第13話 再び


『殿下は、ああいう女の子が好きなのかしら…』


エレオノーラは少し崩れた化粧を直しながら、鏡の中の自分を見た。


クルクルと巻かれた金髪に、大きな紫色の瞳。

化粧で大人っぽく見せてはいても、どこか無理をしている感じがある。

2つ年上のアルノルドに選ばれるように自分を磨いたが、意味はなかったのかもしれない。


婚約者に選ばれたセシーリアという少女は、美しい少女だった。


流れるような白銀の髪に、思慮深そうな青色の瞳。

すらりとした細い体つきでいて、周りの空気に飲み込まれないぴんと張った背筋。

エレオノーラとそう年齢は変わらないはずなのに落ち着いた雰囲気で、養女であるはずなのに貴族令嬢として完璧な所作だった。



エレオノーラはため息をつくと、化粧室を出た。

薄闇の中で照らされた廊下を歩いて行く。


『…何の匂いかしら?』


花のような甘い香りがして庭に目を向けると、赤い2つの光を見てエレオノーラは立ち止まった。

ギラギラと光る何かが、エレオノーラを見ている。

その光が一つ二つと増え、だんだんと近付いてくる。


薄闇の中からそれが現れた時、エレオノーラは恐怖で声を上げた。




パーティーが行われているホールまで届いた悲鳴に、会場はざわついた。

会場の外にいた衛兵が、慌てた様子で騎士団長らしき男に耳打ちする。

男はその報告を聞くと、国王に向かって膝をついた。


「ご報告いたします。王城内に、魔物が現れたとのことです」


その言葉に、会場内に動揺が走る。

一か月半前にも、王城内の庭園に魔物が現れているのだ。


「静かに」


ざわざわと混乱していく会場が、国王の一言で静まる。


「数と、場所は」

「3匹です。ここから裏手にある、庭に面した廊下です」

「被害は」

「騎士団で対処しておりますが、討伐には至っておりません。今のところ、怪我人の報告はありません」

「騎士団は引き続き魔物の討伐にあたるように。近衛兵は、ここに集まる者たちを守れ」

「はっ」


国王からの命令を受けた騎士たちが、会場の外へ出ていく。

それを、緊張した面持ちでセシーリアが見ていた。


「本当に魔物が?」


アルノルドが小声で確かめると、セシーリアは頷く。


「さすがに、ここを離れるわけにはいかないな…」

「当たり前です」


アルノルドの言葉を、剣に手をかけて周囲を警戒するユーリーンが冷たく一蹴する。

第二王子であるアルノルドと婚約者であるセシーリアは、騎士団によって守られる重要人物である。


「ウルリーカ。来て」


セシーリアが呼びかけると、ふわりと風が流れ、羽の生えた美しい女性が現れた。

緑色の髪に、薄い衣を身にまとっている。


「久しぶりね。セシーリア」


セシーリアを見ると、人間とは違う色彩の瞳で微笑む。


「今、魔物が近くにいるの」

「あぁ、いるわね。血の匂いがするわ」


ウルリーカという女性は、嫌そうに顔を歪める。


「人を食った魔物か?」


アルノルドが焦った声を出すと、ウルリーカの瞳がアルノルドを映す。


「あら、私が見えてるのね。珍しい」

「ウルリーカ。その魔物を倒してきて」

「いいわよ」


風がびゅうと吹くと、ウルリーカという女性の姿が消える。


「セシーリア…今のは?」

「精霊よ」

「あの、伝説の?」


精霊は昔存在したと言われているが、今はその存在を確認した者がいないことから伝説の存在と言われている。


「精霊はずっといるわ。ただ、人が見えなくなっていっただけ」


魔素が見えなくなった人間は、魔素の影響を受けて存在する精霊が見えなくなっていった。

今も変わらず精霊は存在するが、自分たちを知覚する人間がいなくなったことでこの国を離れた精霊は多い。


「ウルリーカは私と契約してる精霊だから、頼みを聞いてくれるの」


精霊は気分屋だが、気に入った人間がいると契約を結ぶ。

精霊は人間の頼みを聞き、人間は精霊の頼みを聞くのだ。


ウルリーカの魔力と共に魔物の魔力が消え、セシーリアは肩の力を抜く。



「終わったわ」


再びウルリーカが現れ、セシーリアにまとわりつく。


「久しぶりに呼んだと思ったら、人助け?セシーリアも変わらないのね」

「助かったわ。ウルリーカ」

「あのくらい、あなたでも倒せるでしょう」

「今はここを離れられないの」


そこで初めて気付いたように、ウルリーカは辺りを見渡す。


「あら。王城じゃないの。久しぶりに来たわ。この子は、誰?」


ウルリーカにじっと見つめられ、アルノルドは少し緊張する。


「その話はまたあとでお願い」

「しょうがないわねぇ」


ウルリーカはアルノルドから視線を外すと、セシーリアの頬にキスをする。



「ま、魔物が倒れました!」


その報告が入った時には、ウルリーカの姿は消えていた。


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