第39話 隠し子、戦場に飛び込む

 メレンテス平野に布陣するリーブシュタット連合軍の後方から姿を現したルークセイン王国とラングマール帝国の連合軍およそ17万の軍勢。

 此方はルークセイン王国軍旗を掲げず、ラングマール帝国軍の軍旗を掲げているので、リーブシュタット連合軍からはラングマール帝国の軍ということになる。

 ルクツバーレフ諸侯軍の後方からもアルスティン公国軍とラングマール帝国の連合軍およそ20万の軍勢が姿を現した。

 彼方もアルスティン公国軍旗を掲げずラングマール帝国軍の軍旗を掲げているので、ルクツバーレフ諸侯軍からもラングマール帝国の軍が現れたことになる。

 一応、敵味方が解るよう味方全軍には左腕上腕部に鮮やかな朱色で染め上げられた腕章が付けられている。

 リーブシュタット公爵にしてもルクツバーレフ侯爵にしても一体何が起こっているのか理解できていないだろう。

 それとも頭の切れる参謀が居ないのか?

 誰何の使者もやってこない。

 「リーブシュタット公爵に使者を出せ。 我ら敵にあらずとな。 皇帝陛下が用意してくれた偽書状で騙せるだろうよ。 それと、大雑把でいいから情報の収集と貴族共の配置状況を確認させろ」

 「はっ、ただちに」

 街道から騎馬隊、歩兵隊、各帝国貴族軍がメレンテス平野へと進出し、事前に決めておいた陣形へと布陣していく。

 17万の軍勢が布陣にかかる時間は数時間にも及ぶ。

 何としてもその時間は稼がなければこちらに損害が出る。

 「何とか騙されてくれよ……」と俺はひとりごちた。

 数刻後、無事に布陣が完了した俺達は、リーブシュタット公爵からの返礼の使者が訪れ、「感謝を述べるとともにリーブシュタット連合軍の、ひいてはリーブシュタット公爵の指揮下に入り、命令あるまで待機して頂きたい」と言ってきたので了承しておいた。

 その後、本陣でメルリッツアやシルフィス、リリアーシュ、ディーデッツ将軍、ストロガベル将軍、各指揮官が顔を合わせて、最後の打ち合わせを始める。

 「ドードリア王からの伝令が到着しました」

 「通せ」

 「無事に布陣が完了しました。 準備良し」

 「ところで殿下、戦場に立たれるなら、せめて鎧ぐらいは着てください」

 「いらん」

 「し、しかし、殿下に何かあっては」

 「軍服の下には鎖帷子も着ているし、要所要所には金属のプレートで守られている。 心配するな」

 「メルリッツア姫様、シルフィス様、リリアーシュ様、どうかエルフリーデン殿下を説得してください!」

 「シルフィス、わかってるよな? シルフィスとリリアーシュは護衛の騎士達と共にメルリッツアの護衛だ」

 「はぁ~、ディーデッツ将軍、ストロガベル将軍、こうなると無理ですよ。 ほんと頑固なんですから……」

 「あの、一体どういうことなのでしょうか?」

 指揮官の一人、帝国領内進出後味方に付いた帝国貴族の一人が聞いた。

 ディーデッツ将軍、ストロガベル将軍は頭を抱えながら質問の答える。

 「エルフリーデン殿下は、軍中央先頭にて、騎士や兵達と共に、敵軍に突撃されるつもりだ。 だから、せめて鎧をと言っているのだが、言うことを聞いてくださらないのだ……」

 「え!?」

 「そんな驚くようなことか? 大体この軍の総司令官はメルリッツア第三皇女だ。 俺は婚約者であるメルリッツア第三皇女の説得に応じて、自国の軍を率いて帝国にきただけだ。 それに帝国の内乱を他国の軍が平定したら角が立つだろうが。 だからあくまで主役は皇帝陛下に忠義を捧げた真の帝国貴族が逆賊を討たないといけない。 それとは別に俺はリーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵達に個人的な恨みがある。 それを果たさせてもらうだけだ」

 「恨みとは?」

 「ロスマイン侯爵家令嬢リスティング・ロスマイン、ストロガベル辺境伯家令嬢ティリアーヌ・ストロガベルを始めとする違法薬物で無くなった者達の恨みであり、もう一人の婚約者であるオブライエン王国第一王女シルフィス・フォン・オブライエンとその祖国の恨みだ」

