第3話 婚約
魔物が突如現れた茶会は中止され、第二王子の命で騎士団により王城の警護は強化された。
茶会に出席していた令嬢たちはそれぞれ家に帰ったのに、セシーリアは帰れなかった。
第二王子の執務室で、アルノルドはセシーリアに笑みを向ける。
「あなたは、魔法が使えるのですね」
「何か問題でも?」
「いいえ。魔法を使えること自体に問題はありません」
平民でも貴族でも、魔法を使える者は多い。
アルノルドも魔法を使える。
「ですが、あなたが使った氷の魔法。あれは、初めて見ました」
王城で魔法を学んだアルノルドでも、氷の魔法というものは見たことがなかった。
「あの魔法は、“失われた魔法”ですね」
アルノルドの言葉に、少し驚いたようにセシーリアが反応する。
「第二王子というお立場で、よく知っていますね」
「魔法については興味があって、よく学んでいたので」
“失われた魔法”とは、賢者がエドヴァール王国を建国する以前に使われていた魔法のことである。
人を傷付けるような危険な魔法が多く、そのほとんどが賢者によって禁じられ、それらの魔法は失われていった。
氷の魔法も、その1つである。
アルノルドは王城の書庫にあった古い本を読んで知識としては知っていたが、実際に使ったところを見たのは初めてだ。
「あなたは何故、失われた魔法を使えるのですか?」
「答える必要はありません」
王族の問いを切り捨てるセシーリアに、ユーリーンの額に青筋が走る。
「殿下が聞いておられるのだ。答えよ」
「失われた魔法と言っても、歴史には実在した魔法。扱える者がいてもおかしくはないでしょう」
ユーリーンの真冬のような冷たい視線にも屈さない様子に、アルノルドは少しおかしくて笑ってしまう。
「もう用はないようでしたら、失礼いたします」
椅子から立ち上がってさっさと帰ろうとするセシーリアを、アルノルドは手で制する。
「…まだ何か?」
『早く帰してくれ』と言わんばかりの視線に、アルノルドは微笑む。
「私の婚約者にならないか?」
「……は?」
つい心の声がそのまま出てしまい、セシーリアは口を閉じる。
「殿下、どういうことですか」
しかしどうやら、驚いたのはセシーリアだけではなかったらしい。
「お気持ちが変わられたのですか?」
「いや、残念だが変わっていない」
アルノルドは、セシーリアに向きあう。
「あなたに、婚約者のふりを頼みたい」
「他のご令嬢にお頼みください」
すげなく断るセシーリアに、アルノルドは少し困ったように微笑む。
「私は、結婚するつもりがないんだ」
『結婚するつもりがない…?』
セシーリアがいぶかしむ視線を向けると、アルノルドは椅子に座ってお茶を勧める。
まだ帰れなさそうだと諦めたセシーリアは、もう一度椅子に座った。
「理由は話せないんだが、私は結婚するつもりがない。だが、周りが婚約者を持てとうるさくてね」
「偽りでも婚約者を持てば、結婚を先延ばしにできると?」
「理解がはやくて助かるよ」
「他のご令嬢に頼まないのは…政治的判断ですか」
そこまで理解しているとは思わず、アルノルドは驚く。
「誰か1人でも選べば、偽りの婚約者とはいえ政治に影響が出るでしょう。侯爵家の養女であり、身元の分からない私に頼む方が危険性は少ない」
「その通り」
セシーリアは少し考えを巡らせてから、アルノルドの横に立つ人物に視線を向ける。
「そこまで結婚されたくないのでしたら、女性を愛せないということにされては?」
「それも考えたんだけどね」
『考えたのね』
意外と柔軟な思考を持っている第二王子に、セシーリアは少し驚く。
しかし、それは難しいとアルノルドは首を横に振る。
「今のエドヴァール王国には、王位継承者が少ないということは知っているだろうか」
セシーリアは頷く。
王族の数が少しずつ減り、現在、王位継承者は王子2人しかいない。
「第二王子である私には、王族の血を残すことを求められている。父上と母上には、結婚しないとは言えなくてね」
「それで、偽の婚約者を据えようと?」
「今日の茶会に参加したということは、あなたには婚約者がいないのだろう?」
「そうですが」
「恋人がいるとか?」
「いませんが」
「それなら、私の申し出を受けてはくれないだろうか。期間は1年で構わない。その間、できるだけあなたの要望には応えよう」
『1年…』
第二王子の婚約者ともなれば面倒事は多いだろうが、正面から王城に来る理由ができる。
セシーリアにとって、悪いことではない。
「分かりました。お受けします」
アルノルドは、にこりと微笑む。
「ありがとう。助かるよ」
アルノルドに手を差し出され、セシーリアは何も言わずにその手をとる。
「これからよろしく、セシーリア嬢」
偽りの婚約関係が、ここに始まったのだった。
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