第42話 隠し子の狂気③
残虐? 恐ろしさ? 狂気?
ゴルディー師匠、ヘルメス師匠、相手にどうやったらそう思わせることが出来るんだ?
俺には全くわからない。
「よっと」呟いて、振り下ろされた剣を避けて突きを放つ。
剣先がそのまま相手の喉に突き刺さる。
そのまま剣を薙ぐと傷口から血が噴き出して、俺の服を赤く染める。
これで二十三人目だ。
山賊の棲み処を見つけては襲っているのだが、予想していたよりも人数が少ない。
それぞれ一か所に付き五~七人程度の山賊しかいない。
そんな状況なのにもかかわらず、棲み処には行商人たちから奪ったと思われる金銀銅の貨幣や食料、薪にランプ用の油などが大量に残されている。
他の連中が棲み処に帰ってくることは、間違いないだろうが、金銀銅の貨幣や奪った荷物の量が少なすぎる感じがする。
ルーシャン伯爵領内における山賊被害は、半年前のあの一件からほぼなくなっていると言ってよかったのだが、他の二つの領地、ガラシャス子爵領とシードラン男爵領では被害が逆に増えているのだ。
だから、俺はルーシャン伯爵領内にある山賊達の棲み処ではなく、ガラシャス子爵領とシードラン男爵領の山賊達の棲み処を襲っている。
なら、何故いない?
考えられるのは、荷物を換金するために移動したのか、大きい襲撃計画があって主力はそっちに行っているのか、はたまたほかの理由か。
それに気になる噂もあった。
ルーシャン伯爵が山賊と組んで、商人達を襲っているというのだ。
確かに半年前からルーシャン伯爵領では山賊被害がほぼ無くなっている。
一方で、他二領では逆に山賊被害が増えている。
ルーシャン伯爵が、ガラシャス子爵とシードラン男爵に嫌がらせをしていると商人達がみているという方が自然だ。
ただ、このガラシャス子爵家とシードラン男爵家の両家はどちらかというと、ルーシャン伯爵を敵視していて嫌がらせを仕掛けてくるのは何時もこのガラシャス子爵家とシードラン男爵家達からだ。
まあ、敵意を持たれても仕方ないとは思う。
この二つの領地のそれぞれの領主はハルクルイード陛下からは心底嫌われている。
何故なら、この二つの領主は王国内の親帝国派といわれているからだ。
国内で不穏な動きがあるときは、必ずこの二人の領主に行き当たるのだが、尻尾を掴ませない。
だから、ハルクルイード陛下は一つの手を打った。
二つの領地の三分の一ずつを取り上げ、隣接するルーシャン伯爵の領地としたのである。
わざと反乱を起こさせようとするハルクルイード陛下のあからさまな嫌がらせだ。
経済的にかなり追い詰められているはずなのだが、一向に反乱を起こさないのでハルクルイード陛下の当てが外れたとはいえ、代わりにルーシャン伯爵領地に嫌がらせをしてくるので始末が悪い。
ハルクルイード陛下も流石に悪いと思ったのだろう、ルーシャン伯爵には多少の国費が下賜されている。
それがまた、二つの領地の領主の怒りに油を注いている。
この一件、早く手を打たないと大変なことになる。
暴発させようとした二人の領主が生き延びて、ルーシャン伯爵家お取り潰しなんて目も当てられない。
先ずは、生き残った山賊に話を聞こうか。
俺はまだ息のある山賊達に目を向けた。
山賊達の顔に脅えが浮ぶ。
俺にとってはどうでもいいことだ。
さあ、素直に吐いてもらおうか。
そして多少時間は掛かったが、山賊達が白状したのは驚くべきことだった。
俺ことエルフリーデンの殺害とシルフィスの誘拐。
奴らがいうには、ルーシャン伯爵領の腰抜け跡取りにとびっきりな美貌をもつ専属の侍女が付いたという噂があるらしい。
貴族ってだけで美人を侍らせることが出来ると酒場で愚痴っていると、フードを被った男達六人のうちの一人から、「腰抜け跡取りの殺害とびっきりな美貌をもつその専属の侍女を誘拐してほしい」と依頼があったそうだ。
