第41話 隠し子の狂気②

 山賊討伐に出発して、ただ一人戻ってきたエルフリーデン様は、公務の合間を縫ってふらりとルーシャン邸からいなくなるようになった。

 短いときは数日、長くなると数週間にも及んだ。

 「あの、エルフリーデン様を見かけませんでしたか?」

 「いや、今日は見かけていない。 もしかして、またかい?」

 私は門衛に駆け寄り訊ねると、門衛は心配げに答えてくれた。

 エルフリーデン様は、最近門から外出されない。

 出ようとすると門衛たちに止められるからだ。

 それでも人知れず外出される。

 一体どこから?

 「シルフィス、駄目だよ。 邸宅のどこにもいないよ」

 一緒にエルフリーデン様を探してくれていた侍女仲間のメルが合流して報告してくれた。

 「それから、これ! 気になったから勝手に持ってきちゃったけど……」

 その侍女がエルフリーデン様の部屋の机の上にあったという紙束を見せてきた。

 「これは!?」

 それは、半年前、エルフリーデン様他四十九名が山賊討伐に出られた時の詳しい日程表と移動した経路とその経路上に存在している村や町、襲撃された地点への移動距離と速度など、山賊側から考察されたものとエルフリーデン様達側から考察されたものだった。

 しかも近隣の領地も含めた考察まであるのだから、エルフリーデンが近隣領地にまで探索の範囲を広げていることを表している。

 その中には、『二百人近い山賊は何処から来た?」「領兵の中に裏切り者がいる?」「領域の内と外のどちらかに、それとも両方に隠れ処がある? 二百名となると村か? 家族を妻と子供一人と仮定すると六百人前後の集落又は町?」「それとも複数の村が共同で山賊行為をしている?」「過去に襲われた商隊で攫われた女性の数は? 特に妊娠適齢期の女性は?」など自分たちが襲われた際に、さらにはその後に疑問に感じたことが書き連ねてあった。

 所々には、強く羽ペンを押し付けてしまい付いてしまったインク染みが出来ていたのがエルフリーデンの心のうちを表しているようでもあった。

 ただ、シルフィスが気になったのは、地図に記された8か所の丸印と「見つけた」の文字だった。

 ルーシャン領と他領地が二つ交わるそれぞれの交易都市の宿屋の三か所に丸印が、

 山賊達の隠れ処があるとされる場所五か所に丸印が付いていた。

 山賊達の隠れ処と思しき場所に村があるという記述をシルフィスは正式な地図では見たことがない。

 「ルーシャン様に急いでお知らせしないと!」

 「だ、駄目だよ、シルフィス。 二日前からルーシャン様は奥様と領地視察に出向かれていて不在なんだよ。 騎士団もルーシャン様の護衛で出払ってるし、良いところ家宰のヘルメス様にお知らせするぐらいしかできないよ」

