第18話 白い髪


「今夜は侯爵家に泊めてもらうことにしよう」


アルノルドはそう言うと、さっそく侯爵宛の手紙を書く。


「ユーリ。これをルエルト侯爵に届けてくれ」

「しかし、それでは殿下が1人になって…」

「もう1人側近がいるから大丈夫でしょう」


セシーリアがそう言うと、アルノルドとユーリーンが驚く。


「気付いていたのか?」

「そこの屋根の上にいるわ」


セシーリアが指さすと、屋根の上から人影が降ってくる。

音もなく地面に着地したのは、灰色の髪の少年だった。


「いやー、まさかばれてるとは。驚きましたね、殿下」


あっはっはーと明るく笑っている。

年齢はアルノルドとそう変わらないように見えるが、セシーリアと同じくらいの身長の小柄な少年だ。


「俺のもう1人の側近の、ファルクだ」

「よろしく、セシーリア嬢」


気軽に握手を求めてくるので、セシーリアもそれに応える。


「ファルクには普段裏方を任せているから、セシーリアの前にも出てきたことはないと思うんだが…」

「俺、気配を消すのは得意なんだけどなー」


どうして分かったのかと聞かれ、セシーリアは何でもないように答える。


「アルノルドがいるところには、いつも2人分の魔力があったから」


なるほど、と2人は頷いている。


「ファルク。殿下の側を離れるなよ」


ユーリーンはファルクにそう言ってから、ルエルト侯爵邸に1人で向かった。


「堅物人間だなぁ」


ユーリーンの冷たい物言いには慣れているのか、ファルクはあっけらかんとしている。


「それじゃあ、目的地の酒屋に行きましょうか」

「どこか馴染みの店があるのか?」

「この先に――」


セシーリアが道の先を指さした時、馬の高いいななきと人の悲鳴がその場に響いた。

その声がした方を見ると、馬が引いていた荷車が道の真ん中で倒れていた。

馬が何かに驚いたのか暴れて、荷車が倒れてしまったらしい。


「アン!!…アン!私の子供が…っ!」


その近くで1人の女性が半狂乱になりながら、荷車からなだれ落ちた木材の下に呼びかけている。


セシーリアはすぐに駆け寄ると、「ヴィン風よ」と唱える。

荷車を包み込むように風が流れ、風が木材を浮かせる。

その下には、幼い少女が血まみれで倒れていた。


「アン!」


母親が少女に呼びかけるも、反応がない。


「この近くに医者はいるか!清潔な布を持ってこい!近くの騎士団の詰め所に連絡を――」


アルノルドが一番に動き、周りの群衆に指示を出していく。

馬に乗っていた男性も地面に落下して怪我をしているが、意識はある。


「アン!お願い、目を覚まして…!」

「揺さぶらないで。横に寝かせて」


興奮した母親から少女を引き離すと、地面に寝かせる。

木材が頭に当たったらしく、頭から流れている血が止まらない。


ブロ・スト血よ止まれ


まずは頭からの出血を止めると、「キュール治れ」と唱える。

慎重に魔法をかけ続けると、頭にあった傷口が少しずつ塞がっていく。

じわじわと傷が塞がっていき、傷が完全に塞がったところで手を離す。


「あとは意識が戻れば…」


母親にそう言おうと口を開くと、ドンッと体を突き飛ばされた。

少女の母親が、セシーリアを見て恐怖を浮かべている。


「私の娘に何をしたの!?」


突き飛ばされた拍子にフードが脱げた。

セシーリアの髪色を見て、女性の顔は真っ青に青ざめた。


「…白い髪の、魔女…」


それはこの国で、不吉を指す。

賢者が倒した魔女が白い髪だったことから、白髪の女性は疎まれる存在になった。


コンッと何かが飛んできて頭にあたる。

小石だった。


「…不吉な魔女め!」

「その子供に何をしたんだ!」

「この女、知らない魔法を使っていたぞ!」


群衆たちが、セシーリアの髪色を見て態度を変える。


「セシー…」


セシーリアを助けおこそうとするアルノルドを手で制する。


こんな扱いには慣れている。

こうなることが分かっていて魔法を使った。


石を投げられ、ごみを投げられる。

「不吉だ」「白い魔女め」「賢者の敵だ」

そうやって言葉を投げられる。


立ち上がると、群衆たちが後ずさる。

白い髪の魔女は不吉であり、恐れの対象でもあるのだ。


フードを被りなおすと、薄っすらと目を開けた少女と目が合った。

自分の状況がまだ分かっていないのか、ぼーっとしている。

意識が戻ったことに安心し、セシーリアはその場を立ち去った。



「…あの女性が、子供を助けたのを見ていなかったのか」


アルノルドの低い声に、少女の母親がびくりと肩を震わせる。


「でも、白い髪の魔女なんて…」

「髪の色だけで、全てを決めるのか?」


アルノルドの責めるような口調に、近くにいた群衆の男が口を開く。


「あの女は、よく分からない魔法を使っていた。それに、本当に子供を助けたのかさえ…」

「おかあ、さん…」


自分で起き上がった少女は、母親の姿を確認して呼びかける。


「アン!あなた、怪我が…」


頭から血を流していたのに、怪我の跡すらなくなっている。


「さっきの女性が魔法で治したんだ」

「…でも、よく分からない魔法なんて…」

「よく分からないからと、事実から目を背けるのか?」


母親は気まずそうに視線を逸らす。


「知らない魔法だからと、物語に出てくる魔女と同じ髪色だからと。1人の少女の命を助けた人間に罵詈雑言を浴びせ、物を投げつけるのか?」


アルノルドの強い瞳に怯んだように、周りの群衆が後ずさる。



「殿下。騎士団が来る前にここを離れた方がいいっすよ」


アルノルドを宥めるように、ファルクが声をかける。


「…あぁ」


アルノルドはぐっと拳を握りしめると、セシーリアの姿を追った。



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