第4話 交流
「殿下。どういうおつもりですか」
セシーリアが帰ると、ユーリーンはすぐにアルノルドに詰め寄った。
「偽の婚約者に、あのような素性の分からない者を据えるなど…」
「ユーリ。失われた魔法は、王家の人間でも使えない」
「それはそうですが…」
そこでユーリーンは、アルノルドの考えに気付く。
「セシーリア嬢が何者で、どこで失われた魔法を学んだのかは分からない。だが確実に、俺たちよりは魔法に詳しいだろう」
「あのことについて、何か知っているのではないかと?」
「そこまで高望みはしてないけどな。ただ、俺たちの知らないことを知っているかもしれない」
「ですが…」
アルノルドの考えは理解できても、ユーリーンには拭えない不安がある。
「私は今日、あの魔法から殿下をお守りできませんでした。もしあの娘が殿下のお命を狙う者だとしたら…」
「そうだったら、今日殺してるさ」
「殿下」
「分かってる」
ユーリーンが考えている危険性については、理解している。
「警戒はするさ。それでも、セシーリア嬢の知識には興味がある」
失われた魔法の知識があれば、アルノルドの未来も変わるかもしれない。
その可能性に、賭けてみたかった。
茶会から数日後、セシーリアはアルノルドの婚約者として王城に招かれていた。
門番には顔を見せれば入れるし、衛兵に呼び止められることもない。
周囲からの視線は鬱陶しかったが、今まで婚約者を決めていなかった第二王子が突然婚約者を決めたのだから仕方ないのだろう。
案内されたのは、先日茶会が行われた庭園とは別の庭だった。
「今日は来てくれてありがとう。セシーリア嬢」
「お招きいただきありがとうございます」
アルノルドが人払いすると、広い庭園にはアルノルドと側近、セシーリアだけになる。
庭にある東屋へ入ると、ユーリーンがお茶を淹れる。
飲んでみると、とても美味しかった。
どこかの貴族の子息だろうに、お茶を淹れるのが上手いらしい。
「婚約の話を、ルエルト侯爵が受けてくれてよかったよ」
アルノルドの言葉に、セシーリアは何とも言えない顔をする。
「何か言われたのか?」
「いえ…喜んでいました」
喜んではいたが、悲しんでもいた。
『せっかく私たちの娘になったのに、王子にとられてしまうのか…』と言って涙を流していたので、何だか申し訳ない気持ちになってしまった。
「ルエルト侯爵とは、何か繋がりがあったのか?」
「盗賊に自分の荷物を上げたあげく殺されそうになっていたところを助けただけです」
「…侯爵のお人よしにも困ったものだな」
殺されそうになったという話は初めて聞いた。
助けられて無事だったから良かったものの、危ない話である。
「それで養女に?」
「何か恩返しをと言って譲らないものですから」
冗談で『家に住まわせてくれ』と言ったら、笑顔で承諾された。
そのうえ、知らないうちに養女にされていた。
『娘ができて嬉しい』と夫婦で喜んでいたので、お人よし過ぎて不安になる。
「自分の出生については、何か知っているのか?」
「今日は尋問の日ですか?」
ティーカップを置くと、アルノルドは困ったように微笑む。
「交流と言ってほしいな」
「では、私からも交流を」
セシーリアの青い瞳が、アルノルドを映す。
「失われた魔法を使える私を婚約者にして、何が目的なのですか?」
核心を突かれ、アルノルドは自然と口元が緩む。
「あなたはとても頭の良い女性のようだ」
「答えるつもりがないのなら、答えなくても結構です」
「いや、答えさせてくれ」
晴れた日の青空のように澄んだ瞳が、セシーリアを見つめる。
「私に、失われた魔法を教えてほしい」
「…失われた魔法を?」
アルノルドの頼みに、セシーリアは眉をひそめる。
「初代国王によって禁じられた魔法を学ぶのは、危ういのでは?」
「もちろん、他言はしないという約束で頼む」
「そこまでして、魔法を教えてほしいという理由は?」
「すまないが、それは言えない」
『またか』
結婚しない理由も教えられないと言っていたし、何かしら秘密を抱えているのは事実だろう。
「魔法を教えてくれるのなら、君の頼みも聞こう」
『へぇ』
王族なのだから命じればよいのに、代わりにこちらの頼みも聞いてくれるらしい。
変わった王子である。
「分かりました」
セシーリアが頷くと、アルノルドは嬉しそうに微笑む。
「私の頼みは、王城への立ち入りの許可です」
「王城への?」
それだけでいいのかという顔に、セシーリアは頷く。
「分かった。あなたが自由に入れるように、許可証を作ろう」
これで、自由に王城へ立ち入りができる。
魔法を教えることくらい、セシーリアにとっては簡単なことだ。
「ではさっそく、教授願いたい」
ここですぐに教えろということらしい。
行動的すぎる王子に、セシーリアは呆れてため息をつきそうになった。
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