第40話 隠し子の狂気①

 メレンテス平野にて対峙するリーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍に対して、両軍後方より奇襲をしかけたルークセイン王国軍、アルスティン公国軍、ラングマール帝国正規軍は、エルフリーデンが先頭に立った第一陣の突撃でリーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍を大混乱に陥れた。

 特にエルフリーデンは、突撃をしては味方の到着を待ち、味方が追い付くと突撃するを繰り返し戦果を拡大していた。

 ただ、真っ黒の軍服に裏地が赤の黒いケープを身に纏い、フルプレートではない部分鎧で身を固めているエルフリーデンは、良い意味でも悪い意味でも目立ち過ぎた。

 敵はエルフリーデンを包囲しようと動き、味方はそれを阻止せんがために動く。

 段々とエルフリーデンの周りに敵味方の兵が集まりだしてしまった。

 そのため、エルフリーデン自身が身動きできなくなってしまったのだ。

 それでもなお、敵を屠る手を緩めない姿は、味方の士気を鼓舞し、敵には畏怖の念を抱かせるものがあった。

 それもそのはずだった。

 エルフリーデンが向かおうとする先、そこには敵の一人であるリーブシュタット公爵が十数人の騎士に守られながら、指揮を取っている陣地が見えていたのだから。

 「くそっ、突破できないか……。」

 「殿下、御下がりください。 このままでは囲まれます。 せめて味方が追い付くまで現状維持か、後退を!」

 本陣ではエルフリーデンが置かれた状況が良く見えていた。

 「エルフリーデン殿下が突出しすぎています」

 「鶴翼の陣、展開急げ!」

 「ドードリア王のアルスティン公国軍と帝国正規軍の連合軍はどうなっている?」

 「アルスティン公国軍と帝国正規軍の連合軍も鶴翼の陣を展開中! まもなく我が軍と連携が取れます!」

 「ストロガベル将軍指揮下の軍が敵左翼側を包囲下に置きました」

 「良し! 第二陣、突撃用意。 第一陣後退の援護を!」

 「はっ 第二陣突撃用意」

 「突撃!」

 「第二陣突撃!」

 「「「「「「「おおおおおお!」」」」」」

 「殿下! 第二陣が突撃してきます。 いったん後退を! 早く!」

 「わかった……、くそ」

 エルフリーデンは、第二陣の突撃の間隙をぬって、後退を果たす。

 第一陣の突撃でかなりの数の貴族の頸が打ち取られ、一部では第二陣の突撃でリーブシュタット連合軍側の戦線が崩壊を始めていた。

 だが、リーブシュタット連合軍の中心であるリーブシュタット公爵が率いる軍だけは頑強に抵抗を続けていた。

 貴族として、国を傾けたことに関しては異論はでないが、指導者として、指揮官として、それなりの力量があったという表れなのだろう。

 エルフリーデンとしては、第一陣の突撃でリーブシュタット公爵の頸を取ることを目標としていただけに、その力量を見抜けなかったことが悔やまれた。

 リーブシュタット公爵の周りには、護衛騎士十数人と兵士達がしっかりと守っており、鉄壁と言っても過言ではなかった。

 第二陣の突撃を受けても、リーブシュタット公爵の周りはビクともしていない。

 いや、周りの領主が打ち取られた貴族軍の残党が次々とリーブシュタット公爵軍に合流するのを見ると、体勢を強化させてしまった感が拭えなかった。

 エルフリーデンは、後退してきた第一陣の様子を見る。

 奇襲攻撃だっただけあり、負傷者は少ない。

 いや、重傷者は後方で治療を受けているので、目に見える範囲にいる者達は皆軽症だということに過ぎない。

 エルフリーデン自身もあちこちに怪我をしているが、動けないほどではない。

 今エルフリーデンの頭の中は、リーブシュタット公爵軍をどうやって排除し、リーブシュタット公爵の頸を取るか、その一点に集中していた。

 だがそれは致命的な隙を作ることと同義だった。

 「殿下!」

 そう部下に声を掛けられて、周りに目を向けると何人かの少女兵が自分を取り囲んでいることに気付いた。

 戦場に居る少女兵か……。

 パッと見ただけでも綺麗処がそろっている少女兵など『胡蝶』以外に存在しないだろう。

 なるほどな、だからリーブシュタット公爵は慌てることなく指揮が取れるのだろう。

 まんまと嵌められたかな、これは……。

 周りを見渡し、自分が置かれている状況からエルフリーデンは推察していた。

 「それにしても、随分と舐められたものだ。 たかだか数名の『胡蝶』で、俺を仕留められると考えているとは……。 ああ、そうそう俺の大切な女たちや部下たちに手を出したら……。 まともに死ねると思うなよ。 現役だろうが引退していようが草の根分けてでも探し出して、その血を引くもの『胡蝶』に所属していた者達すべてを嬲り殺しにしてやる」