 ストロガベル将軍、シルフィス、リリアーシュが俺の言葉を聞いてびっくりしている。

 「あの時、一貴族でしかない俺は、帝国にケンカを売ることができなかった。 だから違法薬物を王国内に持ち込んだ商会を叩き潰した。

 だが、今回ディーデッツ将軍旗下の指揮官達に聞いた。 オブライエン王国侵攻には、リーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵達が関わっていたと、 そして、違法薬物を商会を通じて王国に持ち込み、王国を政治的に混乱させ、その混乱に乗じて侵攻を企んでいたのもリーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵達だったこともな。 奴らの欲望のために死んだ者達の恨み、はらさせてもらう」

 そして浮かべた俺の顔を見た指揮官たちは、何も言えなくなった。

 メルリッツアもシルフィスもリリアーシュも、押し黙るしかなかった。

 「作戦指揮はディーデッツ将軍、ストロガベル将軍の両将が採れ。 敵を半包囲下の追いこんで攻撃する。 向こうはドードリア王が指揮を取られるのだろう?」

 「はい」

 「ならば、上手く半包囲することが可能だろう。 攻撃開始の合図だが、周りが鎧を着た騎士達の中で、俺が黒の軍服に裏地が赤のケープを付けていれば、ドードリア王の方からも見えるな?」

 「と、思いますが……」

 「ならば俺が右手に剣を掲げ、振り降ろしたら両軍の攻撃開始の合図としよう」

 「こちらの伝令を連れて陣に戻り今の事を伝えろ、ドードリア王から俺が確認できなければ、そちらに連れて行った伝令にそのことを伝えて送り返してくれ。 その場合は黒の軍旗を掲げ一振りする」

 「はっ、では」

 軍議を終えて、数刻後今度はリーブシュタット連合軍の軍議に呼ばれるが、作戦と呼ばれるようなものは何もなかった。

 ただ真正面からのぶつかり合うだけだ。

 周りの貴族達を見るにリーブシュタット公爵も統制に苦慮しているのがうかがわれた。

 軍議も終わり、戦闘開始予定時刻が刻一刻と近づくにつれ、メレンテス平野全体が戦意に満ち溢れていく。

 そして遂にメレンテス平野にて対峙するリーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍の両軍が決戦を行おうとしていた矢先に事態は動いた。

 メレンテス平野に布陣を完了したルークセイン王国とラングマール帝国の連合軍およそ17万の軍勢とアルスティン公国軍とラングマール帝国の連合軍およそ20万の軍勢。

 皇帝陛下ヨークメルシャーからの要請と命を受けてやってきた援軍など嘘でしかない。

 帝国皇帝ヨークメルシャーの娘で三女のメルリッツア・ラングマール、つまり今現在俺の婚約者であるメルリッツアを殺そうとしておいて、皇帝陛下ヨークメルシャーがリーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵を許すはずがないではないか。

 俺は、ルークセイン王国とラングマール帝国の連合軍その中央部先頭で馬に乗り右手に剣を掲げ、リーブシュタット連合軍の後方に対して剣を振り下ろし、全軍に命令を下す。

 「突撃! 帝国混乱の元凶どもを殲滅せよ!」

 「おおおお!」と雄叫びを上げて、騎兵たちが、歩兵たちが突撃を掛ける。

 俺も味方騎兵に負けずに先頭を駆け、リーブシュタット連合軍の後方から敵陣に突入する。

 今の今まで味方だと思っていたルークセイン王国とラングマール帝国の連合軍が、突如リーブシュタット連合軍の後方から襲い掛かった。

 視線の先では、ルクツバーレフ諸侯軍の後方からアルスティン公国軍とラングマール帝国の連合軍およそ20万の軍勢が襲い掛かっている。

 騎馬で突撃する俺に気が付いた一番後ろにいた兵が振り向く。

 兵士の顔に驚愕の表情が張り付く。

 その頸目掛けて、右手の剣を横薙ぎに振るうと面白いように敵兵の頸が身体から離れ飛んでいく。

 そして、俺の顔には凶悪な、それでいて獲物を刈ることが楽しくてしょうがないとでもいうような笑みを貼り付かせて、次の兵士の頸目掛けて剣を振るう。

 後続の味方も次々と突撃してくる。

 このまま刈り尽してくれるという意思のまま、俺はさらに騎馬を敵陣深くに進ませるのだった。

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