第二章 王子と魔女

第10話 成り立ち


エドヴァール王国は、魔女を倒した賢者が興した国である。

四方を高い山に囲まれ、他国からの侵略に脅かされることなく平和な日々を過ごしている。


王国の第二王子であるアルノルドは長年婚約者を定めていなかったが、つい一月前に婚約者を決めた。

ルエルト侯爵家の養女である、セシーリアである。

第一王子の結婚に続き第二王子の婚約者が決まり、王国は祝福に溢れていた。


その祝福の裏で、じわじわと王国に魔物の影が忍び寄ってきていることには、まだ気付いていない者が多かった。




「…見えた」


王城の庭園の隅の東屋で、アルノルドは喜びの声を上げた。

その様子を見て、セシーリアは微笑む。


「早かったね」


アルノルドはここ最近ずっと、魔素を感知するための訓練を続けていたのだ。

セシーリアがコツを教えたこともあるが、本人のやる気のおかげでかなり早く習得した。


アルノルドは、東屋の周りをぐるっと見渡す。

キラキラと粉雪のように細かいものが、ふわふわと舞っている。


「これが魔素か」

「あまりずっと見てると、気持ち悪くなるよ」


魔素はそこらじゅうに存在しているので、凝視していると酔ってくる。

セシーリアも、普段からずっと見えているわけではない。

その存在を認識すれば、次の段階に進める。


「今さらだが、王城で訓練していて大丈夫か?」

「人が近付いたら気付く魔法をかけてるから」

「そんな魔法もあるのか…」


アルノルドに魔法を教えると決めた以上、セシーリアは自分の力を隠していない。


「魔法はどうやってできたか知ってる?」

「いや、知らないな…」


考えたこともなかったのだろう。

首を傾げている。


「いろんな説があるけど…人の願いに、世界樹が応えたっていう説が有力だった」

「願いに?」


セシーリアは頷く。


「冬の寒さに、暖かい火が欲しい。雨の降らない日々に、水がほしい。空を飛んでみたい。もっと実りのよい土にしたい。そういった人々の願いを叶えるために、世界樹が人に魔力を宿したと言われてる」


真相は誰も知らない。

魔法を研究していた学者たちでも、その真理にはたどり着けなかった。


「だから魔法は、人の願いが元になってる」


人の想いとも言えるし、欲とも言える。


「魔法には、限りがない」


人の願いに限りがないように。


「だから、魔法使いは道を違えやすい」


セシーリアの言葉に、アルノルドは静かに耳を傾ける。


「魔法を学べば学ぶほど、人は自分の願いを叶えようとする」


それは、人として正しい願いばかりではない。


「“魔法使いは、人のためにあれ”。魔法を学ぶ子供は、一番最初にそう教わる」

「人のためにあれ、か」


人としての道を違えないように。

大きな力が、全てを滅ぼさないように。

魔法を使う者は、その言葉を戒めに生きていく。


「分かった。俺もその言葉を忘れない」


セシーリアは空色の瞳を見て、頷く。


「魔素を使って魔法を使うことは、体の中の魔力を使う感覚とそう変わらない。試してみて」


セシーリアは、机の上にティーカップを置く。


「ここに、水を入れてみて」

「分かった」


アルノルドは周囲の魔素を感じながら、それを自分の力として手に流す。


ヴァン水よ


そう唱えると、机がびしゃびしゃになるほどの水が現れた。


「…ティーカップに入れるくらいの水を出したつもりなんだが」


予想外の量に、アルノルドは驚く。


「自分の中の魔力を使うのと違って、魔素は大量にあるから。最初は加減が難しい」

「だから水の魔法だったのか」


これが火の魔法だったら火事になっていただろう。


「その加減ができるようになるまでは、水魔法か土魔法で練習した方がいい」

「分かった」


そうしてもう一度水魔法を試そうとしたアルノルドは、思い出したようにセシーリアを見た。


「そういえば、今度婚約披露パーティーがあるんだ」

「婚約披露パーティー?」

「主だった貴族に向けて婚約者を紹介するパーティーだな」

「それは分かる」


セシーリアが聞きたいのはそういうことではない。


「偽の婚約者なのに、そんなパーティーを開いて大丈夫なの?」

「俺としては開かなくてもいいように進めたかったんだがな…」

「待ちに待った第二王子の婚約ですから、無理でしょう」


アルノルドの側近であるユーリーンが、冷たくバッサリと切る。


「そんなわけで、開かざるを得なくてな。申し訳ないが、出席してほしい」

「分かった。いいよ」

「いいのか?」


あっさり承諾してもらえるとは思っていなかったのか、アルノルドは驚いている。


「婚約者を引き受けた時に、そういうのは覚悟してた。そっちこそ、婚約者を紹介した後に婚約を解消しても大丈夫なの?」

「大丈夫だろ」


王族や貴族というのは面子を気にするものだが、アルノルドは気にしていないようである。


「パーティーって、いつあるの?」

「2週間後だな」

「…もっと早く言って」

「すまん。昨日決まった」


再び、机の上に大量の水が流れた。




― - - - - - - - -


本日からしばらく1日2話投稿します。

もう1話は夜に投稿します。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る