 エルフリーデンは周りに居る『胡蝶』に宣言すると同時に、見るものすべてが背筋を凍らせるほどの狂気を秘めた棲ざまじい笑みを浮かべるのであった。

 その笑みを見た『胡蝶』たち少女兵は、気が付かないうちに一歩退いてしまった。

 それはそうだろう。

 エルフリーデンが笑みを浮かべてから、周りから喧騒が消えていた。

 味方の兵達ですら、エルフリーデンから発せられる狂気に声が出ず、動くことさえできなくなっていた。

 そんな中、エルフリーデンは馬を降り、剣を片手に最も自分の近くにいる『胡蝶』の一人に近づいていく。

 エルフリーデンの目の前に居る『胡蝶』は短剣を構えるも、エルフリーデンの発する狂気を真正面から受けてしまい、まるで魅入られたかのように動けずにいる。

 いや違う。

 動けないのではなく、動かせないのだ。

 小刻みに身体が震える。

 エルフリーデンが真正面から近づけば近づくほど震えは大きくなり、眼からは滂沱の涙が溢れ、口からは声にならない呻き声が出てくる。

 エルフリーデンが短剣の攻撃範囲に踏む込んでも短剣を振るうこともできず、ただエルフリーデンの眼に魅入られる。

 まるで口付けをするかのように顔を近づけ、エルフリーデンが『胡蝶』の顔を瞳を覗き込むと剣を持たない左手で相手の頸をそっと掴む。

 すると短い悲鳴を上げると操り糸が切れたように、その『胡蝶』は気を失い倒れてしまう。

 気を失った『胡蝶』を見下ろしていると、周りの動揺が伝わってくる。

 それはそうだろう。

 エルフリーデンはただ相手を見ていただけ。

 起こした具体的な行動と言えば、相手に無造作に近づき、頸を力もいれずに掴んだだけだ。

 エルフリーデンは自分の狂気を自覚している。

 いや、自ら狂気に走ったというべきか? 

 あの時から……。

 シルフィスと出会う前から自分の出自は教えられていた。

 王家の血を継いでいる?

 それがどうした。

 例え正当な婚約者と王太子の間に生まれた子供であろうと、現国王の政権下においては忌み子でしかないのが自分だ。

 だから騒がず、目立たず、ひっそりと人生を過ごしていくしかないと思っていた。

 決して自分の血を残してはいけないとも……。

 そんなエルフリーデンを養子として、嫡男として、育ててくれた義理の両親ルーシャン伯爵夫婦には感謝している。

 しかし、シルフィスことオブライエン王国第一王女シルフィス・フォン・オブライエンとその護衛の騎士達と出会って、状況によっては周りを巻き込んで殺される可能性に思い至った時、ただ恐怖しかなかった。

 死にたくない!

