第42話 疑惑


「ここで問題なのが、この花は王城には咲いていないということだな」

「…誰かが意図的に持ち込んだということですか?」

「そうだろうな」


アルノルドは地図を広げると、それを貴族たちに見せる。


「王都の魔物の出現場所を表したものだ。このうち、約半数で赤い花の目撃が確認されている」


ざわり、と空気が揺らぐ。


「一体、誰が…」


貴族たちの視線のいくつかは、セシーリアに向けられる。

花の名前を知っていたし、今のところセシーリアしか疑える人間がいないのだろう。


「茶会とパーティーの際に赤い花が確認されていることから、この花を置いたのは王城に登城できる身分の人間だろう」


使用人や衛兵にも不可能なわけではないが、どちらの場所も王城の奥なので不審な動きをしていれば怪しまれる。


「実はこの審議会と並行して、疑いのある貴族の家を調べてもらっている」

「!?」


驚きで言葉を失う貴族たちに、アルノルドは淡々と話を続ける。


「後ろめたいことがない者はゆっくりしているといい。もうすぐ報告が入る頃だ」



それから少ししてから、議会場にユーリーンが入ってきた。


「ご報告いたします。シェルマン侯爵の屋敷から多数の赤い花を見つけました」


議会場にいる全員の視線が、シェルマン侯爵へ向かう。

この審議会の議長であり、この国の宰相である。

シェルマン侯爵は特に顔色を変えない。


「何かの間違いでしょう。そんなものは知りませんね」

「貴殿の屋敷から見つかっているのだぞ?」

「その花は、山に登れば生えているものです。私のものとは限りません」

「よく知っているな、シェルマン侯爵」

「!」


かすかに見開いた目に、疑惑の視線が集まる。


「私たちはこの花の存在すら知らなかったのに、貴殿はこの花が生えている場所まで知っているのか」

「それを言うのであれば、セシーリア・ルエルトも同じことでしょう。彼女は、花の名前や特徴まで知っていました」

「ルエルト家も調べましたが、怪しいものは一切見つかりませんでした」


ユーリーンの報告を、シェルマン侯爵は鼻で笑う。


「そんなもの、すぐに見つかる場所に置いてあるわけがないだろう」

「例えば、書斎の隠し部屋でしょうか」


そう言ってユーリーンは、ポケットから小さな瓶を取り出す。

そこには、赤い花弁が入っていた。


「どうやってあそこに…」


そこまで言ってから失言に気付いたシェルマン侯爵は、口を閉じる。


「そういえば茶会には、シェルマン侯爵の娘が参加していたな。パーティーにはもちろん、シェルマン侯爵自身が参加していた」


宰相という立場であれば、王城内を歩き回っていても不審に思われないだろう。


「証拠に、証言。十分揃ったな」

「お待ちください、殿下!話がずれております。この審議会は、この女の処刑を決めるために開かれたのでは…」

「いいや?この審議会は、セシーリア・ルエルトの失われた魔法の使用と処刑内容“等”についてだ」

「他に何を審議するというのですか」


アルノルドは、国王に向き合う。


「陛下。ここで、1つ議題を提案いたします」

「聞こう」

「賢者の法の撤廃についてです」

「なっ…!」

「失われた魔法を使用した者を死刑とするという法は、あまりに理不尽すぎます。何も知らずに刑を執行することこそが罪です」


無知は罪。

セシーリアの言葉だ。


「失われた魔法に危険性があるのも事実です。それについてはどうするおつもりですか?」


アルノルドに疑問を投げかけたのは、ルードウィグ公爵だった。

王妃の兄であり、四大公爵家当主の中でも慎重派である人物だ。


「私たちも失われた魔法について知識をつければよいのです」

「その結果、王家に背く人間が現れたとしてもですか?」


ルードウィグ公爵は、くすんだ空色の瞳を自分の甥に向ける。


「人は大きな力を持てば、自らの欲のためにその力を使うでしょう。失われた魔法を教えた人間がいずれ、王家に反逆する可能性もある」


ルードウィグ公爵はセシーリアに視線を向ける。


「殿下がこの女性を助けたことで、王家は危険に晒されるかもしれない」


そうなったらどうするのかと問われ、アルノルドは真っすぐにその瞳を返す。


「未来に怯えていては、何もできません。未来の自分たちのために今いる民を見殺しにするのであれば、その国はなくなった方がいい」


アルノルドの過激な発言に、貴族たちがざわつく。


「大きな力を持った人間がその力に左右されやすいのは事実でしょう。ですがそれは、失われた魔法に限ったことではありません」


権力や財力。

力を持った人間は、その力に溺れやすい。

それは力が悪いのではなく、その人間や環境に問題がある。


「“魔法使いは人のためにあれ”。失われた魔法が当たり前のように使われていた頃、そう言われて魔法を教わっていたそうです」


セシーリアに教えてもらったことだ。


「私たちは失われた魔法についての知識を学ぶと共に、その言葉を理解する必要があります」


アルノルドの言葉を聞いて、ルードウィグ公爵は納得したように頷く。



「さて、この提案について他に意見はあるか?」


国王は貴族たちに意見を求める。


「アルノルド殿下の意見におおむね賛成ですな」


セシーリアの首に剣をあてながら、シモン公爵が答える。


「失われた魔法については、その利便性にも目を向けるべきでしょう」


ラーシュ公爵も同意する。


「目的も分からない古の法に従うのは、考えることをやめたことと同じ。今を生きる私たちが判断するべきでしょう」


ヨハンソン公爵も頷く。

四大公爵家の当主が次々と賛成していく姿に、他の貴族たちの心が揺れる。


「…確かに、何故賢者が失われた魔法を禁じたのかも今となっては分からない」

「300年前に定められた法というのは、いささか時代遅れでは」

「しかし、失われた魔法は危険では…」

「それこそ私たちが知識をつければ、利のある話にもなろう」


少しずつ賛同の声が増えていくのを見て、シェルマン侯爵は焦る。


「失われた魔法は危険なものです!賢者が禁じたのですから、その歴史を考えるべきです!」


1人わめきたてるシェルマン侯爵に、国王は少し呆れたように息をつく。


「では、何故賢者は失われた魔法を禁じたのだ?」

「それは…」


何も言えなくなるシェルマン侯爵に、国王は首を横に振る。


「今まで、賢者の法を変えようとしたことは何度もあった。しかしいつも、貴族の強い反発によってそれはなされなかった」


この国は、力を持った貴族が多い。

国王1人の権力でどうにかできるものではなかった。


「実際に失われた魔法を使う者が現れなかったというのもあって、今まで先延ばしにされてきた」


国王は、緑色の瞳をセシーリアに向ける。

晴れた日の草原のような、あたたかな眼差しだった。


「今日がその時なのだろう」


その瞳の奥に、セシーリアの知らない苦労が見えた。


「賢者の法は、今日をもって撤廃する。それに伴い、セシーリア・ルエルト嬢の処刑は無効とする」



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