第39話 再会


「着いたか」


レンナントは、側近からの報せを聞いて書類から顔を上げる。

ヨハンソン公爵領を出発したと聞いてから1週間しか経っていないので、かなりの強行軍で来たらしい。


コンコンと扉をノックし、旅装束すらといていないアルノルドが執務室に入ってくる。


「今戻りました。兄上」

「速かったな」

「セシーリアを処刑させるわけにはいきませんから」


アルノルドも、ここまで速く到着できるとは思わなかった。

道中ではずっと天気が崩れることなく、向かい風が吹くことは一度もなかった。

盗賊に襲われることもなく、闇の中でも不思議と安全だと分かった。


『これが精霊の祝福なんだろうな』


精霊たちから与えられた祝福のおかげで、道中は順調だった。


「お土産です。兄上」


アルノルドは王子らしく微笑む。


「魔物の出現理由について突き止めました」


レンナントはアルノルドを見て口元に笑みを浮かべる。


「それを私に言っていいのか?お前の婚約者を死刑にしろと命令したのは私だぞ」

「最終的に許可を出したのが兄上なだけでしょう」


あの書状のサインは確かにレンナントのものだったが、だからと言ってレンナントがセシーリアの処刑を主導したことにはならない。

アルノルドは自分の兄に笑いかける。


「私の優秀な兄上は、何も考えずにそんなことをする愚か者ではありませんから」


レンナントは自分の弟に呆れたようにため息をつく。

そして草原のような瞳を和ませた。


「お前は相変わらずだな」


人としてどこまでも実直で優しく、人を信じようとする。

王族としては甘いところも多いが、だからこそ人の信頼を集める。

人を信じ、人に信じられる王子なのだ。


「お前たちが公爵領に行ってから1か月ほどして、セシーリア嬢が失われた魔法の使い手であるという噂が王城に広まった。最初は誰も信じていなかったが…」


失われた魔法を使う者は、記録上ではこの200年現れていない。

ただの噂だと相手にしていない人間も多かった。


「しかしヨハンソン公爵領で雷の魔法の使用が確認されたと報告が入り、噂は事実であると認識された」


雷の魔法は、建国物語にも出てくるように失われた魔法として一番有名なものである。


「それと同じ頃、王城に現れた魔物の倒され方にも注目が行くようになった」

「意図的ですね」


アルノルドの言葉にレンナントは頷く。


「それまで放っておかれていたというのに、タイミングが良すぎるからな」


そしてそれがセシーリアの仕業であると結び付けられた。


「そこまで話が広まれば、セシーリア嬢の処刑を求める声を捨て置くことはできない」


レンナントは第一王子として、判断が求められた。


「私の名で命令を出せば、お前はその意図に気付くだろうと考えた」

「セシーリアの処刑を求めた人間は、第一王子である兄上が軽くいなせる立場ではないということですね」

「そうだ」


第一王子であるレンナントでも、上位貴族の意向には簡単に逆らえない。

あの書状には、「婚約者の処刑を止めたいのなら自分で何とかしろ」というアルノルドへのメッセージも込められていた。


「あの時点で、賢者の法を覆すことはできなかった」

「分かっています」


300年前から続く賢者の法をなくすことは簡単ではないのはアルノルドにも分かっている。


「兄上にお願いがあります」

「聞こう」

「セシーリアの失われた魔法の使用についてと処刑内容についての審議会を開き、貴族を集めてください」

「何か策があるんだな?」

「はい」

「いいだろう。私の名で開催しよう」

「ありがとうございます」


セシーリアが罪人として王城に輸送されてからずっと、アルノルドは審議会を開くことを決めていた。

審議会を開けば、罪人であるセシーリアをその場に呼ぶことができる。

審議会には、上位貴族である賢者も必ず出席する。

王族と貴族が集まるその場を、アルノルドは決着の場に決めた。


それからアルノルドは、レンナントと共に審議会に向けて準備を始めた。




カツ、カツと靴音が空間に響く。


地下牢に外の光は届かず、石で造られた牢獄は体の芯にこたえるような寒さだ。

牢獄の最奥に見え覚えのある白い髪を見つけ、口元に笑みを浮かべる。

みすぼらしいワンピースに、罪人に相応しい手錠をつけている。


「無様だな」


鉄格子の前で足を止めると、青い瞳がこちらを向く。


「200年前に火あぶりにされたのを忘れたのか?」

「…あなただったのね」


300年前に賢者と呼ばれた男は、にやりと笑う。


「相変わらず愚かな女だな。今度は斬首にしてやろうか?」

「私は死なないわ」


意思の強い青い瞳に、苛立ちを覚える。

300年前もこんな瞳をしていた。

だから、この女が嫌いだった。


「お前は不死じゃない。そんなこと、お前が一番分かっているだろう」

「それでも、私は死なない」


セシーリアの言葉に苛ついたように、男は手を前に出す


ヴィン風よ


魔法の風がセシーリアの体に直撃し、その衝撃で牢屋の壁に体を打ち付けられる。

痛みに呻くように倒れたセシーリアを、男は満足げに眺める。


そのまま立ち去ろうとしたが、思い出したように振り返る。


「一応教えておいてやろう。3日後、お前の処刑を決める審議会が開かれる」


男は面倒くさそうに顔を歪める。


「お前の死刑は決まっているというのに、悪あがきをしたものだ」


男はセシーリアを見てにやりと笑う。


「審議会で何を発言しようと無駄だ。お前のことは誰も信じない。200年前のように」


200年前、セシーリアは何も知らずに魔法を使って火あぶりにされた。

当時もこの国の貴族だったこの男の、「火あぶりにしろ」という一言で。


「侯爵家の養女ではあるが身元の分からないお前と、この国に貴族として貢献している私。どちらを信じるかなど、目に見えている」


男はセシーリアに背中を向ける。


「あと3日の命だ。せいぜい大切にしろ」


軽く笑い声をたてると、男は去っていった。



「…あの男が賢者で間違いないわね」


男の気配が地下牢から消えてから、セシーリアは何もなかったように体を起こす。

あの男が賢者かどうか確かめたかったので、魔法を使ってくれたのは助かった。

ウルリーカが風で守ってくれたので怪我はない。


ごうっと風が舞い上がり、バチバチと光が走る。

闇の中からは鋭い殺気が飛んでいる。


「みんな、まだだめよ」


今にもあの男に襲いかかろうとする気配の精霊たちを、セシーリアは止める。


3日後に、審議会が開かれる。

全ての決着をつけるのは、その日だ。


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