第43話 賢者と魔女
「そんな馬鹿なことがあるか!」
バンッ!と、シェルマン侯爵が机を叩く。
「あの女は失われた魔法を使ったんだ!殺さないわけがあるか!」
「今この場では、セシーリア嬢より貴殿の方が罪が重いことを忘れるな」
国王の低い声にも、シェルマン侯爵は屈さない。
「たかが王位にいるだけの無能が!今までこの国が平和でいられたのは誰のためだと思っている!」
「不敬だぞ!」
唾を散らしてわめきたてるシェルマン侯爵を、騎士団長が咎める。
「あの女は魔女だ!殺せ!」
シェルマン侯爵の目は血走り、狂気の目でセシーリアを睨む。
「シェルマン侯爵を取り押さえろ」
国王に命じられた騎士団長が、シェルマン侯爵を捕縛しようと近付く。
シェルマン侯爵は、にたりと笑う。
「
人を包む込むほどの火の玉が、騎士団長を襲う。
「お前たちのような人間に、私を捕まえられるわけがないだろう!」
「
騎士団長が火に巻かれる寸前のところで、セシーリアの魔法が炎を消す。
シェルマン侯爵の茶色の瞳が、セシーリアを睨む。
「…相変わらず目障りな女だ」
シモン公爵の剣が首から離れたセシーリアは、賢者と呼ばれた男と対峙する。
「相変わらず、魔法使いの風上にも置けない男ね」
セシーリアは、300年前にも投げかけた言葉をもう一度口にする。
「魔法で人々を苦しめるのはやめなさい」
「魔法を使うことの何が悪い?」
「人を傷付け、困らせる魔法を使うことは悪いことよ」
賢者はおかしそうに笑う。
「力を使うことの何が悪い?弱い者を虐げることの何が悪い?勝った者が正義だ」
「魔法使いは人のためにあれ。その言葉を忘れたの?」
「忘れたな」
賢者は片手を掲げる。
「
議会場に、嵐のような風が吹き荒れる。
賢者が使えるのは基本的な魔法だけだが、魔素を使っているので威力は高い。
「ウルリーカ」
姿を現したウルリーカがセシーリアの体を後ろから包み込む。
「
風が一瞬にしてやみ、賢者は舌打ちをする。
「
兵士の形をした土人形が何体も現れ、貴族や王族に向かっていく。
貴族たちが逃げ惑う悲鳴と、「王族を守れ!」という騎士団長の声が飛び交う。
「「殿下!」」
「大丈夫だ」
ユーリーンとファルクは、アルノルドを背に守る。
ユーリーンは土人形を真っ二つに斬り捨て、ファルクは土人形の眉間にナイフを正確に当てていく。
アルノルドも剣を抜き、周囲を警戒する。
しかし土人形の数が多く、賢者の姿が見当たらない。
「
水の矢を作って土人形を射ると、形を保てなくなった土人形が崩れ落ちる。
『数が多い』
一体ずつ倒していては間に合わない。
ここまで密集していると人に当たる可能性があるため、攻撃力の高い魔法は使えない。
土人形に追い詰められた貴族の1人が悲鳴を上げる。
セシーリアがそちらに魔法を使おうとした時、その土人形が真っ二つに割れる。
土人形を倒したのは、シモン公爵だった。
次々と襲いかかってくる土人形をものともせず、目にも見えない速さで倒していく。
「脆いな」
「あなたからすれば、何だって脆いでしょうね」
ラーシュ公爵も剣を持ち、土人形を一閃に切り捨てる。
「気を抜くな」
ルードウィグ公爵は土人形の首を刎ねる。
日々魔物と相対している公爵たちは、この程度はどうということないのだろう。
騎士団長とヨハンソン公爵は王族を守っている。
「扉が開かない!」
外に出ようとした貴族が、扉をドンドンと叩いている。
「結界を張られたみたいね」
ウルリーカが呟く。
「またあの時みたいに、皆殺しにするつもりなんでしょう」
賢者は次々と土人形を生み出している。
「ノト。力を貸して」
ノトが姿を現し、セシーリアの肩に手を触れる。
セシーリアは床に手をつく。
「
土人形の影から現れた黒い手が、土人形に絡みつき動きを止める。
「イーリン」
「任せて!」
イーリンは手を掲げると、動きの止まった土人形に雷を落とす。
バリバリッと光が走り、土人形は跡形もなく消えた。
土人形がいなくなったことで、土人形に守られていた賢者が姿を現す。
「…魔女め」
「どう呼ばれようと構わないわ」
今さらそんな言葉で傷付くセシーリアではない。
「私がこの300年間、何もしていなかったと思うなよ」
賢者はにやりと笑う。
セシーリアははっと振り返る。
エレオノーラの背後に、不審な男が現れていた。
毛皮を肩に掛け、その手にはナイフを持っている。
『魔力を消す毛皮…!』
ノードウィル山に現れた魔物と同じものだろう。
「300年前から、お前は変わらない。目の前の人間の命を見捨てられない。だから国を滅ぼしたのだ」
賢者は素早く呪文を唱える。
これは、300年前には使えなかった魔法だ。
「
風の刃が、アルノルドに向かう。
ユーリーンとファルクが剣を構えているが、あれは剣で防げるものではない。
「
セシーリアはエレオノーラに襲いかかる男を氷漬けにさせると、アルノルドの空色の瞳と目が合う。
「
アルノルドは賢者と同じ呪文を唱え、風の刃を打ち消そうとする。
しかし威力が足りなかったのか、完全に打ち消すことができない。
『くそ…』
避けられる速さではない。
ユーリーンとファルクが身を呈してアルノルドを守ろうとする。
「大丈夫。僕が守るよ」
その声と共に3人があたたかい火に包まれると、風の刃が火にぶつかって消える。
「イオ…」
イオは、アルノルドに微笑みかける。
「アルノルドのことは僕が守るよ。だって友達だもん」
「ありがとう」
アルノルドの無事を確認すると、ユーリーンは一瞬で賢者との距離を詰める。
「ブラ…」
呪文を唱えようとした賢者の右手に、ファルクがナイフを投げる。
そして、ユーリーンがナイフごと賢者の右腕を斬り落とした。
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