第17話 城下
婚約披露パーティーから数日後、セシーリアは城下にいた。
侯爵家の令嬢としてのドレスではなく、平民のような簡素なワンピースにフード付きのマントを羽織っている。
石畳で整備された道を歩きながら、久しぶりに来た城下の様子を観察する。
多くの店は賑わいを見せており、街ゆく人々の顔色も明るい。
王城に二度も魔物が現れたという事実を知っても、あまり不安に思っている様子はなさそうだった。
『300年も争いがなければ、そうなるか』
賢者が国を興してから、エドヴァール王国には戦がない。
隣国からの侵攻もなく、国内の争いも騎士団がすぐに収めている。
平和な国なのだ。
しかし他国との交流がないせいで文化や技術は国内でしか発展せず、生活の水準も変わることがない。
4つの山に囲まれ、この安全が脅かされることはないと信じきっているのだ。
「どうした?セシーリア」
声をかけられ、セシーリアはため息をつく。
セシーリアの隣には、セシーリアと同じように平民の服を着たアルノルドとユーリーンがいる。
「第二王子が側近だけで城下に来て大丈夫なの?」
「ユーリは強いから大丈夫だ」
そう言われた本人は不服そうな顔をしているので、このお忍びはアルノルドに押し切られたのだろう。
「エドヴァール王国の十指には入るぞ」
「へぇ。すごいね」
そんなに強いとは知らなかったので、セシーリアは素直に驚いた。
しかしそれくらい強くないと、第二王子の側近は任せられないのだろう。
「それで、今日はどこに行くんだ?」
わくわくと楽しそうにしているアルノルドに、セシーリアは息をつく。
『城下に行くと口を滑らせたのがまずかった』
今度の休みにまた遠駆けでも行かないかと誘われて、城下に用があるからと断ったのだ。
まさか、ついてくるとは思わなかった。
「まずは酒屋かな」
「酒を買うのか?」
「ウルリーカに、この前のお礼をあげるの」
「私は、お酒が好きなのよ」
最近はずっとセシーリアの側にいるウルリーカが会話に混ざる。
「ウルリーカ殿は…」
「ウルリーカでいいわよ」
軽く言われ、アルノルドは頷く。
「ウルリーカは、酒が好きなのか」
「えぇ。特に果実酒が好きよ」
ウルリーカは思い出したように、うっとりとしている。
「精霊というのは、そういうものなのか?」
セシーリアは首を横に振る。
「それぞれの精霊によって違うわ。お菓子が好きだったり、木の実が好きだったり」
人によって好みが違うのと同じだ。
「精霊魔法というのは、精霊に対価を渡すものなのか?」
「
セシーリアは周りに話が聞こえないように、防音の魔法をかける。
「精霊魔法は、精霊と契約して行う魔法全般のこと。私はウルリーカと契約しているけど、この前のはただ頼み事をしただけ。精霊魔法は使っていないわ」
「精霊とはどうやって契約するんだ?」
「契約魔法があるの」
「難しいか?」
「契約魔法自体は簡単だけど、精霊が契約してもいいと言ってくれるかが一番難しいと思う」
ウルリーカも頷く。
「精霊はみんな気まぐれなの。それに、気に入った人間じゃないと契約は結ばないわ」
「そうか…」
少し残念そうにしているアルノルドに、セシーリアは呆れる。
「そんなに精霊と契約したいの?」
「ばれていたか」
この会話をしていてばれない方がおかしい。
「今この国には精霊は少ないから、まず出会うことが難しいわ」
賢者が魔法の多くを禁じてから、人々は精霊が見えなくなっていった。
そうして、精霊たちはこの国を離れていったのだ。
「精霊と出会うことすら難しいのか…」
少し落ち込むアルノルドに、セシーリアはもう1つの方法を教える。
「こちらから精霊を呼び出すという方法もあるわ」
「そんな方法があるのか?」
「手順を踏んで、精霊を呼び出すの。でもその方法で来てくれるかは精霊の気分次第だし、その精霊が契約していいと言ってくれるかも分からないわ」
「それでもやってみたい」
目を輝かせるアルノルドに、セシーリアは少し微笑む。
そして、この場にいるもう1人にも目を向けた。
「あなたはどうする?」
「何故、私に聞くのですか」
ユーリーンは、冷たい視線をセシーリアに向ける。
「だって、ウルリーカが見えてるでしょう」
「!」
灰色の瞳が動揺する。
「ばれたな、ユーリ」
アルノルドは知っていたようで、いたずらっぽく笑っている。
「パーティーの時、ウルリーカを見て動揺していたから」
知られたくないようだったから黙っていた。
アルノルドに失われた魔法を教えていることをレンナントに知られているし、今さら隠しておくことでもないだろう。
「ユーリも失われた魔法を知りたいと言ってきてな」
「側近である私が使えなければ、有事の際に殿下をお助けできませんから」
賢者の法を知っていてその力を求めるとは、見上げた忠誠心である。
「精霊を呼び出すのなら、今日の夜がいいわ」
「何でだ?」
「満月だから」
満月の日は、魔力が高まりやすいと言われている。
アルノルドは魔素を使った魔法にまだ慣れていないので、満月の力を借りた方がいいだろう。
「では、今夜お願いする」
「…どこでやるの?」
「さすがに王城は人目があるからな…」
アルノルドはいいことを思いついたというように笑った。
「今日はルエルト侯爵家に泊めてもらうことにしよう」
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