第30話 隠し子、悩み、そして困惑する

 迎賓館から王太子離宮に戻ってくると、俺はすぐさまシルスーン以下アルスティン公国関係者が使っている王太子離宮の一角を封鎖するように命じた。

 一種の軟禁だ。

 護衛の騎士達は戸惑っていたが、外部のものに命を狙われているからだと言って納得させた。

 夜の監視は断った。

 今は一緒に寝るなどという気分ではない。

 ロミティエ、エリスティング、リリアーシュの三人に優しく伝えたつもりだったのだが、怒気が洩れていたのかかなり怯えさせてしまい、涙目だった。

 寝室のベランダに出て、夜風に当たり頭を冷やす。

 ドードリアン公王の言ったことは本当なのか?

 証拠は何処にもない。

 しかし、公王が嘘をつく必要もない。

 では、どうしてアルフリードを殺した?

 確かにアルフリードは王家の血を引いていなかった。

 ドードリアン公王は何を狙っている?

 ああ、ムシャクシャする。

 考えもちっとも纏まらない。

 頭を掻きむしりながら寝室に戻り、クローゼットの底からロゼワインを一本取り出してコルク栓を抜いてラッパ飲みする。

 再びベランダに戻って、持ってきたロゼワインに口を付ける。

 半年前、城下にある酒場で気に入って箱買いしたものだ。

 公王のもとで飲んだ貴腐ワインに比べれば、格段に落ちる味だ。

 だが自分にはこれが似合っている気がする。

 多少は落ち着きを取り戻したので、改めて考える。

 さて、公王が自ら口にしたのだから嘘ではないだろう。

 なら、やることは決まっている。

 敵は嬲り殺しだ。

 大切なものを守るために、容赦はしない。

 だが皮肉なものだ。

 大切なものを守るために、大切だと思った者達まで嬲り殺しか?

 「くそ、どうすればいい?」

 ドードリアン公王を殺すことは、俺にとってシルスーン達まで殺すことだ。

 ドードリアン公王がアルフリードの暗殺を指示し実行したことで、アリスティアは殺されたのだから。

 でも、シルスーンは、いやシルスーン達は俺にとって大切な人達だ。

 こんな俺なんかのために、この国に来たんだ。

 アルスティン公国で結婚相手をみつけて幸せになる道もあったというのに……。

 「ここにいらっしゃったのですね。 エル様」

 シルフィスが寝室のベランダに出て、俺の横に並ぶ。

 「何だ? シル」

 そう問いかけながら、ワインを煽る。

 アルコールが胃を焼く。

 「事情はドードリアン公王から伺いました」

 「そうか……」

 どうすればいい?と問い掛けが口から出そうになる・・・・・・。

 だが、そうやって問い掛けをしたらシルフィスが余計な責任を背負い込むことになる。

 それだけは嫌だった。

 シルフィスだけじゃない、ロミティエもエリスティングもリリアーシュも、そしてシルスーン達もみんな笑顔で暮らしてほしいし、幸せになってほしい。

 だからシルフィス達には出来得る限り、責任というものから自由であってほしかった。

 だから自分で判断しないといけないと改めて思い直している時だった。

 「追加情報です」

 「追加情報?」

 「はい、帝国内で次期皇帝の座を巡って大規模な内戦が起きる可能性があるそうです」

 「何時頃だ?」

 「早くて一月以内。 遅くともこの一年以内には、とのことです」

 「それほど皇帝の健康状態が悪いのか」

 「かなりのご高齢というのと、国内の二大貴族派閥を抑えきれなくなりつつあるそうです。 そして、皇帝の第三皇女を国外に脱出させるための準備を急いでいると」

 「へえ、その脱出先って何処さ」

 「皇帝は、エルフリーデン殿下の元にこそ第三皇女の安全が図られるとお考えらしいです」

 「はぁ~? 何それ。 つまり帝国の第三皇女を俺に保護しろと?」

 こちらの国内にちょっかいを掛けていたくせに、何を言っているのか呆れてしまう。

 さらにワインボトルを煽る。 唇の端からワインが零れ落ち右手の甲で乱暴に拭う。

 「違います。 貴方と帝国第三皇女との婚約・婚姻によってです」

 「ちょっと待て。 俺が第三皇女を保護するんじゃなくて、俺の嫁さんにしろってことか?」

 「はい、エルフリーデン殿下の伴侶ともなれば、帝国国内の二大派閥も手が出せなくなるとの判断だそうです。 どうも帝国の大商会を潰し、違法薬物をばら撒き、王国内の帝国派を粛正した手腕が大いに評価されたようですよ。 『敵ならば恐ろしいが、味方であるならこれほど頼もしいことがあるか』と言われたとか」