 「取り敢えず、ヘルメス様にお伝えしてくる。 メル、忙しいところありがとね」

 「ううん、気にしないで」

 メルにお礼を言って、笑顔で別れる。

 急いで家宰のヘルメス様のところへ向かわないと……。

 シルフィスは、ルーシャン伯爵邸の中を小走りで、家宰ヘルメスが居るであろう執務室に向かうのであった。

 シルフィスからみて家宰であるヘルメスは、ルーシャン伯爵家にとってなくてはならない人物だ。

 ルーシャン伯爵家の差配から財産の管理、領地の管理から開発、治安などありとあらゆる面でこの人が居ないとやっていけないとまで言われている裏方の最重要人物だ。

 ただ、シルフィスは少々、この家宰ヘルメスを苦手としていた。

 何故なら、ヘルメスはシルフィスの事をあくまでオブライエン王国の姫君として扱おうとするからだ。

 既に滅んでしまった王家であり王国である。

 その国の最後の王族などはっきり言ってしまえば価値など無いに等しい。

 その上、エルフリーデンのことも他人が居なければ、王族として扱おうとするのだ。

 二人にしてみれば、堪ったものではない。

 しかも、しきりとシルフィスとエルフリーデンをくっ付け様と画策してくるものだから始末が悪い。

 シルフィスとしてもエルフリーデンとしてもそんなつもりは一切ないのだが、ヘルメスのせいで変にお互いに意識しだしてしまっているのだから、流石としか言いようがない。

 執務室に着いたシルフィスは、心を落ち着かせて扉をノックすると中から入室を促すヘルメスの声が聞こえた。

 「失礼いたします」

 「これはシルフィス様、いかがされましたか?」

 ヘルメスは、シルフィスを見ると素早く執務机から立ち上がり、頭を90度近くさげる。

 それはより身分の高い人物に対する礼であり、一侍女に対してする礼ではない。

 「止めてください、ヘルメス様。 今はエルフリーデン様付きのただのメイドです」

 「そうは言いますが、本来ならば敬意を表さなければならないのは此方の方でございますれば。 ところでどのようなご用件でしょうか?」

 一侍女にすぎないと言っても、態度も言葉使いも直してもらえない。

 シルフィスは内心溜息をつきつつ、ヘルメスに話し掛けるしかなかった。

 「実は……」

 シルフィスは、手に持っていたエルフリーデンの部屋にあったとされる書類と地図をヘルメスに見せながら、説明をしていく。

 「ふむ、エルフリーデン様にも困ったものです。 あまりお気になさらないようにとお伝えしたばかりだというのに……」

 そういいながら、ヘルメスはエルフリーデンが残したとされる資料を読みこんでいく。

 そして暫らく黙考していると顔を上げ、シルフィスに自分の考えを述べ始める。

 「資料や地図を見る限りにおいてはシルフィス様の予測は正しいかと思われますが、この地図、実際の地図と比べるとかなり粗いものです。 正確な位置を知っているのはエルフリーデン様だけでしょう。 シルフィス様がエルフリーデン様を探しに行くとなるとかなり難しいかと……。 多分ですが、自分を追わせない様にするためにこの地図を目の付くところに置いていたと考えられます。 それでもシルフィス様自らがエルフリーデン様を探しに行かれるのであるならば、ゴルディー殿を始めとしたオブライエン王国から付き従ってきた騎士の方々と一緒に行かれた方が良いと思われます」

 「ゴルディー達とですか?」

 「はい、彼らは、ルーシャン伯爵領の領兵や騎士達よりも強いですから。 ですが、今からしっかりと準備しても……、出発は一週間後の昼になるのは了承してください。 準備はしっかりと致しませんと大変なことになりかねません。 それにエルフリーデン様にとって、貴方様は大切な人なのですから」

 「そ、そんなことは」

 シルフィスは自分の顔がほんのり赤くなったのを感じる。

 本当にこの家宰はこういったところで抜け目なく囁いてくるのだから始末が悪い。

 今はあまり何とも思っていないエルフリーデンの事を本当に好きになってしまいそうで怖い。

 「いいえ、全てを諦めて生きてきたエルフリーデン様が、貴方様と出会ってから変わられたのを私達は知っております。 人に執着するようになったのです。 それが良いことなのかどうなのかは、今は判断できません。 しかし、貴方様に何かがあった場合、エルフリーデン様がどうなるか……。 どうかシルフィス様、エルフリーデン様のこと宜しくお願いいたします」

 ヘルメスはシルフィスに頭を下げると、すぐに人を呼びエルフリーデンを捜索するための旅支度の準備とシルフィスがこの国に来る際に護衛として付いてきたゴルディー達を呼ぶように指示をだした。


