者は乾いた笑いをこぼす。


「私が不老となるためだ。私の子孫だぞ。私が使って何が悪い?」

「…これが初代国王とは、信じたくないな」


レンナントは嫌悪感をあらわにする。


「セシーリアに教えてもらわなければ、呪いをかけた人間すら私は見つけられませんでした」

「どうやったらその呪いを解けるんだ?」

「呪いは基本的に、かけた本人にしか解けないそうです」

「そんな…」


絶望的な表情が、賢者に向けられる。

この男が素直に呪いを解くとは思えない。


「一応、形だけでも聞きましょう。あなたは、アルノルドの呪いを解きますか?」

「何故そんなことをしなければならない」


予想通りの答えに、セシーリアはため息をつく。


「呪いの解呪は、呪いをかけた人間を殺すことで解くこともできます」


初めて聞く話に、アルノルドは少し驚く。


「しかしこの方法では、呪いが解けない可能性もあります」

「…あなたの力で、何とかなりませんか?」


王妃の空色の瞳の懇願に、セシーリアは頷く。


「精神に作用する魔法を使えば、強制的に呪いを解かせることもできます」


これは失われた魔法の中でも、危険な部類に入る。

人の心を強制的に操るものなので、禁術に近い。


「許可をいただければ、すぐに解呪させます。心配でしたら、シモン公爵の剣を首にあてていただいて構いません」

「…私は嘘発見器ではないんだが」

「似たようなものでしょう」


小声でやり取りするシモン公爵とラーシュ公爵を、ルードウィグ公爵が視線で制する。

今は、国王の一声を待っている時間だ。


晴れた日の草原のようなあたたかな瞳は、セシーリアを見てその視線を和らげる。


「この場で、あなたを疑う人間はいない」


失われた魔法を使うことも。

ルンドスロム王国の王女であることも。

アルノルドを助けようと必死になっているその姿も。

誰も疑うことはない。


「私からも頼む。アルノルドの呪いを解呪してくれ」


国王に頭を下げられ、セシーリアは小さく微笑む。


『似た者親子だな』


セシーリアは一つ頷くと、了承を示した。



ビエッタ・マニプルレル心操


精神を集中させ、賢者の心に入る。

抵抗は大きいが、魔法の実力的にセシーリアが勝てない抵抗ではない。

人の心を操る魔法は、こちらも操られる覚悟をして行わなければいけない。

常に綱引き勝負をしていて、負ければこちらの心が持っていかれる。


『どうして』


『何でうまくいかない』


『どうして』


『お前さえ現れなければ』


『殺しておけばよかった』


『何で』


『殺す』


『何で』


『皆殺しにしてやる』


『何で』



『あなたは大きな力を恐れ、魔法で自分の欲を満たした』


どうしてこうなったかなど、何故分からないのかと思う。


『魔法使いは人のためにあれ。あの言葉は、魔法によって孤独にならないための言葉でもある』


魔法が使えるようになればなるほど、人の助けが必要なくなる。

魔法使いは強くなれば強くなるほど、孤独になりがちなのだ。

だから、人のためにあれと教えられる。

あの言葉は周りのための言葉でもあり、魔法使いのための言葉でもあるのだ。


『ルンドスロム王国を滅ぼした時、あなたには仲間がいたのに』


ルンドスロム王国に攻め入って来たのは、1人の若者だけではなかった。

この男を筆頭に、魔法使いが何人もいた。

それでも結局、この男は1人になった。


『これが結果よ』


男の声は、もう何も聞こえない。

セシーリアは心の中で、解呪の呪文を呟いた。




「セシーリア!」


うっすらと目を開けると、アルノルドに抱きかかえられていた。

どうやら精神魔法を使って倒れたらしい。

久しぶりに使ったので、体への負担が大きかったようだ。


「…アルノルド」


名前を呼ぶと、アルノルドは安心したように微笑む。

その胸元から茨の紋様が消えていることに気付き、ほっと安心した。


「よかった…」

「セシーリアの呪いは…?」

「…大丈夫。解けているわ」


自分の胸に手をあてると、呪いの気配が消えた体から鼓動が聞こえる。

セシーリアはもう不老ではない。

老いて、死ぬことができる。


「…ありがとう。セシーリア」


ぽたりと、セシーリアの頬に雫が落ちる。

アルノルドの頬を流れる涙には、これまでの苦しさが現れている。



「…フレイヤァ!」


賢者と呼ばれていた男は、セシーリアを憎悪の瞳で睨みつける。

セシーリアはアルノルドの手を借りて立ち上がる。


「私の名前は、セシーリア・ルエルトよ」


フレイヤ・ルンドスロムでもない。

白い魔女でもない。

ここに立つのは、セシーリア・ルエルト。

ルエルト侯爵家の令嬢であり、第二王子アルノルドの婚約者。


セシーリアは、賢者と呼ばれた男に微笑みを向けた。


「さようなら。もう二度と会うことはないでしょう」



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