 最初はそれだけだった。

 だが、オブライエン王国とラングマール帝国の戦争は、理由なき理由で戦端が開かれたのだ。

 いつか自分もオブライエン王国と同じように理由なき理由で義理の両親を巻き込み、親身になって支えてくれる家臣たちや侍従、侍女を巻き込んで殺されてもおかしくはない。

 いや、もしかすると領民全てを巻き込んで殺されるかもしれない。

 いまや、オブライエン王国第一王女シルフィス・フォン・オブライエンとその護衛の騎士達までもが自分に仕えてくれている。

 その彼らさえも巻き込んで死にたくはなかった。

 いや、俺なんかのために死んでほしくなかった。

 そんなある日、ルーシャン伯爵領内にて街道を荒しまわっている山賊を討伐する任務に当たることになった。

 最初の情報では山賊は二十名前後、決して多くない規模であった。

 エルフリーデンも含めて五十人もの兵士がいれば十分討伐が可能なはずだった。

 だが実際は、その十倍の規模を誇る山賊たちだった。

 山賊たちは近隣の複数の領地を活動の範囲としていたため、一つの領地当りでは少なく数えられていた。

 その全てが、ルーシャン伯爵領内での山賊討伐のために出てきたエルフリーデンたちを待ち伏せしていた。

 五十人の兵達に対して、二百人近い山賊たちが奇襲に近い形で襲い掛かった。

 奇襲により10人近い兵が倒された。

 まだ息のあるものの怪我を負ったもの、すでに息絶えたもの、そして剣を振り山賊に立ち向かうもの。

 20人程の山賊を50人の兵で討伐するはずの任務が、200人を超える山賊に50人の兵が討たれようとしていた。

 そんな中で、エルフリーデンは必死に剣を振るい続けた。

 本来なら戦闘などせず、すぐに逃げ出すのが上策なのだが、すでに包囲されてしまっている。

 生き残るためには、剣を振るい包囲を突破しなければならない。

 また一人、また一人と兵が倒れていく。

 それを見るたびに、心が軋む。

 彼らが死ぬのは、忌み子である俺と共に居たからだ。

 そんな思いが心によぎる。

 なら、一人でも助けなきゃ。

 そんな思いに駆られて剣を振っていると、古参兵の一人がエルフリーデンに叫んだ。

 「エルフリーデン様! このままじゃ拙いです。 脱出してください!  何としても逃げ延びてこいつらのことを!」

 「しかし!」

 「生き残った者達で包囲を破りますから、そこから行ってください」

 「お前たちも一緒だぞ! 一緒に脱出するんだ! いいな!」

 「わかりました。 一緒に脱出します」

 その古参兵は、エルフリーデンが絶対に見捨ててなんかいかないぞという言葉を聞くと屈託のない笑顔をみせて、周りに兵達に声を掛けた。

 「包囲を破って脱出するぞ。 エルフリーデン様を中心に! 行くぞ!」

 「「「「「おう」」」」

 周りの兵達もエルフリーデンと古参兵の会話を聞いていたのだろう。

 悲壮感もなく、笑顔で応じていた。

 エルフリーデンは、これなら何とかみんなで脱出できると思った。

 だが、兵士達の誰もがエルフリーデンとは全く逆のことを思っていた。

 兵達は、このままでは全滅してしまうと確信していた。

 何せ敵の数が多すぎる。

 しかも奇襲を受けて、半数がやられてしまっている。

 ならばせめて、この気立ての良い跡取りだけでも逃がすべきだ。

 自分たちが死んだら、この心優しい跡取りは深く傷付くだろう。

 でも、そんな跡取りだからこそ生き残ってもらいたかった。

 未来のルーシャン伯爵領の希望となるだろうから……。

 生き残りの兵達が包囲網の一点に攻撃を集中したお陰か、包囲が崩れエルフリーデンは何とか包囲の外に出ることが出来た。

 あとは皆で逃げるだけだと後ろを振り返った時、誰もエルフリーデンの後に続いてこなかった。

 「ここは押さえます。 行ってください! はやく!」

 エルフリードがこちらを見ながら、茫然としている姿を見た古参兵は叫んだ。

 「アンタはこんなとこで死んじゃダメですよ」

 「そうそう、最後にアンタを助けられたって胸張らせてくださいよ」

 「生きて戻れたら、酒でも飲みましょうや」

 「おら! お前ら、きばれ!」

 エルフリーデンの視界が涙でぼやける。

 「お前たち……、ちくしょう!」

 エルフリーデンが何かを吹っ切るように駆け出した姿を見て古参兵は叫ぶ。

 「一人でも多く道ずれにしたれや!」

 残った兵達が山賊達の行く手を阻む。

 エルフリーデンの後を追わせるものかと勇戦するが、山賊達の勢いにまた一人また一人と飲みこまれていった。

 そして、エルフリーデンは唯一人帰還を果たした。

 直ちに大規模な討伐隊が組まれ再度の山賊討伐が行われたが、他領地にでも移動したのか、捕捉することが出来なかった。

 エルフリーデンたちが襲われた場所には、あの時倒れた四十九名の遺体は無かった。

 山賊達が襲撃の痕跡を隠すために何処かに投げ捨てたのかどうかもわからなかった。

 しかし、地面に滲んだ大量の血の跡があちこちに点在し、戦闘の激しさを生きているものに語っていた。

 結局、討伐隊は山賊達を見つけることができなかったため、早々に帰還することとなった。

 それ以後、山賊達の被害が目に見えて減少したために今後は警戒を強めるだけにとどまることとなった。

 そんな中でただ一人、エルフリーデンだけが山賊達を捜索し続けていた。

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