第28話 隠し子、王太子暗殺の犯人を知る
俺とアルスティン公国シルスーン公女の婚約が決まった日から一週間が過ぎようとしている。
相変わらずシルスーンは毎晩の監視に慣れないのか、顔を真っ赤にしながら俺の寝室にやってくる。
公国留学時代はいつも一緒にいたとしても、公女らしく振る舞っていた姿しか見ていなかったから、かなり新鮮で魅力的だ。
その一方で式典まであと一週間しかないというのに、その式典の準備さえ後回しにしてルークセイン王国ハルクルイード陛下とアルスティン公国ドードリアン公王との会談が続けられている。
しかし、その内容は一向に伝わってこない。
完全に緘口令が敷かれているようだし、王宮内の警備体制が数段階上昇している。
そして、何らかの情報を察知したのか、帝国との国境地帯で帝国軍の動きが活発化してきた。
帝国軍の動員兵力は今のところ少数にとどまっているが、今後一週間でどれほどの動員を掛けてくるのかは予断を許さない。
かといってだ、ここでルークセイン王国とアルスティン公国が帝国国境地帯に軍を派遣するわけにはいかない。
帝国としてはただの嫌がらせかもしれないが、こちらが過剰に反応しては大戦に繋がりかねない。
だから、こちらも少数の増援で警戒態勢を強化するに留めている。
そして会談が始まってから8日目の夜、俺はアルスティン公国ドードリアン公王が宿泊している迎賓館に呼ばれた。
「公王陛下、エルフリーデン・ルーシャン殿が参られました」
「うむ、御通しせよ」
公王の部屋まで案内してきた護衛が扉の前をあけ、入室を促す。
入室した俺は、後ろで扉が閉められると同時に挨拶をする。
「ドードリアン公王、本日はお招きいただき……」
「ああ硬い挨拶は抜きじゃて、婿殿」
挨拶をし終わる前にドードリアン公王に遮られた。
「こちらに座ってワインでも飲みながら話そうではないか」
「はあ……」
ドードリア公王の思惑が読めないため、曖昧な返事しか返せなかった。
ドードリア公王がグラスに注いできたワインは、滅多に飲むことができない貴重な貴腐ワインだった。
確かアルスティン公国の貴腐ワインは最高級に分類されているはず。
芳醇なブドウの香りが部屋に漂い、甘くそれでいてしつこくない香りが鼻腔をくすぐる。
こんな香りのするワインは……、まさか!?
「公王、これは、かなり貴重なものでは?」
「おお、わかるかね。
毎年、最上級のブドウから作られた貴腐ワインの中からさらに選別され、王宮に献上されたものでの。
最高においしくなるように丹精込めて寝かされた12年モノよ。
王族でも特別な時にしか飲めん代物だ」
ドードリア公王の説明を聞くと、余計に貴重なものであることを再認識させられてしまう。
「公王様、何故このような貴重なワインを私に?」
「それは貴殿がわしの義理の息子になったからじゃよ。
婿殿とこうやって最高のワインを酌み交わしたかったのよ。
さ、さ、遠慮することはないぞ、ぐっといってくれ」
ここまで言われてしまえば断る方が失礼になる。
最高級の貴腐ワインが注がれたワイングラスを手に取り、ドードリア公王と杯を交わす。
そしてしばらくは、ざっばらんに会話を楽しむ。
とはいっても、ドードリア公王の娘自慢や失敗談など、俺が聞いていいのかと思われるようなプライベートなことまで話すのだから、返事に困る。
そして会話が途切れ静寂が訪れると、ドードリア公王は表情を父親の顔から一国の王としての顔に切り替え、こう話しだした。
「エルフリーデン殿、貴殿の兄、アルフリード殿を殺せと命じたのは儂じゃ」
俺は最初、何を言われたのか理解できなかった。
アルフリードを殺せと命じた?
頭の中で、ドードリア公王が俺に告げた言葉がグルグルと廻る。
そして徐々にその意味が解ると同時に俺の中から獰猛な怒りと殺気が溢れ出す。
ドードリア公王が俺の殺気を受けて、多少たじろぐ様子を見せるがすぐに何でもないかのように取り繕った。
それと共に俺の後ろから殺気を浴びせてきた奴がいる。
動くな、動けば殺すとばかりに俺に殺気を向けてくるが、それがどうした。
「命じたとおっしゃいましたね。 では実行したのはこの後ろにいる者に
ですか? それとも貴方の後ろにいる者にですか? それとも他の者にですか?」
俺がそう言うと、ドードリア公王とその後ろに控えていた者が目を見開き驚いていた。
後ろから俺に殺気を浴びせていた者も驚いたのか殺気が一瞬揺らぐ。
どんなに気配を消していようとも、自ら仕える主君に殺気をぶつけられて何も感じないということはない。
今ので、この部屋にはドードリア公王の他には、護衛が二人だとわかった。
「ドードリア公王、答えられよ」
俺はさらに殺気を強めてドードリア公王を見る。
部屋中が殺気に満ちてゆき、重苦しくなっていく。
「わ、私が命令を承りました」
ドードリア公王の後ろにいたものが答えた。
だがそれは、俺の怒りに油を注いだだけだった。
「黙れ! 私はドードリア公王に聞いている! 次に無用な戯言を吐けばただでは済まさぬ」
ドードリア公王に視線を固定したまま、ドードリア公王の後ろに立つ者を叱責する。
「公王陛下は臣下に敬愛されているようですが、公王陛下に質問しているのにも拘らず、臣下が勝手に口を挟むとは公王陛下は随分と舐められているようだ。 シルスーン達を連れ早々に帰国されるがよかろう。 次はあなた方が私の敵ということだ」
席を立ち、部屋から出て行こうとすると、今度は俺の後ろから殺気を飛ばしていた者が俺の首に短剣を突きつけて止めようとする。
「や、やめよ!」
ドードリア公王が慌てて止めるが、もう遅い。
短剣を握る右手を時計回りに回した右手の甲で弾き、そのまま右手で掴み引く。
左手は右側に流れる相手の後頭部を掴み引きずり倒しながら顔面を床に叩きつけ、相手の右肩甲骨、右肩付け根付近に左ひざで押さえ付け、右腕と左膝に力を込めて右肩を外しながら捩じる。
「あああ!」
ボキッ、ブチっと相手の右肩から音がする。
声からすると女か?
でも、そんなことは大したことじゃない。
殺気を向け、短剣をこちらの首に付きつけようとしたのだから、殺されても文句はあるまい。
相手の力の抜けた右手から短剣を奪い取り、左手に順手で短剣を持ち短剣の刃を相手の首に押し当て引こうとする。
「そ、そこまでじゃ! 臣下の無礼は儂が謝罪するゆえ、ここは収めてくれぬか?」
ドードリア公王が俺を見ながら、そう懇願していた。
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