第20話 精霊との契約


「俺も魔素が見えるようになったら、精霊と契約してみたいなぁ」

「また今度だな」


ファルクはまだ魔法が使えないので、今回は精霊を呼び出すことはできない。

ファルクは少し残念そうに息をつくと、また姿を消した。

どうやら隠密行動が定位置らしい。


セシーリアは夜空を仰ぎ、満月が出ていることを確認する。


「時計とかペンダントとか、何かキラキラしたものは持ってる?思い入れのあるものだとなおいいわ」


アルノルドは自分の身なりを見て、腰にあるものを指さす。


「剣はどうだ?」

「血なまぐさいのは、精霊が嫌うからだめ」


うーんと悩むと、袖からカフスを1つ外す。


「これでもいいか?」


青色の宝石が付いており、高価そうなものだ。

問題ないとセシーリアは頷く。

ユーリーンは、懐中時計らしい。


セシーリアは木の枝を手に持つと、地面に魔法陣を描く。

魔法陣は魔法を補助するもので、アルノルドとユーリーンが魔法を使いやすいようにするためのものだ。


「ここに立って」


アルノルドを魔法陣の側に立たせ、さっきのカフスを魔法陣の中心に置く。


「これは、精霊を呼び出すために目印にするの」


精霊はキラキラしたものを好む傾向にあるのと、自分の持ち物を基点とすることで魔法を使いやすくする。


「魔法陣に魔力を流しながら、「オン・コンメ精霊よ来たれ」と唱えて」


アルノルドは魔法陣に触れると、少し緊張した面差しで呪文を唱える。


オン・コンメ精霊よ来たれ


ふわっと魔法陣が光ると、目の前に赤い髪の少年が現れた。

見た目は10歳くらいの少年だが、背中に羽が生えている。

くりりと丸い瞳も燃えるような炎の色で、じっとアルノルドを見ている。


「僕を呼んだのは、君?」

「はい。アルノルド・エドヴァールと申します」

「ふぅん」


精霊は、周りをキョロキョロと見ている。


「あなたの名前を伺っても?」

「僕は、イオ」

「イオ。私と契約してくれないだろうか」


イオの燃えるような瞳が、アルノルドを見つめる。


「いいよ」

「いいのか?」


あまりにあっさりと承諾され、アルノルドは驚く。


「僕は君の願いを聞いてあげる。力も貸してあげる。君は、僕に何をしてくれる?」

「イオは、何をしてほしい?」


うーんとイオは首を傾げると、「分かんない」ともらした。


「僕、人と喋ったの初めてだし」

「では、まずは友達にならないか?」

「ともだち?」

「一緒に喋ったり、一緒に美味しいものを食べたりするんだ」


イオは、大きな瞳を輝かせる。


「楽しそう!」

「じゃあ、約束だな」

「うん。約束」


そう言ってイオはアルノルドに近付くと、その額にキスをする。

直感的に、契約が成立されたと分かった。

イオはにっこりと笑うと、くるりと身をひるがえして姿を消した。


「契約成立ね」


セシーリアを見ると、微笑んでいる。


「友達になろうと言って契約した人は初めて見たわ」

「そうなのか?」

「精霊と人の契約は対等なものなの。でもそれを忘れて、精霊にただ力を貸せという人もいるから」


アルノルドはそういった人間ではないと分かっていたが、「友達になりたい」という願いには少し驚いた。

イオという精霊は人と話したことがないと言っていたから、若い精霊なのだろう。

精霊に年齢という概念はないが、長く存在している精霊ほど物知りである。



「次はあなたね」


ユーリーンはアルノルドと同じように、魔法陣に手を触れる。


オン・コンメ精霊よ来たれ


呪文を唱えると、魔法陣の周りがピキピキと凍っていく。

一瞬で寒さがあたりを包み、吐く息が白くなった。

魔法陣の上には、雪のように白く長い髪を持った女性の精霊がいた。

薄氷のような瞳が、ユーリーンを見つめる。


「お前は誰?」


上から降る精霊の言葉に、ユーリーンは礼をとる。


「ユーリーン・アシェルと申します」

「私に何を望む」

「契約を」


気位が高そうな精霊に動じず、ユーリーンは冷静に答える。


「まぁいいだろう」


白髪の精霊が少し億劫そうに承諾した時、ユーリーンの後ろを見て驚いたように目を開いた。


「…セシーリアか?」


アルノルドとユーリーンは驚いて、セシーリアに振り返った。

苦笑いを浮かべたセシーリアがそこにいた。


「久しぶりね。イリス」

「100年振りだな。まだこの国にいたのか。いい加減、こんな国など見限ればよいものを」

「悪い人ばかりではないわ」

「まぁ、全ての根源はあの男だろうがな」


イリスと呼ばれた精霊が不機嫌そうに息を吐くと、周囲の木々が凍りつく。


「あなたは、セシーリアと知り合いなのか?」


薄氷のような瞳が、アルノルドに向かう。


「お前は?」

「アルノルド・エドヴァールと申します」

「…エドヴァールだと?」


イリスの白い髪が、怒気に反応するようにふわりと浮く。


「セシーリア。何故あの男の子孫と共にいる。エドヴァールの王族など、殺してやればよかろう」


イリスの言葉に、ユーリーンはアルノルドを背に守る。


「エドヴァールの者が、何をしたのでしょうか」

「セシーリアの力を借りて私を呼び出しておいて、何も知らないというのか?」


イリスの怒りにも屈しないアルノルドを、薄氷の瞳が嘲笑う。


「賢者と呼ばれるお前たちの始祖が、セシーリアから全てを奪ったというのに」


驚いてセシーリアを見ると、青い瞳に昏い影が差していた。


「国を奪い、家族を奪い、居場所を奪い。これ以上何を奪うというのか?」


肺まで凍り付きそうな冷気に、アルノルドはぐっと力を入れる。


「私は、セシーリアが何者か知りません。もしあなたの言う通り賢者がセシーリアから全てを奪ったというのなら、その子孫としてできる限りの償いはします」

「アルノルド、精霊に滅多なことを…」


慌てて止めに入るセシーリアを制し、イリスは面白そうに笑みを浮かべる。


「それがお前の誓いか?」

「アルノルド・エドヴァールの名に誓いましょう」


ふんっと鼻を鳴らしてイリスが離れると、周りの冷気が少し収まる。


「アルノルド・エドヴァール。確かにその誓いを聞き届けた。精霊の誓いに背けば、精霊はそなたに破滅をもたらすだろう」


その言葉を最後に、イリスは姿を消した。



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