第29話 隠し子、激怒する

 俺は怒っていた。

 上に立つ人間が、俺という人間を軽んじているから下の人間まで俺を軽んじる。

 だから平気で殺気を叩きつけてくるし、武器を突きつけてくる。

 ふざけるなよ、ドードリア公王。

 俺に殺気を浴びせるだけでなく、短剣を首に向け動きを止めようとした者を引きずり倒し額を床に叩きつけた上に右肩を壊した。

 それに飽き足らず相手の短剣を奪い、首に短剣を押し当て引こうとしたとき、ドードリア公王の静止する声が掛かった。

「そ、そこまでじゃ! 臣下の無礼は儂が謝罪するゆえ、ここは収めてくれぬか?」

 それで俺が止めるとでも思っているのか?

 首に押し付けた短剣を躊躇なく引こうとした瞬間、ドードリア公王の後ろに控えていた者が何かを投げてきた。

 俺は咄嗟に右足で床を蹴り、床に押さえ付けた奴の左側に躱す。

 そのついでに首に押し付けていた短剣を引くが、無理な体勢が祟って致命傷を与えることはできなかった。

 用心しながら立ち上がると、ドードリア公王の後ろに控えていた者が構えを取っているのが見えた。

 流石に最初に相手をしたやつとは格が違う。

 なら、ドードリア公王を確実に殺すか?

 左手の短剣を投擲しやすく、自分の首を守りやすい位置にまで動かしていく。

 相手もこちらの狙いに気が付いたのか、俺とドードリア公王との間に自分の身体と割り込ませていく。

 ドッカンという音と共にシルフィスと両国の護衛騎士が部屋の扉をブチ破って雪崩れ込んできた。

 「これはいったい何ごとですか!」

 シルフィスが詰問するが、俺も相手も構えを解かない。

 どうやら、物音で何かが起きていると気が付いて控室からから飛んできたのだろう。

 目にした光景に呆れながらも、部屋を見渡し、扉の近くで倒れている人を見つけて診察しているようだ。

 両国の護衛騎士達も何が起こっているのか判らず、動きを止めている。

 「まったくもう! 怪我人がいます。 このものの治療を! 多分右肩の脱臼と腱の断裂です。 首の方は切り傷です、止血を、あと顔を床に叩きつけられたようですので揺らさないように運んでください。 ドードリア公王、公王陛下が止めないと納まりませんよ! 早く!」

 「ひ、引け!」

 「しかし!」

 「良いから、言うことを聞け」

 「はっ」

 相手が構えを解き、ドードリア公王の後ろに付く。

 それを見計らって、俺も構えを解くとそのまま部屋を出て行こうとする。

 「ま、待たれよ! エルフリーデン殿、まだ話が」

 「私にはない。 シルスーン達を連れて早々に帰国されるがよかろう。 例え同盟国であろうとも、陛下がお許しになろうとも、私の敵となったからには覚悟してもらおう。 アルスティン公国の民にとっては不幸なことだ」

 そう言い残すと俺は迎賓館を後に王太子離宮へと帰るのだった。

 そんな中シルフィスは、迎賓館で両国の護衛騎士達を指揮しながらドードリア公王から事情を聞いていた。

 「それにしても、エルフリーデン殿はすざまじい御仁だな……。 留学中は何回か顔を合わせたこともあるが、穏やかな人柄だと承知していた。 情報収集である程度知っていたつもりではいたが、あれ程とは……。 ゼン、お主なら勝てたか?」

 「いえ、五分五分といったところですか。 エルフリーデン殿は私と相対しながらも陛下のお命を狙っていましたから」

 「失礼ですが、公王様、そちらの御仁はどちら様ですか?」

 「ああ、こやつはゼン・ホルスティンというてな、アルスティン公国の情報関連の仕事をしてもらっている家臣での。 先ほどの怪我を負っていた者はこやつの孫娘でランゼ・ホルスティンというんじゃ。」

「そうでしたか、私はシルフィス・オブライエン公爵と申します。 以後、よしなに」

 シルフィスは、ゼンに対して頭を下げる。

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。 ゼン・ホルスティン侯爵と申します。 こちらこそよろしくお願い申し上げます」

「ところで一体何を言われたのですか? あれ程激怒しているエルフリーデン殿下は見たことがありません」

 「シルフィス殿でもか?」

 シルフィスが頷く。

 「これは失敗したかもしれん」

 ドードリア公王は自ら失敗したことに改めて気が付かされた。

 「失敗したと仰られているうちが花ですよ。 悪辣さに掛けてもエルフリーデン殿下の右に出るものはいません」

 ドードリア公王の態度にシルフィスは何も分かっていないと呆れ顔でいう。

 「と、いうと?」

 「シルスーン殿たちを連れて早々に帰国されよっておっしゃってたじゃないですか」

 「ふむ」

 「つまりですね、帰らないのならこの迎賓館と王太子離宮で、帰国するならその道中で皆殺しにしてやるって言っているんですよ。 集団はどうしても隙ができますからそこを狙い撃ちにしてやるって」

