第12話 アルノルド王子


第一王子との短い会話に疲れたセシーリアは、果実酒が入ったグラスを手にとる。

それで喉を潤すと、少しほっとした。


「あなたが、セシーリア・ルエルトさん?」


若い女性の声に、セシーリアはグラスを置いて振り返る。

金髪に紫色の瞳の美少女が目の前にいた。

アルノルドより少し年下くらいの年齢の少女である。


『たしか、あの茶会にいた…』


アルノルドの婚約者選びの茶会にいた令嬢の1人である。

名前は知らないが、侯爵家の養女であるセシーリアに話しかけて来るということはそれ以上の家格ということだろう。


「セシーリア・ルエルトと申します」

「エレオノーラ・ヨハンソンよ」


ヨハンソンと言えば、王国に4つある公爵家のうちの1つであるヨハンソン公爵家だろう。

王家の血に連なる、正真正銘の令嬢である。

そうすると、この気位が高そうな振る舞いにも頷ける。


「あなた、ルエルト侯爵の養女だそうね」

「はい」

「生まれは?」

「家族はおりませんし、家もありません」


正真正銘、身元不明の女である。

しかしエレオノーラという令嬢はその事実に少し心を痛めたのか、さっきまでの勢いが少し弱まる。


「ルエルト侯爵は、良くしてくれているの?」

「はい。とても良くしていただいております」

「そう。ならいいのよ」


また居丈高な雰囲気に戻った令嬢に、セシーリアは微笑みが出ないように気を付ける。

令嬢として相応しく振る舞ってはいるが、根は心優しい少女なのだろう。


「あの…あなたが殿下の婚約者に選ばれたということは、殿下はあなたのことが好きなの?」

「………?」


あまりに乙女な問いが来て、セシーリアは首を傾げそうになった。

てっきり身元の分からない女だとか、身分がどうのこうのとか言われるのかと思っていたので驚いた。


「で、殿下はあなたみたいな子が好みなのかしら」

『…私に聞かれても』


偽の婚約者なので、そこまで知らない。

どう答えるべきかと悩んでいると、エレオノーラという令嬢はセシーリアをキッと睨む。


「殿下の婚約者に選ばれたからと言って、偉そうにしないでほしいわ」

「私の婚約者に、何か用か?」

「で、殿下!」


令嬢の後ろから現れたアルノルドに、エレオノーラという令嬢はびくりと肩を震わせる。

恐らく、最後の一言は聞かれたと思ったのだろう。


「私が1人でいたので、エレオノーラ様が声をかけてくださったのです。ありがとうございます。エレオノーラ様」


セシーリアから庇われるとは思っていなかったのか、紫色の瞳が少し開く。


「それは助かった。エレオノーラ嬢。ありがとう」

「…もったいないお言葉ですわ」


扇で口元を隠しているが、耳が赤くなっている。

そういうことかと、セシーリアはエレオノーラの言動に納得した。


エレオノーラが去ると、アルノルドがセシーリアに囁く。


「大丈夫だったか?」

「本当に、声をかけられただけです」

「そうか」


安心したように、アルノルドは肩の力を抜く。


「エレオノーラ嬢は、俺の婚約者候補の筆頭だったんだ」


どうやらアルノルドは、エレオノーラの心に気付いているらしい。

気付いていて、気付かないふりをしているのだろう。


『結婚するつもりがない』


偽の婚約者を頼まれた時、アルノルドはそう言っていた。

政治的な判断からセシーリアを選んだのは本当だろうが、セシーリアがアルノルドに対する興味がないと気付いているのかもしれない。


『茶会から逃げてたし』


自分に好意を持っている令嬢に偽の婚約者を頼むのは、相手のことを考えれば酷だろう。


『だから、私が適任だったのか』


ついでに魔法も教えてもらえるとなれば、これほどの適任者はいないだろう。



アルノルドに視線を向けると、首を傾げられる。


「どうした?」

「愚かな婚約者を持たなくて良かったと思って」

「兄上に何か言われたか」


アルノルドは苦笑いしている。


「兄上は第一王子としての立場をよく分かっておられるからな。セシーリアのことを警戒してるんだろう」


しかし、アルノルドは少し不思議そうにセシーリアを見る。


「兄上はあまり感情を表に出されないんだが…セシーリアには少し出してたな」

「敵意だったけど」

「それでも、珍しい」


恐らく、弟の婚約者だからだろう。

セシーリアを試し、どういう人間なのか見定めたのだ。


「アルノルドは…」


ホールでダンスの演奏が始まり、セシーリアの声がかき消される。


「なんだ?」


アルノルドが耳を寄せると、セシーリアは小さい声で呟いた。


「アルノルドは、愛されているのね」


家族から。臣下から。

第二王子であるアルノルドとして、愛されている。


「…そうだな」


セシーリアの言葉に、アルノルドは少し寂しそうに笑った。



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