第37話 祝福
「セシーリア。俺の本物の婚約者になってほしい」
アルノルドの言葉に、セシーリアの手が震える。
「…エレオノーラ様は?」
「エレオノーラ嬢?」
何故その名前が出てくるのかと、アルノルドは首を傾げる。
しかしセシーリアは、不安げに青い瞳を揺らす。
「エレオノーラ様は、アルノルドに想いを寄せているでしょう。それに公爵令嬢だったら、本物の婚約者として相応しいわ」
身元が分からず、失われた魔法を使えるセシーリアよりも、婚約者として相応しい。
侯爵家の養女より、公爵家の令嬢の方が婚約者として相応しい。
「エレオノーラ嬢には、婚約者にはできないと断った」
「…どうして?」
アルノルドはセシーリアの手を握ったまま、雪の上に片膝をつく。
「俺は、セシーリアのことが好きなんだ」
「……好き…」
言葉の意味を遅れて理解して、セシーリアの頬が真っ赤に染まる。
そんなセシーリアを、アルノルドは愛おしそうに見つめる。
「呪いが解けるかもしれないと分かった時、嬉しかった。セシーリアと共に生きる未来があると思えたから」
今までは、未来というものに何の希望も抱いていなかった。
いつか死ぬのなら、いつ死んでもいいと思っていた。
自分で死ぬことも考えた。
未来に希望が見えた時、アルノルドの願いは1つだった。
「人にも魔物にも優しいセシーリアが好きだ。魔法を使っている時の、楽しそうなセシーリアが好きだ。雪の結晶のような白銀の髪も、湖のような深い青い瞳も、好きだ」
アルノルドが言葉を重ねるたび、セシーリアの頬は赤くなる。
セシーリアの手に軽くキスを落とすと、セシーリアは耳まで赤くなる。
そんなセシーリアを見て、空色の瞳が嬉しそうに笑う。
「返事は、呪いを解いた後で構わない」
全てを終わらせなければ、アルノルドに未来はない。
この身の呪いを解くまでは、想いを伝えることしかできない。
セシーリアは空色の瞳を見て、小さく頷く。
「ウルリーカ。イーリン。ノト」
セシーリアが精霊たちを呼ぶと、3人はセシーリアの周りに集まる。
「お願いがあるの」
「なぁに?セシーリア」
「アルノルドに、祝福を授けてあげてほしいの」
セシーリアの言葉に、3人とも驚いた表情をする。
「いいわよ」
ウルリーカは微笑んですぐに了承すると、アルノルドの額に手をあてる。
「風の精霊ウルリーカの名のもとに、この者に祝福を。風はあなたに味方し、あなたを守りましょう」
ふわりと、森の香りがする柔らかい風が流れる。
「…セシーリアの頼みならいいわ」
イーリンもアルノルドの額に小さな手をあてる。
「雷の精霊イーリンの名のもとに、この者に祝福を。雷はあなたの道を切り開き、遮る者を退けましょう」
バチッと短く光が走る。
ノトはどこか不機嫌そうな空気を醸し出しながら、アルノルドの額に手をあてる。
「闇の精霊ノトの名のもとに、この者に祝福を。闇はお前に届かず、影はお前を助けるだろう」
ノトは祝福を終えると、さっさとセシーリアの後ろに下がる。
「ほら、あんたもついでだから祝福を授けてあげなさいよ」
イーリンが、アルノルドの背後に隠れているイオに話しかける。
「でも僕、ちゃんとした祝福なんてやったことなくて…」
「あーもう!」
イーリンは苛立ったようにイオの手を掴むと、アルノルドの額にべしっと手をあてさせる。
「祝福っていうのはね、誰かに幸せになってほしいっていう気持ちなの。ただ心のままを言葉にすればいいのよ」
イーリンの圧に押され、イオは目を瞑って一生懸命に唱える。
「火の精霊ノアの名のもとに、アルノルドに祝福を。えっと…アルノルドが寒くないように、アルノルドを守れますように」
ぽっと小さな火が灯り、アルノルドの体に吸い込まれていく。
「まぁ、初めてにしてはまぁまぁね」
イーリンが納得したように頷き、イオは再びアルノルドの背後に隠れる。
「祝福というのは、人の頼みで与えられるものなのか?」
アルノルドの疑問に、ウルリーカは微笑みながら首を横に振る。
「普通は、精霊の意思で授けるものよ」
「じゃあ、今のは…?」
「そんなの決まってるじゃない!セシーリアがあんたのことを…」
「イーリン。喋りすぎよ」
イーリンの口を、ウルリーカが風で塞ぐ。
「…アルノルド」
「どうした?イオ」
イオに小声で袖を引かれ、アルノルドは耳を近付ける。
「精霊が契約主のことをすごい好きだと、契約主の頼みで祝福を授けることもあるんだよ」
「そうなのか」
それはセシーリアと精霊たちを見ていれば納得できる。
「あとね…人間が精霊に頼んで祝福を渡す相手はね…」
イオはさらに声を落とす。
「愛してる人だけなんだよ」
アルノルドは少し目を見開き、セシーリアを見る。
セシーリアは不自然に顔を背けているが、白銀の髪の隙間から見える耳が真っ赤になっている。
アルノルドは頬が緩むのを抑えながら、精霊たちとセシーリアに礼を言った。
その後アルノルドが自己紹介した際に賢者の子孫と知ってイーリンが雷を落としたが、セシーリアの魔法で晴れた空の雷に慣れている公爵領の人間は何も不思議に思わなかったらしい。
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