 その頃、エルフリーデンは領境の宿場町に来ていた。

 「そろそろシルフィス当りが、机の上にある資料を見つけるころかな……」

 家宰ヘルメスが予測した通り、あの資料は自分を追わせないようにするために作成した資料だ。

 あの資料に記された山賊達の隠れ処を実際に探すとなると、膨大な時間が掛かるようにしてある。

 それほど大雑把なものだ。

 だから、それをこちらが気にするようなものではない。

 ただ、シルフィスと共にオブライエン王国から来た騎士達とルーシャン伯爵家家宰であるヘルメスは違う。

 特にシルフィス姫の筆頭護衛騎士であったゴルディーは、あの程度の欺瞞など無きに等しい……。

 何といっても、この二人は俺の教育係であり、剣術から格闘術、戦術理論から戦略論、帝王術まで叩き込まれた。

 いや、叩きこまれている最中なのだ。

 しかもこの二人、俺とシルフィスを結婚させようと画策してやがるし、シルフィスがどうせ滅んだ国の姫なんて何の価値もないと俺の侍女になるといったとき、率先して賛成したのがゴルディーだった。

 義父のルーシャン伯爵が俺の出自をゴルディー達に明かした時に俺とシルフィスを結婚させればオルブライエン王国をルークセイン王国の中で復活させられると思ったらしい。

 小よく大を飲み込むとかいってたな……。

 乗っ取る気満々じゃねぇか!

 それに、訓練の最中に「シルフィス様って胸は大きいし、スタイルも良くってそそられるだろう。 それでいて初心だからな、手籠めにするなら早いほうがいいぞ」とか唆してくる。

 「アンタ自分の仕える姫様だろうが! 何考えてるんだ!」と怒鳴りつければ,シレっとした顔で『姫様の幸せだ』と宣いやがった……。

 はぁ~、思い出しただけで頭が痛くなってきた。

 そろそろお仕事に掛からないとな。

 待ってろよ、山賊ども。

 一人残らず殺してやるからな。

 これをやり遂げた時、俺は何を手に入れられるんだろうなぁ。

 ゴルディーもヘルメスも、城のみんなも、義理の両親も本当の俺を知らない。

 本当に欲しいものがあれば、どんなことをしてでも奪うだけだ。

 そう思う自分が居るのを俺は知っている。

 ランカスター公爵家令嬢アリスティア・ランカスター。

 本当に好きで好きで堪らなかった。

 出来うるならばアルフリード第一王子から奪い取りたかった。

 でも、自分には権力も力も何も無かった。

 だから諦めた。

 悔しかった。

 そして、同時にその強すぎる執着が自分の弱点になり得ることに気が付いた。

 それからは、他人へ関心を向けることをしなくなった。

 でも、シルフィスと出会って、オルブライエン王国がどうやって滅んだのか知ったとき、自分の中にまだ強い執着があることに気が付いた。

 ああ、俺はこのルーシャン伯爵領が、周りに居る気の良い人達が好きなんだと。

 だから失いたくないと本気で思ったんだ。

 だから、山賊討伐で一緒だった領兵を失ったことが悔しかった。

 だから、奴らには教えなければならない。

 俺から大切なものを奪ったのならどうなるかを。

 ゴルディー、ヘルメス、お前たち二人が教えてくれたんだ。

 ゴルディーからは『上に立つなら、優しいだけじゃ駄目だ。 優しいだけじゃあ舐められて、自分の命も大切なものも守れやしない。 味方には優しさと恐ろしさを、そして敵に無慈悲なまでの残虐さと恐ろしさを そして狂気を見せつけてやれ。 そうすればよほどの馬鹿でない限り、手を出そうなんて思いやしねぇよ』と。

 そしてヘルメスからは『エルフリーデン様、民に慕われ恐れられる主におなりなさい。 そして歯向かう者には残虐になりなさい。 ただし残虐は繰り返してはいけません。 ただ一度の残虐で全ての敵を合理的に葬りなさい。 そして恐怖を植え付けるのです。 自分に敵対すれば許されることなく、死しか無い事を相手の心に刻みつけるのです』と。

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