 「誰が?」

 「皇帝陛下が、だそうです」

 「その情報は何処からだ?」

 「アルスティン公国ドードリアン公王とその家臣で情報関係を一手に担うゼン・ホルスティン侯爵殿からです。 ちなみにエルフリーデン殿下が半殺しにした女性は、ゼン殿の孫娘でランゼさんという方だそうで、公王の護衛が初任務だったそうです。 すっかり気落ちしてしまってみてられないから愛妾でもいいから優しくしてやってほしい、だそうです」

 「え? 彼女、ランゼだったの!?」

 「お知合いですか?」

 「うん、留学時代に、ちょっと……ね」

 「そうですか、ちょっと……ですか。 さすがは女誑し。 過去の悪行をばらされたくなくって、お知り合いを殺そうとしたわけですね。 聞いた話だとランゼさん、笑顔でエルフリーデン殿下に会えるのをすごく楽しみにしているとご家族やご友人達に話していたそうです。 それが任務とはいえ殺気を浴びせ、剣を付きつけてしまった上に、エルフリード殿下に本気で殺されそうになったので、嫌われてしまった、合わせる顔が無いと病室で泣いているとか、自殺でもしないといいのですけど……」

 「お、お見舞いに行ってくるよ」

 「そうしてあげてください、この女誑し。 そしてドードリアン公王の目的ですが……。 大陸統一だそうです」

 「はぁ? 大陸統一って、あの統一?」

 「他に何があるんですか?」

 「あまりにも非現実的なんだが」

 「それがそうでもないそうです。 現状この大陸には帝国とルークセイン王国、アルスティン公国だけで大陸全体の四割ほどを占めています。 そこに旧オブライエン王国領が加わると大陸全体の六割強近くになるそうです」

 「旧オブライエン王国領って、今はほぼ無人地帯じゃないか」

 「それから、帝国の総兵力は対オブライエン侵略戦争時の損害から1割程度しか回復していないそうです。 最大の原因が食糧生産高が壊滅的であるからとか」

 「男手を失えば、食糧生産が落ち込むからな……。 女子供だけで食糧生産を維持するなんて無茶だ。 しかも男共は兵士に取られて死んじまってるから、人口を増やすことも思うようにできないか」

 「兵力的には、ルークセイン王国とアルスティン公国を合わせれば帝国を上回るとか」

 「指揮命令系統がバラバラだから兵力だけ上回ってもな。 しかし、帝国は内戦でさらに兵力を失うわけだから差は開く一方か……。 だが、それがドードリアン公王がアルフリードを暗殺する理由にはならない」

 「ドードリアン公王が言うには、現国王の血を引いていないのが理由だと。 現国王の血を引いていたのなら暗殺する必要など無かったと仰っていました」

 「なに? う~ん、気になるのは何処からアルフリードが王家の血を引いていないことがばれたかなんだが、それよりも……。 現国王の血を引いていれば暗殺の必要はなかっただと……。 シルフィス、ドードリアン公王に直系の子供はシルスーン公女以外にいたか?」

 「いえ、いないはずです」

 「じゃあ、王位を直系が継ぐと仮定して、シルスーンが次のアルスティン公国の後継者だとする。 アルフリードがルークセイン王国の王位に就けるのはアリスティアと婚姻するからだ。 だからアルフリードとシルスーンが結婚してもアルフリードはルークセイン王国の王位に就けない。 じゃあ、それぞれの場合で生まれてくる子供が男児なら……」

 「ああ!」

 「わかったか?」

 「はい! 生まれてくる子供が男児なら、この場合、アリスティア嬢が生んだ男児はルークセイン王国のお世継ぎであり、シルスーン公女が生んだ男児はアルスティン公国のお世継ぎになります。 しかし、アルフリード王太子が現国王の血を引いていたら、アリスティア嬢の生んだ男児は当然ルークセイン王国のお世継ぎになりますが、シルスーン公女が生んだ男児はルークセイン王国・アルスティン公国両国のお世継ぎとなります!」

 「前提条件は幾つかあるが……。 あのくそ狸親父が! なんてこと企みやがる。 ルークセイン王国とアルスティン公国が一つの国になったら国力的にも兵力的にも帝国を上回る。 問題だった指揮命令系統の統一もなされる」

 「はい!」

 「おいおい、今後どうするつもりなんだよ、ドードリアン公王は。 それによっては嬲り殺すなんてできなくなるじゃないか」

 「素直じゃないですね。 エルは」

 「うるせ」

 確かにシスルーン達まで殺す必要がなくなるんなら、願ったりかなったりだ。

 すまないな、アルフリード、アリスティア。

 事件の発端になった首謀者がわかったっていうのに、敵は討ってやれそうにない……。

 そう思いながら、俺はワインボトルに残ったワインを飲み干すのだった。

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