第19話 謝罪とお礼


「大丈夫?セシーリア」

「大丈夫よ」


ウルリーカは、セシーリアの頬に優しく手をあてる。


「ああいうのを見ると、人間が嫌いになるわ」

「みんながみんなそうじゃないわ。それに、白髪の魔女が嫌われるのはあの物語のせいだから」

「全部、あの男のせいだわ」


ウルリーカの怒りに反応するように、風が巻き起こる。


「ウルリーカ。竜巻が起きてしまうわ」

「私は構わないわ」


ウルリーカには、この国に思い入れがない。

精霊が見えなくなり、この国の人間は精霊の存在を忘れていった。

それだけではなく、この国は契約主であるセシーリアを傷付け続ける。


「私が困るわ」


悲しそうに微笑むセシーリアを見て、ウルリーカは風を止める。

物を投げられようと、暴言を投げつけられようと、セシーリアはこの国を見捨てない。

目の前の命を見捨てるぐらいなら、失われた魔法を人前で使うことを厭わない。


「あなたは優しすぎるわ」


ウルリーカは、セシーリアの額にキスを落とす。


「ウルリーカの好きなお酒を買って帰りましょう」

「いいわね」


酒屋に向かって歩き出した時、風に乗って声が耳に届いた。


「セシーリア!」


振り返ると、アルノルドがセシーリアに向かって走っている。


「…アルノルド」


セシーリアに追いついたアルノルドは肩で息をすると、頭を下げる。


「すまない。何もできなかった」

「そんなことはないわ」


アルノルドはあの場で、的確に指示を出していた。


「セシーリアを、守れなかった」


アルノルドは、悔しそうに言葉をもらす。


「セシーリアがあの少女を助けたのは事実なのに…」

「白髪の魔女が嫌われるのは仕方ないから」


この国にとって賢者が「正」で、魔女が「悪」なのだ。

魔法使いと呼ばれる存在がなくなり、魔女という呼び方は悪い存在を指すことが多くなった。


「それでも…」


ここまで悔しそうにしているアルノルドは初めて見る。


「私はあの子が助かったのなら、それでいい」

「…すまない」

「アルノルドに謝られることじゃないよ」

「いや」


アルノルドは首を横に振る。


「白髪の魔女に対する偏見や差別に、何もしていないのは国だ。第二王子として謝罪させてほしい」


そうして、アルノルドはもう一度頭を下げる。


「…王族は、そう何度も簡単に頭を下げるものじゃないわ」

「人に謝ることができない人間に、人の上に立つ資格はない」


変わった王族だな、と相変わらず思う。

行動的で、素直で、優しい。

偉ぶることなく、民を平等に大切に思っている。

そんなアルノルドの言葉だから、セシーリアは受け入れた。


「謝罪は受け取る。だから、頭を上げて」

「ありがとう…」


頭を上げたアルノルドは、セシーリアの綺麗な青い瞳に目を奪われた。

冬の夜空のように綺麗な色に柔らかい光を映し、アルノルドを見る青い瞳はどこまでも優しい色だった。

それなのに、深い青色には手を伸ばしても届かない感情が見え隠れする。

その感情に触れたいと、思ってしまう。


「はやくお酒を買いに行きましょうよ」


ウルリーカの声にはっとして、アルノルドはいつの間にか前に伸ばしていた手を下ろす。


「今日の目的はそれだったな」


いろいろとあったが、今日の目的は城下で買い物をすることだ。


「すぐそこよ」


城下を歩くセシーリアは、フードを深く被っている。

それがとても悔しくて、寂しかった。




「今日は世話になる。ルエルト侯爵」

「いえいえ。とんでもございません」


買い物を無事に終えたセシーリアは、アルノルドを伴って夕方にルエルト侯爵邸に帰った。

突然第二王子を泊めることになったというのに、侯爵はいつも通り穏やかである。


夕食後にセシーリアは、侯爵家の庭の奥にアルノルドとユーリーンを連れていった。


スールツ姿隠し


用心して、一応姿隠しの魔法をかける。

これから精霊を呼び出す魔法を使うので、人目につかないようにする。


「何の魔法ですか?」


突然の声に驚くと、ファルクが隣にいた。

気配を消すのが得意というのは本当らしい。


「姿隠しの魔法よ。周りから自分の姿が見えなくなるわ」

「便利ですねぇ」

「あなたは魔素を見る訓練はしなかったの?」

「したんですけどね。俺、元々魔法を使うのが苦手で。蝋燭に火すらつけられないんですよ」


珍しいが、魔法を使えない人間はいないわけではない。


「魔力量は問題なさそうだから…」


セシーリアはファルクの小柄な体を観察する。


「大怪我をしたことはある?」

「あるある」


軽く頷くと、ファルクは少し長い前髪をかき上げる。

その額には大きな古傷があった。


「崖から落ちて死にそうになってたところを、殿下に助けられたんですよ」


セシーリアは、ファルクの額に手を当てる。


「怪我が原因で、魔力の流れが滞ってしまうこともあるわ」


ファルクの魔力の流れを調べると、やはり怪我の付近で流れが滞っている。


キュール治れ


治癒の魔法をかけて、魔力の流れを遮っていた場所を治す。

セシーリアは、少し眉を寄せる。


「かなり昔の怪我なのね。時間をかけないと、治りそうにないわ」

「…治るの?」


驚いているファルクの瞳は、夜の闇のような綺麗な黒色だった。


「時間をかけて治癒の魔法をかければ、魔力の流れは戻るわ。魔法を使えるようにもなるはずよ」

「…あんた、すごいんだな」


ファルクの瞳が、キラキラと輝く。


「俺、もう魔法は使えないんだと思ってたんだ。でも魔法が使えるようになれば、もっと殿下の力になれる」


ファルクは、嬉しそうにくしゃりと笑う。


「ありがとう。セシーリア」



『…ほらね』


セシーリアは、心の中でウルリーカに話しかける。


『悪い人ばかりじゃないでしょう?』

『そうね』


セシーリアは、小さく微笑んだ。


「どういたしまして」



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