第38話 罪人
「セシーリア・ルエルトを、失われた魔法を使える者として王城に罪人として輸送します」
ヨハンソン公爵領にその書状が届いたのは、精霊たちから祝福を貰ってから数日後だった。
騎士団を一団率いてその書状を持ってきたのは、騎士団長だった。
「誰の命令だ?」
ヨハンソン公爵と共にその書状の内容を聞いたアルノルドは、赤髪の騎士団長に第二王子としての視線を向ける。
「レンナント殿下です」
「…兄上が?」
驚くアルノルドに、騎士団長は書状を見せる。
確かにそこには兄であるレンナントのサインがあった。
『何故兄上が…』
レンナントは、セシーリアが失われた魔法を使えることを知っている。
しかしその処遇については保留にしていたはずだ。
アルノルドとセシーリアをノードウィル山に派遣したことといい、セシーリアのことは使える駒として見ていたはずだ。
それにセシーリアを罪人とするということは、アルノルドも罪人となる。
「罪人は、セシーリアだけか?」
「はい」
『…何かあるな』
この1枚の書状には、何人もの思惑が潜んでいるように感じる。
「抵抗された場合、その場で殺しても構わないと命令を受けております」
『その命令も兄上らしくない』
しかし、書状には確かに兄の筆跡がある。
レンナントが命令を出したことは間違いない。
『さて、どうするか』
失われた魔法を使った者は、賢者の法によって死刑と決まっている。
王城に輸送されれば、セシーリアは殺されるだろう。
セシーリアがあらゆる魔法を使えるとしても、その身が危険にさらされることは間違いない。
「セシーリア様が失われた魔法を使ったという証拠は?」
ヨハンソン公爵の問いに、騎士団長は毅然とした態度を貫く。
「王都の湖付近に現れた魔物と王城に現れた魔物を倒した魔法は、既存の魔法ではあり得ません。どちらもセシーリア・ルエルトが近くにおりました」
「それだけで証拠とは言えないだろう」
「セシーリア・ルエルトがアルノルド殿下の婚約者となってから急増した魔物の出現についても、セシーリア・ルエルトの魔法であると考えられています」
「それが失われた魔法であるという証拠は?」
騎士団長は首を横に振る。
「“失われた魔法”であるのです。それを証明する手立ては残っておりません」
『らちが明かないな』
セシーリアが使った魔法を失われた魔法ではないと証明する手立てはなく、失われた魔法であると証明する手立てはない。
「セシーリア・ルエルトの身柄の引き渡しを願います」
アルノルドとしては時間を稼ぎたいところだが、どうやらそれも許してくれそうにない。
コンコンと扉がノックされ、扉が開く。
そこには、セシーリアがいた。
騎士団長に向かって、令嬢としての礼をとる。
「セシーリア・ルエルトです。王城からの命令とあらば、従いましょう」
自ら姿を現したセシーリアに、騎士団長は少し驚いた様子を見せる。
まさか本人がすんなり出てくるとは思わなかったのだろう。
『ウルリーカが教えたか』
風の精霊であるウルリーカは、風に乗せて情報を拾うことができる。
それを聞いたセシーリアが自ら姿を現すのは時間の問題だった。
「…セシーリア」
ただ名前を呼ぶことしかできないアルノルドに、セシーリアは微笑みかける。
「私は先に、王城に戻ることにします」
「…あぁ」
今にもセシーリアの腕を掴んでここから逃げ出しそうなアルノルドを、セシーリアは目で制する。
ここで逃げては、ヨハンソン公爵にも迷惑をかけてしまう。
それに、あの男からの誘いに乗らない手はない。
「失礼」
騎士団長はセシーリアの両手に手錠をかける。
『魔力を封じる手錠か』
こういうものだけは残しているのだから、笑える。
セシーリアは手錠をかけられたまま、アルノルドに向けて優雅に礼をとる。
「アルノルド殿下に、祝福がありますように」
セシーリアはにこりと微笑むと、アルノルドに背を向けた。
公爵家の騎士や使用人たちが、心配そうにセシーリアを見送る。
ここに来た時は敵意を向けられていたのを考えると、自分に味方してくれる人が増えたなと思う。
公爵家を出ると、1つの馬車の周りに騎士団が大勢待っている。
あれがセシーリアを罪人として運ぶ輸送車なのだろう。
空を見上げると、はらはらと雪が舞い降りている。
この当たり前の世界が、とても美しいと思う。
魔力を封じる手錠をかけられても、死刑宣告されても、何も怖くない。
セシーリアは背筋を伸ばしたまま、罪人用の馬車に乗り込んだ。
セシーリアが罪人として王城に輸送されてから1週間後、アルノルドは公爵領を出る旅支度を終えた。
あの書状について情報を集めるために少し時間がかかってしまったが、有益な情報は得られた。
雪道を馬で向かうのでかなり厳しい旅だが、セシーリアを輸送しているのは馬車なので今から追っても十分に追いつく。
「本当に領地を離れても大丈夫なのか?ヨハンソン公爵」
隣で旅支度をしている公爵に尋ねると、紫色の瞳は強く頷く。
「このまたとない機会、領地に籠っていたら先祖に叱られます」
公爵には、賢者のことについては説明をしてある。
ルンドスロム王国の頃から続く唯一の公爵家として、やはり賢者には思うところがあるらしい。
心強い味方である。
「あとの3人も、王都へ向かったようです」
「それは良かった」
その3人も、セシーリアの味方として心強い人物である。
ヨハンソン公爵領ではまだ雪が降っているが、王都ではそろそろ雪が解けている頃だろう。
『セシーリア…』
馬車で王都に向かっているセシーリアの安否は、精霊たちを通して確認している。
それでも、セシーリアの無事を心配せずにはいられない。
アルノルドは馬の背に乗ると、白い息を吐く。
「出発しよう」
全てを終わらせるために。
未来を始めるために。
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