第15話 兄と弟


「私に考えがあるわ」


セシーリアの静かな声に、アルノルドは息をのむ。


「セシーリア…まさか」

「私が精霊に頼んだという事実を話すわ。エレオノーラ様には、私が見せたことにしましょう。そうすればエレオノーラ様に罪はない」

「それだと、セシーリアが…」

「失われた魔法を使ったのは私だもの。罪に問われるとしたら、私の方。何も関係のないエレオノーラ様を見殺すつもり?」

「そんなことはしない」


そうだろうと思う。

王族として、公爵家の娘と侯爵家の養女。

どちらを優先するかは明白だ。


しかし、アルノルドはセシーリアの思惑とは違うことを口にした。


「2人とも、罪に問われないようにする」

「…どうやって?」


エレオノーラはただ精霊を見ただけだが、セシーリアは精霊に頼んで魔物を倒している。

その事実が知られれば、セシーリアが罪に問われないというのは無理だ。


「俺に考えがある」


アルノルドはそう言って立ち上がる。


「時間がない。一緒に来てくれ」


説明する余裕はないらしく、セシーリアはよく分からないままアルノルドについて行った。

厳重な警備がされている深夜の王城の中を、手燭の明りで進んでいく。


『この先は…』


アルノルドが目指している場所がどこなのか分かり、セシーリアは困惑した。

この先にあるのは、第一王子の執務室である。



思った通り、アルノルドは第一王子の執務室の前で足を止めた。

アルノルドは、部屋の前に立っている衛兵に声をかける。


「兄上に取り次ぎを頼みたい」


衛兵は一度部屋の中に入ると、すぐに出てきた。


「レンナント殿下が、面会を許可するとのことです」


セシーリアは少し緊張しながら、第一王子の執務室に入った。



「何の用だ?」


レンナントは、机に向かって書類を見ている。


「今日の魔物の件でご報告があります」

「聞こう」

「今日の魔物を倒したのは、私の婚約者であるセシーリアです」


書類から顔を上げたレンナントは、セシーリアを見た。


「どういう意味だ?」

「セシーリアは、失われた魔法を使えるのです」

「…失われた魔法だと?」


緑色の瞳が細められ、第一王子の側近が警戒したようにセシーリアを見据える。


「賢者が使うことを禁じた魔法か?」

「そうです」


それならば、あの魔物の倒され方には納得できる。

刃物で倒したにはすっぱりと切れていて、近くにいた衛兵には何も見えていなかった。


「その婚約者が失われた魔法を使えるという証拠は?」

「兄上さえ良ければ、実際に見ていただきます」

「やってみろ」

「レンナント様…」


側近は苦言を呈するが、レンナントは気にしていないようだった。

第一王子の前で失われた魔法を使えば、セシーリアは死刑まっしぐらだ。

どうしようかと思っていると、アルノルドがセシーリアを真っすぐ見る。


「俺を信じてほしい」


澄んだ空色の瞳に、セシーリアは頷いた。


イース氷よ


そう唱えて、手のひらに大きな氷の玉を作る。


ヴィン風よ


そして、風の魔法でそれを真っ二つに切り裂いた。

切り裂かれた氷が床に落ちる前に「ブラン火よ」と唱えると、火に包まれて氷は跡形もなく消える。


一連の魔法を終えると、第一王子の側近がセシーリアに剣を向けていた。


「確かに、失われた魔法を使えるようだな」


氷を生み出す魔法は初めて見たし、その氷を切り裂く風の魔法も初めて見た。

レンナントが知っている火の魔法では、氷をあんなに早く溶かすことはできない。


「しかし、お前の婚約者はあの時ホールにいたはずだが?」

「魔物を倒したのは、セシーリアに指示された精霊です」

「精霊…伝説の存在だな。精霊を使役する魔法というのも、失われた魔法か」


アルノルドは頷く。

レンナントは、書類を机の上に置いた。


「それで、お前は何故私にこの話を聞かせにきた?」

「失われた魔法を使える者は、賢者が決めた法により死刑と決まっています」


それだけで、レンナントは分かったようだった。


「その娘を助けたいと?」


アルノルドは頷く。


「失われた魔法を使えるというだけで罪に問うというのは間違っていると思います」

「賢者が間違っていると?」

「はい」

「アルノルド…!」


セシーリアは思わず、小声でアルノルドの名前を呼ぶ。


この国において賢者は建国の勇者であり、初代国王である。

王族であるアルノルドがその賢者を否定するのは、国を否定することと同じだった。



レンナントはゆっくりと指を組むと、冷たい視線を自分の弟に向ける。


「婚約者を助けるために、この国の祖を否定するのか?」

「大きな力を持つというだけで罪に問うという判断は間違っています。魔法という力に善も悪もありません。その魔法を使う人間が、どう使うかです」

「その娘が失われた魔法を私たちに向けないという保証はどこにある?」

「婚約者選びの茶会で魔物を追い払ったのは、セシーリアです。先日森で猿の魔物を倒したのも、セシーリアです。今日、多くの貴族を守ったのもセシーリアです。全て、魔法で守ってくれました」

「それだけで信用しろと?」

「私は、セシーリアという人間を信じています」


アルノルドの澄んだ空色の瞳は、ただ真っすぐとレンナントを見つめた。



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