報酬は金貨にして二千枚、前金で金貨四百枚、成功報酬で千六百枚、二百人で割っても金貨十枚、破格の報酬と言ってよかった。
二人の誘き出しの段取りと情報の提供はその男達が手配してくれ、自分たちは襲うだけという作戦だったので、その誘いに乗ったらしかった。
俺の暗殺には失敗し、四十人近くが死んだそうだが、それ以後俺が邸宅を頻繁に抜け出すようになったので無理に暗殺する必要がなくなったらしい。
ただ、機会があれば殺すということには変わりはないらしいが……。
自分が実際に殺される対象になっていると聞くときついものがある
問題はシルフィスだ。
数日前に依頼人からシルフィスが複数の護衛と共に邸宅から居なくなったエルフリーデンを探しに領境の宿場町までやってくるという情報が齎された。
エルフリーデン殺害には失敗したが、領兵四十九人を殺害した時、その装備品を入手している。
それで偽装すれば、護衛も騙されて誘拐がしやすくなる。
また、大人数で力押しすれば負けることもない。
そういった判断から、山賊達の隠れ処から留守番を残してルーシャン伯爵領に向かったとのことだ。
フードを被った男達六人の素性はわからない。
ただ、そいつらが貴族らしいということだけは感じ取れたらしい。
話からすると、シルフィスの素性は判明していないようにも受け取れる。
今から山賊達の後を追えば、シルフィス達が襲われる前に始末することも可能だろう。
やっと戦争の惨禍から逃れてきて、落ち着いた生活ができると笑っていたシルフィスを守ってやらなきゃな。
俺と同じように全てを諦めた笑顔にさせないためにも、それにあの時一緒に脱出できなかった領兵四十九人のためにもな。
一人対約百六十人か……。
普通なら援軍を頼むところだが、そんな暇はない。
生き残っていた山賊達を皆殺しにすると、俺は急いでルーシャン伯爵領の街道へと向かう山賊を追い駆け始めた。
ルーシャン伯爵邸から領境の宿場町まで約1週間の道のりだ。
自室に用意してある資料を読めば、内通者の存在が解るようにしてある。
だから、家宰でぁるヘルメスは安全策を取って準備に時間を掛けるはず。
山賊達が集結する地点は、ルーシャン伯爵領の宿場町へと続く街道付近と言っていた。
となると、確認できた山賊達の隠れ処は残り全部で6か所。
あんまり大所帯になると人目に付きやすくなるから、少人数での移動になる。
大体、一つ当り二十六人前後……。
それを虱潰しに叩けば何とかなる。
自分自身がどうなろうと、シルフィスの未来だけは……。
「ふっ」
ふと笑みが零れた。
決して恋をしているわけではなく、好意を寄せているわけでもない。
にも拘らず、何故こんなに必死になるのだろうなと考える。
本来ならば、仕えるべき存在であるシルフィス・フォン・オブライエン。
オブライエン王国の第一王女、オブライエン王国王族の最後の一人、彼女を娶ることはオブライエン王国の後継者になることと同義。
でも、そんなことは関係ない。
俺は彼女の中にある何かに惹かれている。
それが何なのか、言葉にできないのがもどかしい。
だが、その言葉にできないもののために命を失うとしても構わないと思う自分が居る。
暗殺に脅えていた自分が?
シルフィスを守るためならば、死んでも構わない?
矛盾している。
狂ったか?
ああ、狂ったのかもしれない。
彼女と出会った瞬間からきっと狂ってしまったのだ。
でも、その先にあるものを手に入れてみたいと見てみたいと思ってしまったのだから。
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