第40話 審議会
審議会当日。
議会場には、王族と貴族が勢ぞろいしていた。
セシーリアが現れると、貴族たちがざわつく。
ずっと地下牢に入れられていてかなり汚い恰好だというのにそのまま審議会に出席させるあたり、あの男らしい。
王族が座る場所にアルノルドの姿を見つけ、ほっと安心する。
少しやつれたようにも見えるが、空色の瞳は変わっていない。
「セシーリア・ルエルトの失われた魔法の使用と、処刑内容等について。審議会を始める」
議長である宰相の言葉に、セシーリアは前を向く。
『全てを終わらせよう』
300年続いたこの関係に、終止符を打つ時がきた。
「まずは、セシーリア・ルエルトの罪状について報告をいたします」
赤髪の騎士団長が立ち上がる。
「王都の森に出現した魔物の亡骸から、剣では不可能な切り口を確認しております。婚約披露パーティーの際に現れた魔物に関しましても同様です」
加えて、と騎士団長は続ける。
「ヨハンソン公爵領において雷の魔法の使用を確認しています。これは失われた魔法として明らかなものであり、彼女が失われた魔法の使用者であることは間違いありません」
「これについて、何か申し開きはあるか?」
宰相はセシーリアに尋ねる。
「ありません」
セシーリアの返答に、ざわりと動揺が広がる。
何か言い訳でもすると思っていたのだろう。
「セシーリア・ルエルトがアルノルド殿下の婚約者となってから、国内での魔物の出現が急増しました。アルノルド殿下がひらいた茶会と婚約披露パーティーにおける魔物の出現の際も、セシーリア・ルエルトがその場にいました」
セシーリアはすっと手を挙げて、発言の許可を求める。
焦げ茶色の髪色をした宰相は、セシーリアを見て軽く頷く。
「セシーリア・ルエルト。発言を許可する」
「魔物の出現に関しては、関与を否定します」
「しかし先ほど、失われた魔法の行使については認めていたが?」
「茶会の際、庭園に現れた魔物を追い払うために魔法を使いました。婚約披露パーティーの際も、魔物を倒すために失われた魔法を使いました」
「証拠は?」
「アルノルド殿下とエレオノーラ・ヨハンソン様に証言していただけます」
宰相の視線が、アルノルドに向く。
「茶会の際、確かにセシーリア嬢が魔法を使って魔物を追い払ったところを見た」
しかし、とアルノルドは続ける。
「セシーリア嬢が魔物を出現させたかについては判断できかねる」
次にヨハンソン公爵が立ち上がる。
「証人として娘をここに呼んでも構いませんかな?」
「許可しよう」
宰相が頷き、すぐにエレオノーラが議会場に入ってくる。
緊張した様子を見せず、完璧な令嬢として一礼する。
「パーティーの際、羽の生えた美しい女性が魔物を倒すところをこの目で見ました」
「羽の生えた美しい女性というのは、伝説にある精霊の姿と酷似するな」
レンナントは、セシーリアを見る。
「あなたは精霊を使役したということか?精霊魔法は、失われた魔法に属するが」
「そうです」
あっさりと肯定するセシーリアに、レンナントは目を細める。
「失われた魔法の行使を認めるほど、自分の首を絞めているのだぞ?」
「私は、失われた魔法を使うことを罪だと思っておりません」
セシーリアの発言に、1人の貴族が立ち上がる。
「失われた魔法は、賢者が禁じた危険な魔法であるのだぞ!」
「では、どのようなところが危険なのですか?」
「それは…」
言葉に詰まる貴族に、セシーリアは息をつく。
「失われた魔法について何も知らないのに、何故それらの魔法が危険だと分かるのですか?」
「それは、賢者が禁じるほどなのだから…」
「賢者から、そう聞いたのですか?」
顔を赤くさせて言葉を詰まらせる貴族に、セシーリアはこれ以上刺激しないように一度引く。
「私が言いたいのは、力の危険性とはその力の性質だけではなく、使い道によって決まるということです」
アルノルドがセシーリアに言ってくれた言葉だ。
「しかし、失われた魔法は危険だと…」
「では、実際に見せてもらえばいいのではないですか?」
1人の貴族の発言に、先ほどの貴族が慌てる。
「この場の全員を殺されたらどうするのだ!シモン公爵!」
四大公爵家の1つであるシモン家当主は、のほほんとした笑みをセシーリアに向ける。
「私たちは失われた魔法について何も知りません。それが危険なものかどうか、ここで判断すればよいのではないですか?」
シモン公爵は席から立ち上がると、セシーリアに近付く。
シモン公爵は50代くらいの優しげな紳士の見た目だが、その手には剣を持っている。
「あなたがもしこの場にいる人間に殺傷能力のある魔法を向けようとした時は、私が責任をもってその首を落としましょう。あなたの魔法によってこの場にいる人間が傷を負った場合は、私が自分の首を落としましょう」
そう言って剣を抜き、刃をセシーリアの首に当てる。
「王よ。許可を頂いても?」
国王は鷹揚に頷く。
「よい。許可しよう」
悲鳴に近い声が貴族たちから上がる。
1人の令嬢の処刑を決めるだけの審議会のはずが、議会場は恐怖に満ちている。
セシーリアは手首に着けられている手錠をシモン公爵に見せる。
「この手錠によって魔力を抑えられているので、今は魔法が使えないのですが…」
「ふむ」
一言そう呟くと、一瞬にして手錠がぱっくりと割れた。
『…見えなかった』
セシーリアの首に当てられていたはずの刃が、一瞬にして手錠を斬ったのだ。
この人なら確かに、セシーリアが殺気を抱いた時点で首を跳ねることが可能だろう。
魔力を抑える手錠を壊したことで貴族席が阿鼻叫喚の嵐になっているが、セシーリアは気にしないことにした。
気を抜くと、この人に殺されそうである。
魔法を使うのにこれほど緊張するのは久しぶりな気がする。
セシーリアは自由になった両手を、前に掲げる。
「
目の前に氷の玉を生み出す。
「
それを、風の刃で斬り落とす。
「
最後に、氷の欠片を火で溶かす。
レンナントの前でも見せた一連の魔法だ。
「…確かに、氷の魔法は失われた魔法の1つとして有名なものですな」
シモン公爵はにっこりと微笑む。
「あなたがこの場にいる人間に対して攻撃の意思がないことは、私が保証しましょう」
「…ありがとうございます」
問題はそこではないと思うのだが。
「…やはり、失われた魔法を使えるのではないか!」
セシーリアは攻撃の意思がないことの証明と共に、失われた魔法が使えることも証明してしまったのだ。
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