第44話 決着


「あぁーーっ!…腕が、腕がぁ!」


右腕を切り落とされた賢者は、痛みに呻いている。


『…エレオノーラ様も、アルノルドも無事ね』


2人が無事であることにほっと安心した時、アルノルドが声を上げる。


「セシーリア!」


セシーリアの背後には、賢者が迫ってきていた。

賢者はセシーリアの体に手を伸ばす。


フォル…」

イース氷よ


賢者が呪いの呪文を唱える前に、その口を凍らせる。

呪文を唱えることができなくなった賢者は、氷を何とかとろうともがいている。


「私が300年前と同じ失敗をすると思ったの?」


周りの人間を狙ってセシーリアの隙を作り、その隙にセシーリアに呪いをかける。

それがこの男のやり方なのだ。


呪いをかけるには条件がある。

呪いをかける際には対象者の持ち物や髪の毛などが必要なのだ。

それがなければ、直接対象者に触れる必要がある。


ブロ・スト血よ止まれ


ユーリーンが斬り落とした腕の切り口から流れる血を止める。

治す気はさらさらないが、このままでは死んでしまうからだ。


セシーリアは、さっきまで自分がかけられていた手錠を手に取る。

真っ二つになっている手錠の片方を、賢者の左手にかける。


「あなたがこの手錠を残していてくれて助かったわ」


力任せにセシーリアに向かおうとするシェルマン侯爵を、騎士団長が押さえつける。


「協力感謝する」


片腕を失い、魔力を抑えられたこの男に騎士団長に抵抗する術はない。

騎士団長はシェルマン侯爵に縄をかけると、議会場の外へ連れて行った。



「セシーリア!」


アルノルドがセシーリアに駆け寄る。

アルノルドはその腕に、セシーリアを抱きしめた。


「…無事で良かった」

「私は大丈夫よ」


セシーリアは、アルノルドに微笑みかける。


「約束したでしょう。私は死なないわ」

「…あぁ」


アルノルドはセシーリアの存在を確かめるように、ぎゅっと抱きしめる。

セシーリアも、アルノルドの背中に手をあてる。


『…よかった』


再びこの温もりに触れることができて、本当に良かった。

大丈夫だと分かっていても、心配だった。



「婚約者なのだから少し自重しなさい」


そう言ってアルノルドを引きはがしたのは、レンナントだった。


「まだ終わっていないんだろう?」

「はい」


シェルマン侯爵には、やってもらわなければいけないことがまだ残っている。


「最後の決着をつけよう」


セシーリアは頷く。




最後の決着の前にセシーリアは風呂に入り、身なりを整えた。

用意されていた薄水色のドレスに身を包み、軽く化粧を施す。


セシーリアが向かったのは、国王の執務室だった。

案内されて入ると、すでに全員揃っていた。


「お待たせいたしました」

「少しは休めたかね?」

「お心遣いをいただきありがとうございます」


王族は国王と王妃、レンナントとアルノルド。

四大公爵家からはヨハンソン公爵とシモン公爵、ラーシュ公爵、ルードウィグ公爵である。

そして捕縛されたシェルマン侯爵と、その監視役として騎士団長。

セシーリアを入れて11名の人間が、一部屋に集まっている。

これからする話は、あの場ではできなかったものだ。


セシーリアはシェルマン侯爵の前まで行くと、体に手を当てる。


「魔具は、ネックレスね」


賢者の首元からネックレスを外すと、賢者の見た目がみるみる変わっていく。

焦げ茶色の髪と茶色い瞳は黒くなり、顔もシェルマン侯爵の顔ではなくなった。

黒髪に黒い瞳の、これといって特徴のない男の姿だった。


ブラン火よ


賢者の口を覆っている氷を溶かす。

氷が解けた賢者は、怒りのままに口を開く。


「立場が逆転したからといっていい気になるなよ!フレイヤ!!」


懐かしい名前に、セシーリアは美しく微笑む。


「その名はもう捨てたのよ。国がない王女に、意味はないから」


ルンドスロム王国で生きていた時、セシーリアは「フレイヤ・ルンドスロム」という名前だった。

しかしルンドスロム王国が滅んだと聞いた時、その名前は捨てた。


「あなたが滅ぼしたのよ。ルンドスロム王国を」

「お前が私に負けたからだろう」

「そうね。私があなたに負けなければルンドスロム王国は滅ばなかった」


一瞬の隙をつかれなければ、負けることはなかった。


「あなたが幼い子供に刃を向けた時、私は隙を生んでしまった。それは私の罪だわ」


魔法を使う時は、気を散らしてはいけない。

分かっていたはずなのに。


「あなたは魔法のほとんどを使えなかったけれど、呪いだけは上手だった」

「呪いというのは?」

「魔法の中でも、対価を使って他人に半永続的に効果をもたらすものを呪いと呼んでいます」


ヨハンソン公爵の疑問に、以前アルノルドに教えたことと同じように答える。


「私は300年前、この男によって不老の呪いをかけられました」

「…対価は」


静かに尋ねた国王の瞳を、セシーリアは静かな目で返す。


「その時王城にいた人間、数百人です」

「なんと…」


その場にいる全員が言葉をなくす。


「一瞬の隙をついて、この男は唯一得意な魔法を私にかけた。呪いという魔法を」

「どんな魔法を使おうと、私が勝者だ」

「ではなぜ、私を不老にしたの?呪いでも、私だけを殺す方法もあったはずよ」

「お前を1人不老にすれば、残りを一斉に殺せる。不老にしたお前から魔力を供給すれば、私は不老となれる」

「…どこまでも自分勝手な男ね」


セシーリアは、胸の奥から覚える吐き気をこらえる。


「私はその後、無限牢獄に入れられました。魔法の研究課程で偶然生まれた場所で、そこでは時間の流れが歪み、魔法が使えないようになっていました」


光もない真っ暗な暗闇の中で、ただ国を思った。


「何とか脱出した時、外の世界では100年経っていました」


あの時の絶望は、今でも忘れない。


「生まれ育った城は跡形もなく、精霊や魔物が街から姿を消していました。国境は山で囲まれ、「白い魔女」は悪者として扱われました」


セシーリアは、固く拳を握りしめる。


「私は自分の知る魔法が禁じられていることを知らず、魔法を使って捕らえられました」


怪我をした子供を助けただけだった。

それなのに、「白い魔女」と石を投げられた。


「その時も貴族だったこの男によって、私は火あぶりの刑に処されました」


ごくりと、空気を飲む音がする。


「精霊たちに助けられなければ、私はあの時死んでいました」


セシーリアは不死ではない。

大火傷を負って、しばらくは生死の境を行き来していた。


「馬鹿な女だ。あの時死んでいればよかったものを」


怒りで口を開きそうになったアルノルドを目で制する。


「ルンドスロム王国を滅ぼしたあなたは、4つの山に魔物を閉じ込めて結界を張った」

「それがどうした」

「そして国内で反乱の意思が見えた時には、わざと結界を緩めて魔物を人里におびき寄せた」

「それの何が悪い?ここは私の国だ」


4つの殺気が賢者に向くが、この男は気付いていない。


「結界がある限り、この国の人間は私に逆らえない」


賢者は余裕のある笑みでにたりと笑った。



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