第41話 赤い花


「やはり、失われた魔法を使えるのではないか!」


貴族席からの叫びに、他の貴族たちも同調していく。


「失われた魔法を使えることが分かったのだ。賢者の法に従って死刑でいいだろう」

「今は何もしなくても、これから何をするか分からん。危険因子は排除しておくべきだ」


予想通りの声に、セシーリアは今さら何も感じない。


「シモン公爵。手錠を斬ってしまっては審議会を進められません」


宰相がシモン公爵に苦言を呈する。


「申し訳ない。では、審議中はこうしておこう」


シモン公爵はセシーリアの首に再び剣先をあてる。

それで貴族が少し大人しくなったので、セシーリアは少し驚く。

どうやらシモン公爵の剣の実力は、誰もが知るものらしい。


手錠の代わりに首に剣先をあてられながら、審議会は再開した。


「失われた魔法を使えることは確かなようだな」


国王は、静かな瞳をセシーリアに向ける。

レンナントと同じ、草原のような色の瞳だ。


「そして同時に、セシーリア嬢が魔物を倒して人々を守ったことも確かなようだ」


国王の言葉に、何人かの貴族が息をのむ。


「特にパーティーの際の魔物は、騎士団だけでは討伐に時間がかかっただろう。あの場にいた者ならば、魔物に脅かされる恐怖を覚えているだろう」

「………」


覚えのある貴族たちが気まずげに視線を下げる。


「失われた魔法を使ったのも事実。人々を守ったのも事実。さて、どうしたものか」


そう言いつつも、悩んでいる様子は見えない。

どこか楽しんでいるようにも見えるのは、セシーリアだけなのだろうか。


「魔物の出現に関しては、原因が分かります」


セシーリアが発言すると、国王の緑色の瞳が面白そうに細められる。


「申してみよ」

「フリステルサという、魔物が好む花があります。その花がある場所には魔物をおびき寄せることができます」

「フリステルサ。聞いたことのない名前だな」


それはそうだろう。

その花に関する書物も、全て賢者が焼き払ったのだから。


「嘘を言っているのではないか?」

「でたらめを言ってこの場を逃れようとしているのだろう」

「…その花の見た目は?」


疑惑の声の中から、騎士団長がセシーリアに尋ねる。


「真っ赤な花弁の、手のひらにおさまるほどの大きさです。独特の甘ったるい香りがします」

「え…」


驚いたようなエレオノーラの声が、議会場に落ちる。


「エレオノーラ。何か気付いたことがあるのかい?」


父親であるヨハンソン公爵が、エレオノーラに発言を促す。


「はい。パーティーの際に魔物が現れた時、嗅いだことのない甘い香りがしたのを覚えています」


ざわりと議会場がざわつく。

エレオノーラに続いて、騎士団長も証言を加える。


「魔物が現れた場所には、赤い花があったと衛兵から報告を受けています。見慣れない花でしたので、一応保管してありますが…」

「しかしそれが本当に魔物をおびき寄せるかどうかは…」

「確かめてみればよいのでは?」


シモン公爵のようなことを言いだしたのは、女性の貴族だった。


「ラーシュ公爵。そう簡単に確かめられるわけがないだろう」


男性の貴族に苦言を呈されながらも、妙齢の女性公爵は艶然と微笑む。


「推測に想像。だと思う、だと考えられる。さっきから聞いていれば、聞くに堪えない言葉ばかり。きちんと証拠を提示する令嬢と比べて、男共のなんと惨めなものか」


ラーシュ公爵はすっと立ち上がると、国王に頭を下げる。


「我が公爵領にて生け捕りにした魔物を、偶然にも王城へ持ってきております。その花が本当に魔物をおびき寄せるものかどうか、試す許可をいただきたく」


ラーシュ公爵はシモン公爵に視線を向ける。


「魔物が危険であると判断した場合は、シモン公爵が斬り捨ててくれるでしょう」

「人任せに過ぎないか?」

「せっかくの剣の腕なのだから、使わないと損ですよ」


シモン公爵の不満を、ラーシュ公爵は一蹴する。


「もちろん、魔物がこの場にいる人間を傷付けた場合は私の首も落としてもらうことにしましょう」


当たり前のように付け加える条件に、内心慌てるのはセシーリアだ。

どうもさっきから、当たり前のように命が賭けられている。


「よい。許可しよう」


再び阿鼻叫喚の嵐となった会場の空気を気にすることなく、ラーシュ公爵は使用人に魔物を連れてくるように命じる。


少しして使用人が連れて来たのは、小さな鳥の魔物だった。

肩に乗るくらいの大きさで、虹色の羽を持っている。

鳥かごに入れられてはいるが、機嫌が良さそうに鳴いている。

鳥の魔物から一番離れたところで、騎士団長が赤い花を瓶に入れたものを持っている。


『…大丈夫かな』


あの赤い花は魔物をおびき寄せるだけではなく、魔物の正気を失わせる効果もある。

あの魔物が正気を失って騎士団長を攻撃してしまえば、ラーシュ公爵の首が飛ぶ。


「それでは、開けます」


ラーシュ公爵が鳥かごの鍵を開ける。

鳥の魔物が鳥かごから出ると悲鳴がかすかに上がったが、鳥の魔物は鳥かごの上に止まって大人しくしている。

その様子を見てから、騎士団長が瓶の蓋を開ける。


その瞬間、羽繕いをしていた鳥の魔物が騎士団長の方へ向く。

虹色の羽を広げると、一直線に騎士団長の手の中へ飛び込む。

魔物に対する反射か、騎士団長は剣を抜こうと手が動く。


ヴィン風よ


騎士団長が魔物に斬りかかる前に、鳥の魔物の動きを止めるように風が巻き起こる。


「騎士団長、その花を瓶にしまってくれ」


魔物の動きを風で止めているのは、アルノルドだった。

騎士団長は驚きながらも、すぐに瓶に花をしまう。

すると、酔いから覚めたように鳥の魔物も落ち着きを取り戻した。

アルノルドがすぐに風の魔法を止めると、大人しく鳥かごに帰っていく。


「検証は十分だな」


アルノルドはラーシュ公爵に視線を向ける。

ラーシュ公爵は何も言わずに頭を下げ、鳥の魔物を下がらせる。


「この花が魔物をおびき寄せることは確かなようだ」



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