 シルフィスからそれを聞いたドードリア公王とゼンは顔を青ざめさせるのであった。

 「どうにかできぬものか……。 このままではシルスーンに泣かれてしまうし、嫌われてしまうぞ……。 そうじゃ、シルフィス殿、力を貸してくれぬか? シルフィス殿にとってはつらい話になるかもしれんが……。」

「構いません、このままいくと本当にまずいことになりかねないので……。 でも、誤解しないでください。 エルフリーデン殿下は、自分の大切な人を守りたいからこそ自ら悪逆非道を行う人です。 自分を慕ってくれているシルスーン公女達を殺したくないとも思っておいでですから」

 ドードリア公王と公王の後ろに控えたゼンはその言葉に少し安堵する。

 そして、ドードリア公王とゼンはシルフィスに説明を始めた。

「実は最近になって掴んだ情報なんじゃが、オブライエン王国と帝国との戦争で、帝国は皇太子をはじめとする男子の皇位継承者が軒並み戦死したのをご存知かな?」

 「初耳です」

 「まあ、上手く情報隠蔽してきたようだがな。 高齢の皇帝陛下以外、女性皇族しか残っておらんよ。 しかも、後継者指名がされておらん状態での。 上の姉妹は帝国を二分する大貴族の公爵やら侯爵に嫁いでいて、その子達、皇帝から見れば孫じゃな、が一応の後継者と目されておる。 この大貴族の公爵と侯爵は妻同士が姉妹だけあって仲が良いのとは違って非常に仲が悪くてのう、皇帝に何かあれば後継者争いが起きても不思議ではない状況なのじゃよ。

 唯一、晩年に授かった一番下の第三皇女だけが未婚で歳も15歳だとか……、有力な貴族の後ろ盾はないが、皇帝や姉達はこの末娘を溺愛しとる」

 ドードリア公王は、こうなると皇帝もただ娘が可愛いだけの父親だと言わんばかりに苦笑する。

「だが、自分たちが皇帝の外戚として権勢を振るいたい公爵と侯爵にとっては邪魔な存在じゃ。 裏では手を組んで、この第三皇女を排除する準備を進めておる。 そうなってくるとこの第三皇女を救う方法は一つしかない。 それは強力な外国の王族に嫁がせること。 皇帝にしてみれば自分が生きているうちに安全にこの第三皇女を逃がしたい筈じゃから婚約・婚姻をどこかの国に打診されてもおかしく状況なんじゃ。 もし今、皇帝が死ぬようなことがあった場合、第三皇女は政変のどさくさに紛れて確実に殺される」

 「はあ」

 話の内容とエルフリーデンが怒って暴れた一件とどう繋がるのか判らないシルフィスは曖昧な返事を返してしまう。

 「だから、いま皇帝が必死に第三皇女の嫁ぎ先を探しておってな、その第一候補に挙がっているのが、エルフリーデン殿じゃよ」

 「ええ!?」

 なぜ、そこでエルフリーデンなのよ!と心の中で叫んでしまうシルフィス。

 ラ、ライバルが増えていくと内心は穏やかではない。

 「皇帝にとってみればエルフリーデン殿のところが一番安全だと判断しているようじゃし、後継者争いをしている連中にとっては、エルフリーデン殿の身内となった第三皇女に手を出せばどういうことになるか良く分かっているから手が出しにくい」

 「そういう事情もあっての、少し焦ってしもうての。 アルフリード王太子の暗殺を指示したのが儂じゃということを話したのじゃ。 そうしたら激怒されての。 儂に従ってくれている影の者で今回初任務だったランゼが、エルフリーデン殿の殺気に反応して殺気を向けてしまって、ああいう事態になってしまったのじゃ」

 「アルフリード王太子の暗殺を指示したって……本当ですか? もし本当ならエルフリーデン殿下が激怒されるのも理解できます。 あの暗殺事件の後、エルフリーデン殿下は大事な人を殺されてます それも女性として最もむごたらしいやり方で……。 事件に関わった貴族や商会がどうなったかご存じないんですか?」

 「いや、知ってはいたんだが……」

 「全て、エルフリーデン殿下が自らの手で行ったことですよ。 部下たちはエルフリーデン殿下に指示されて逃走しないようにしていただけですから」

 「まさか!? 本当にですか?」

 ゼンが驚きの声をあげる。

 それはそうだろう。

 普通、一族嬲り殺しなんていうものは、複数人でやるから可能なのにそれを一人で実行したというのだから精神を疑うレベルの狂気だ。

 シルフィスは無言でうなずいた。

 場に重い沈黙が落ちる。

 だがシルフィスは場の雰囲気を変えるため話を続ける。

 「事情はわかりました。 あっ、そういえば一番肝心なことをお聞きしないと」

 「なんじゃ?」

 「結局のところ、ドードリア公王は何が目的でアルフリード王太子の暗殺を指示されたのですか?」

 「それはの・・・・・・」

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