第43話 隠し子の狂気④

 山賊の一人が袈裟懸けに斬られ崩れ落ちた。

 地面に倒れた山賊の身体から大量の血が地面に流れ出てくる。

 その様子を一瞥すると、何事もなかったように振り返り、次の山賊に目を向ける。

 目を向けるたびに、目を向けられた山賊は怯えた表情を見せる。

 あれから山賊達に追いつくと問答無用で襲い掛かった。

 そして、今戦っている山賊の集団が六つ目。

 最後の集団だ。

 だが、如何せん無理の連続だった。

 息は上がり、身体は疲労で重く、身体の彼方此方には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。

 それでも俺は止まらない。

 たった一人の俺に二十数名の山賊が押されている。

 それが楽しくて仕方がない。

 自然と笑みが浮かぶ。

 笑みと言うには邪悪すぎるのだろう。

 山賊達を一人、また一人と斬り殺していくうちに自分を縛り付けていたモノが外れていくような感じがした。

 山賊達が後ずさり、逃げ出そうとする。

 この集団には山賊の頭目が居る。

 依頼を持ってきた貴族風の男達の情報も欲しい。

 だから、まず逃げられないようにしよう。

 足を斬り、次に腕を斬り、戦闘能力を削ぎ落す。

 それからじっくりとゆっくりと尋問することにしよう。

 情報を得たら、山賊達は皆殺しだ。

 そして、山賊達に依頼した貴族風の六人の男達と更にその後ろにいるであろう首謀者に、二度と悪巧みができないように、悪巧みをしたらこうなるんだぞと山賊達の遺体を使って思い知らせてやる。

 それでも悪巧みをしようものなら直接殺してやることにしよう。

 悪巧みをしたことを後悔するように。

 それから半刻もしないうちに立っているのが俺一人になっていた。

 周りには、足や腕から血を流し俯けで倒れている山賊達。

 もちろん頭目も含まれている。

 剣を手の届かないところに蹴り、他に武器を持っていないことを確認して、足で仰向けにする。

 すると山賊の頭目が俺を見上げながら吠えた。

 「俺らに手を出してタダで済むと思ってるのか! すぐに仲間たちがやってきて、てめぇなんかぶっ殺してやるからな」

 「お仲間は来ないよ。 もう獣の餌になってるころかな」

 「嘘いうんじゃねぇ!」

 「本当だよ。 それよりルーシャン伯爵家の跡継ぎエルフリーデンの暗殺とその侍女の誘拐、誰に頼まれたのかな? それからルーシャン伯爵家に潜り込ませた人間の名前は?」

 「な、なんのことだ? し、しらねぇな」

 「惚けなくってもいいよ。 どうせ、君達山賊団は依頼を失敗したんだ。 情報が漏れるのを恐れた依頼人が君達を殺しに来るからね。 このまま待っていれば向こうから来てくれるかもしれない。 どうする?」

 「な、なにがだ」

 「察しが悪いなぁ。 素直に吐いて助かるか、黙ったまま殺されるかさ。 もちろん殺すのは俺じゃあない。 依頼人だ」

 山賊の頭目と話していると、首の後ろをチリチリと焼くような殺気を感じる。

 数は六つ。

 まだ、間合いには入っていない。

 時間はある。

 尋問しているうちに、目的の一つである貴族風の男達が到着したらしい。

 「もう、依頼人が到着したようだね。 殺気まで飛ばして。 早く答えないと殺されちゃうよ?」

 「わ、わかった。 いう。 いうよ。 ルーシャン伯爵家の跡継ぎエルフリーデンの暗殺とその侍女の誘拐を依頼してきたのは、ガラシャス子爵家とシードラン男爵家だ! 後を付けたんだから間違いねぇ。 言ったんだから助けてくれ」

 「まだ、ルーシャン伯爵家に潜り込ませた人間の名前を聞いてないな」

 「メ、メルって女だ。 ルーシャン伯爵領の宿場町の宿屋に勤めてた娘だ」

 「どうやって連絡を取り合っている?」

 「が、女が外出したときに俺達の連絡係が居る家に直接だ。 も、もういいだろう。 助けてくれ」

 「ああ、少し待ってろ。 来客だ」

 「えっ?」

 山賊の頭目にそう言うと背後を見る。

 すると確かに身なりの良い貴族風な男達が六人、笑顔を顔に張り付かせて此方に歩いてきた。

 「そこで止まれ」と、歩いてきた六人に声を掛けた。

 すると、立ち止まりはするが此方の事を無視するように俺の後ろにいる山賊の頭目に話し掛けた。

 「よう、ゴンザレス、随分ひどい怪我じゃないか。 今助けてやるからそこで待ってろよ」

 「へ、へい」

 「おい、そこの兄ちゃん、俺らの友人にずいぶんと酷い事してくれたじゃねぇか」

 「どう償ってくれるんだ、 おい」

 「ふん、ガラシャス子爵家とシードラン男爵家の跡取り息子二人とその護衛共か……。」

 頭目のゴンザレスが言ったことは本当だったようだ。

 「貴様! 無礼だぞ! たかだか小汚い傭兵風情のくせに」

 護衛四人が、剣を抜いて近づいてくる。

 ガラシャス子爵家とシードラン男爵家の跡取り息子二人はその後ろでニヤニヤして笑っている。

 小汚い傭兵風情か。

 知らないというのは哀れだな。

 それに、此方を侮り過ぎだ。

 剣を構えもせず不用意に間合いに踏み込めば!

