第45話 結界
「結界がある限り、この国の人間は私に逆らえない」
「…下衆が」
ルードウィグ公爵が短く吐き捨てる。
「魔物との戦いで命を落とした者は多い。人も魔物も、この男によって無益な戦いをさせられていたということか」
ヨハンソン公爵は怒りを抑えるように拳を固く握りしめる。
「王家の次に高位である公爵家を国境に追いやらせたのも、自分の思い通りにするためだったのでしょうね」
ラーシュ公爵の握っている扇から、ピキリという音が聞こえる。
「…殺すか」
シモン公爵の殺気に、賢者はびくりと体を震わせる。
「私を殺せば、結界が緩まる。そうすれば、当主のいない公爵領にどれほどの被害が出るか分からんぞ」
公爵たちから殺気を向けられても、賢者は余裕の笑みを浮かべた。
結界がある限り、この国の人間は自分に逆らえないのだ。
「だから私は、結界を破ることにした」
「…何を言っている?」
セシーリアの言葉に、賢者は眉を寄せる。
「結界の基点と要を壊せば、結界は破れる」
「結界の基点は山の頂上で魔物の巣に守らせている。そう簡単に壊せるものではない」
「普通の魔法使いであれば、そうでしょうね」
セシーリアは、賢者に笑ってみせる。
「この200年、私が何もしていないと思ったの?」
セシーリアは準備していたのだ。
この男がつくった、この国を覆う檻を壊す準備を。
「ノト」
セシーリアが呼びかけると、影の中からノトが姿を現す。
そして、4つの玉をセシーリアに渡す。
1つが両手で持つほどの大きさで、それぞれが異なる色をしている。
「な、何故それがここに!」
賢者はそれらの石を見て動揺している。
「…石が急に現れたが」
精霊が見えない国王たちは、急に現れた石に驚いている。
「これらは魔石と呼ばれるもので、石に魔力が宿ったものです」
石自体にかなりの魔力を宿しているので、簡単には壊れない。
ここまでの大きさの魔石はかなり珍しく、4つともルンドスロム王国では宝玉として保管していた。
わなわなと震えている賢者の前で、セシーリアは微笑む。
「4つ全てを集めるのは、大変だったわ」
「全部、魔物の巣があったはずだ!」
それぞれの山でも一番力の強い魔物の巣に、これらの魔石を隠していたのだ。
「ノードウィル山のドラゴンに、ソーフール山の不死鳥。ペストリア山のバジリスクに、オルベスト山のユニコーン」
全ての魔物を言い当てるセシーリアに、賢者は愕然とする。
「どうやって…」
たとえこの女ほどの魔法使いだとしても、簡単に敵う相手ではないはずだ。
それに魔物と仲良くしていたこの女が、あれらの魔物を殺すとも思えなかった。
賢者の驚愕の表情に、セシーリアは微笑む。
「交渉したりして、譲ってもらったのよ」
時には実力で奪った時もあったが、それは言わないでおく。
セシーリアは魔石を4つを並べると、手をかざす。
「やめろ!」
賢者の制止を聞かず、呪文を唱える。
「
大きな魔石は、それぞれパンっと音がして壊れる。
ガラガラと崩れ落ちるそれらを、賢者は愕然と見つめる。
結界の4つの基点を壊せば、あとは要となっている賢者だけだ。
「少しいいか」
ルードウィグ公爵が、一歩前に出る。
「その結界を壊した場合、魔物はどうなる?」
今まで、賢者の結界によってこの国が魔物から守られていたのも事実なのだ。
「一時的に、仮の結界を作ります」
しかしそれでは、何の解決にもならない。
「魔物の中には、争いを好まない魔物や知能が高い魔物もいます。共存も不可能ではありません」
実際に300年前までは、人と魔物は共存していた。
人間を襲わない魔物がいないわけでもないし、魔物を襲わない人間がいないわけでもない。
それでも互いを理解し、共に生きていた。
「魔物との共存ね」
ラーシュ公爵は美しい笑みをセシーリアに向ける。
「私は賛成よ」
その表情を見て、セシーリアは自分の推測が正しかったことを知る。
「やっぱりあの鳥の魔物は、ラーシュ公爵のお友達だったんですね」
「えぇ」
ラーシュ公爵は微笑む。
「私に懐いてくれていて、可愛い子なのよ」
そんな魔物を赤い花の検証のために連れて来たのだから、ラーシュ公爵の覚悟が窺える。
「結界がなくても、あの赤い花を使わない限りは魔物の出現は減るはずです」
「分かった」
ルードウィグ公爵も納得したようである。
セシーリアは結界の要となっている賢者の体に手を伸ばす。
「やめろ…やめろ…!」
セシーリアの手から逃げようとする賢者を、騎士団長が抑える。
賢者の胸に手をあて、セシーリアは呪文を唱える。
「
パンッと音がして、賢者は崩れ落ちる。
「…殺したのか?」
「体内に埋め込まれていた結界の要を壊しただけです」
ここで死んでは困る。
「あなたにはまだやってもらうことがあるのよ」
のろのろと顔を上げた賢者を、セシーリアは睨みつけた。
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