第9話 握手
「助けてくれてありがとう」
開口一番に礼を言われたセシーリアは、何のことかと首を傾げた。
「魔物から助けてくれただろう」
そのことかと、やっと思い当たる。
「…それを言いに来たんですか?」
「ダメか?」
「いえ…」
ダメではないが、わざわざ来るような用でもない気がする。
「婚約を解消しに来たのでは?」
「婚約は解消しない」
はっきりと断言され、セシーリアは驚く。
「私みたいな人間を、側に置くものではないでしょう」
「確かに、セシーリアが持つ力はすさまじい」
だが、とアルノルドは続ける。
「大切なのは、その力をどう使うかということだ」
セシーリアの青い瞳が、少し揺れる。
「セシーリアは、俺とユーリを二度も守ってくれた。俺はそれを信じる」
「王族として、どうかと思いますけど」
王族ならば、危険な可能性は排除すべきだ。
「俺は王族であり、1人の人間だからな。人として、君を信頼する」
『私は、人を信じたいんだ』
そういえば昔、盗賊に襲われていたところを助けた男がそう言っていたことがあった。
どこにでも、お人よしというものは存在するらしい。
「私が国や民を傷付けようとする時、あなたはどうしますか?」
「その時は、君を敵と見なす」
セシーリアは、納得したように笑みをこぼす。
その判断ができない人間であれば、近くにいることはできない。
「分かりました。婚約の話は継続して構いません」
「ありがとう」
アルノルドは微笑むと、少し声を落とす。
「これからも魔法を教えてほしいんだが…」
だめだろうか?と聞かれ、セシーリアは少し呆れる。
王族なのだから、命じればいいのに。
「それも、構いません」
「ありがとう」
人を信じると言って笑う空色の瞳は、とても澄んで見える。
その瞳を持っていて、これだけ魔法のことを知りたい理由も気になる。
結婚しないと断言している理由も気になる。
「改めて、よろしく」
アルノルドに手を差し出され、セシーリアはそれをとる。
「よろしくお願いします。アルノルド殿下」
初めて名前で呼ばれ、アルノルドは嬉しそうに笑う。
「周りに人がいなければ、呼び捨てでもいいぞ」
「いや、さすがにそれは…」
「敬語もなしでいいぞ。無理に喋ってるだろう」
それも見抜かれていたらしい。
貴族らしい振る舞いは一応できるが、慣れていないので疲れるのだ。
「なんなら、アルでもいい」
「アルノルドでいい」
名前の呼び捨てで妥協すると、アルノルドはいたずらが成功したように微笑む。
「…はめた?」
「何のことか分からない」
まぁいいかと諦めた。
呼び捨ての方が、確かに呼びやすい。
「ルエルト侯爵に挨拶をしてくるから、少し待っていてくれ」
「分かった」
アルノルドは部屋の外の使用人に声をかけると、そのまま部屋を出ていった。
「行かなくていいんですか?」
部屋に残ったユーリーンにそう尋ねると、神経質そうな細い眉がゆがむ。
「殿下に敬語を使わないのに、臣下である私に敬語を使わないでください」
『面倒くさい男…』
「行かなくていいの?」
聞き直すと、ユーリーンはため息をつく。
「私は、あなたを信頼したわけではありませんので」
「それが正しいと思うわ」
アルノルドやルエルト侯爵夫妻のように、助けられたからと言って人を信じる人間の方が希少だ。
「少しでもおかしな行動をしたら、排除します」
「それでいい」
軽く了承するセシーリアに、ユーリーンは眉を寄せる。
「私だったら、主の側にこんな人間がいたらあなたと同じ判断をする。王族という身分を考えれば、危険な人間は側に置かない方がいい」
「では、あなたから離れてください」
あまりにはっきり言うユーリーンに、セシーリアは少し笑みをこぼす。
「私にも、目的があるから。あなたたちにも、あるように」
お互い様でしょう?と聞くと、ユーリーンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
素直な男だな、とセシーリアは呆れる。
第二王子の側近ならどこかの貴族の子息だろうに、ここまで感情をあらわにしていて大丈夫なのだろうか。
「あなたの目的とは?」
ユーリーンの冷たい灰色の瞳が、セシーリアの姿を捉える。
セシーリアは、その視線に微笑みを返した。
「嫌いな男を、探すことかな」
セシーリアはその男の姿を思い浮かべて、仄暗い笑みを浮かべた。
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