 「ぎゃぁああああああ」

 ほらみろ、簡単に斬り殺せるんだよ。

 まさか、攻撃されるとは思ってもみなかったのか、残りの三人が慌てて剣を構えようとするが遅すぎる。

 あっという間に残り三人を斬り伏せると、ガラシャス子爵家とシードラン男爵家の跡取り息子二人は慌てて剣を抜く。

 だが、二人が剣を抜くのに手間取っている間に此方は既に間合いに踏み込んでいる。

 ならず者に殺されたように偽装しようと、剣を持つ手に力を込める。

 斬るというより殴り殺すように。

 こうすると、切り口の肉がつぶれ大量出血して死に至る。

 骨を断つというよりも、砕くような状態になるのである程度誤魔化せる。

 そうしてガラシャス子爵家とシードラン男爵家の跡取り息子二人と護衛の四人を始末すると、再び山賊の頭目に尋問を再開する。

 山賊達はペラぺラと最後まで自分たちが助かるものだと信じてしゃべり続けた。

 全てを聞き終えた俺は、山賊達を一人一人仲間の眼の前でいたぶるように剣を動かし命を絶っていく。

 最後になった頭目は、死の恐怖によるものなのか、最後には気が狂ったのか泣き笑いしながら死んでいった。

 さて、後始末をしないとなあ。

 先ずは、ガラシャス子爵家とシードラン男爵家の跡取りと護衛の遺体と山賊二十人程の遺体をガラシャス子爵領の街道に捨てるとして、あとは山賊達が白状した各領地の宿場町にある山賊達の溜まり場、三件の宿屋への襲撃とそこで捕らわれている女性たちの救出、ルーシャン伯爵領にある連絡員の家への襲撃と……、意外に多いな。

 ここはいったん宿場町に戻ってシルフィス達と合流した方がいいか?

 少し悩みどころだな。

 時間的に考えれば早い方が良い。

 でも三十人近くの遺体を運ぶとなると馬車が必要だ。

 それに宿場町での襲撃となると人数もいるし……。

 どうしようかと街道脇で悩んでいると、複数人の騎士に護衛された馬車が近づいてくるのが見えた。

 ふむ、このまま見つかったら面倒なことになりそうだと思い、立ち去ろうとすると、馬車から声が聞こえてきた。

 「エルフリーデン様!」

 よく見ると、シルフィスが馬車から身を乗り出して俺の名前を叫んでいた。

 ここで名前叫ばれると拙いんですけど……。

 と、いうか、ガラシャス子爵家とシードラン男爵家の跡取り息子二人と護衛の四人は、俺の事を薄汚い傭兵風情とのたまわったのに、あんな遠くから何故わかるんだ?

 シルフィスに対する謎がまた一つ増えた気がする。

 ゴルディー達に護衛されたシルフィスと合流を運よく果たした俺は情報の交換を行いつつ、残りの山賊達の隠れ処を襲い、その他すでに襲った隠れ処にも向かい貯め込んであった財貨を押収……というのは言葉がお上品すぎる気がするがとにかく手に入れた。

 ルーシャン伯爵邸に潜り込んでいたメルという名の侍女は俺が残してきた情報から既にヘルメス家宰によって捕縛されており、そこで得た情報からルーシャン伯爵領都にあった山賊の家と宿場町にあった山賊の息の掛かった宿屋は制圧済みということであった。

 まあ、捕らわれの女性達を助けることが出来たので良かったとしよう。

 あとは、ガラシャス子爵領とシードラン男爵領にある宿場町の山賊の息の掛かった宿屋を襲って残った山賊の始末と捕らわれの女性達を助けてルーシャン伯爵領に連れてくれば終わりだ。

 これが済めば、山賊騒ぎは納まるだろう。

 何せ山賊どもの死体が街道の彼方此方に転がっているし、ルーシャン伯爵に雇われた傭兵の手柄だとでもしておけば、ルーシャン伯爵に対する変な噂も消えるだろう。

 ただ、ゴルディー達歴戦の騎士達は顔に浮かべる笑顔とは逆に大変ご立腹なようで

ルーシャン伯爵邸に戻ったらヘルメス家宰と共にお説教が待っていると言ってきた……。

 こ、こわい、ゴルディー達は肉体的なお説教だし、ヘルメス家宰は精神的なお説教になるだろう。

 山賊相手にするより怖いんですけど、シルフィスは当然だとばかりにゴルディー達に賛同していた。

 それから二週間後、ガラシャス子爵領とシードラン男爵領にある宿場町の山賊の息の掛かった宿屋を襲って、残った山賊の始末と捕らわれの女性達を助けてルーシャン伯爵邸に戻ってきた俺は、一カ月に渡っての肉体的なお説教と精神的なお説教に曝されることとなるのだが、誰も助けてくれなかった……。

 ただ、一カ月を過ぎてお説教が終わるとゴルディー師匠とヘルメス師匠は共に「良くやりました」と褒めてくれたことが何よりも嬉しかった。

 義父であるルーシャン伯爵の悪い噂は、それから暫らくすると聞かなくなった。

 逆にルーシャン伯爵が雇った傭兵の山賊達に対する苛烈極まる仕打ちの噂話が街道沿いに広がり、山賊や盗賊たちが寄り付かなくなったとか。

 ただ、山賊討伐以降、自分では気が付かなかったが、シルフィスに悲しそうに言われたことがある。

 「エルフリーデン様……、どうかそれ以上、狂気に満ちた眼をなさいません様に。   身命を賭してオブライエン王国を守ろうとした者達と同じように貴方の眼を覗く度に死の気配がします、どうか……」と。

 

 




 

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