第37話 隠し子、帝国領へ

 『約8万の避難民と共に帝国軍3万が越境する構え、至急援軍を乞う。

我が司令部は、可能な限りの兵力を集め守死する覚悟』

 ラングマール帝国・ルークセイン王国国境地帯に派遣されたルークセイン王国国軍からの悲痛な覚悟を秘めた伝文が早馬にて王城に伝えられたのは、偵察隊が情報を持ち帰ってから4日後のことだった。


 「たかだか二千数百の兵力で我が軍3万に対峙するか……」

 「羨ましいですなぁ。 貴族共があの忌まわしい戦、オルブライト王国との戦争さえ望まなければ我々もここまで落ちぶれなかったものを」

 「確かにな……。 嘆いていても始まらん。 使者を出せ! ここで無暗に戦闘する訳にはいかん」

 「はっ、直ちに」

 ディーデッツ将軍とメルリッツア皇女に早く合流したかったが、避難民が膨大な数に上り、その護衛のためゆっくりと行軍することしかできず、ここまで来るのに時間が掛かってしまった。

 皇帝陛下から託された三通の書状、これがあればあの貴族共を滅ぼす大義名分を手にすることができる。

 そっと書状を収めた軍服の内ポケットの辺りを右手で触れながら決意を新たにする。

 待っていろよ、くそ貴族共。

 必ずこの手で切り裂いてやるからな。


 帝国軍からの使者が王城に到着し、ラングマール帝国皇帝ヨークメルシャーからの親書が届けられると、慌ただしく出陣することとなった。

 エルフリーデンは今軍服を身にまとい馬上の人となっている。

 敢えて鎧などは身に付けていない。

 左右にはルークセイン王国王国軍トップのストロガベル将軍、ラングマール帝国帝国軍最高峰の誉れ高く現在はルークセイン王国王国軍客将であるディーデッツ将軍が轡を並べ、その後ろにはメルリッツア・ラングマール第三皇女、シルフィス・フォン・オブライエン公爵、リリアーシュ・ストロガベル辺境伯令嬢が護衛騎士達に守られるようについて来ている。

 その後ろには、ルークセイン王国王国軍10万の軍勢がいる。

 アルスティン公国公王ドードリアン公王は急ぎ本国に戻り、アルスティン公国公国軍10万を率いて出陣することになってる。

 この出陣でルークセイン王国やアルスティン公国の防衛はそれぞれ2万の兵力しか残っていない。

 このような暴挙ともいえる軍事行動がとれるのも実は陰で外交工作を取り仕切っていたオーギュストーン公爵のお陰であった。

 ルークセイン王国の政治の表舞台から姿を消していたオーギュストーン公爵家だったが、実は陰で多数の国々との外交工作を一手に引き受けていたらしい。

 その成果の一つとして、帝国領とは反対側のルークセイン王国やアルスティン公国と国境線を接する国々との間で対帝国戦の期間中において中立の立場を取ってもらえる確約を得ることができたのである。

 そのため、当初の作戦計画では、ルークセイン王国国軍約6万、アルスティン公国公国軍約4万、帝国軍約2万の総計12万の軍勢で事に当たることになっていた。

 アルスティン公国公国軍が約4万なのは、隣接している国が複数あったため国境線防衛の兵力を減らす訳にはいかなかったからだ。

 だが、外交工作の結果、中立という確約を得られた以上アルスティン公国公国軍は、国境線防衛の兵力を減らし、10万の兵力を集めることに成功した。

 ルークセイン王国も同様で、帝国側国境に6万の兵力を展開しつつ、国内には防衛戦力6万を残し、残りの6万の兵力で帝国へと当たるつもりでいたが、10万の兵力を集めることに成功している。

 一方、帝国側国境を越境してきた帝国軍3万であるが、ラングマール帝国皇帝ヨークメルシャーからの親書を携えた使者がきたことで事実が明らかになる。

 敵と思われていた帝国軍が、一転味方になったのである。

 この帝国軍3万は、ディーデッツ将軍指揮下の軍であり最盛期の定数20万からはかなり数か減ってしまってはいるが、帝国軍の中でも最精鋭と言われていた部隊だった。

 そして、この連合軍23万の兵力を指揮する総大将としてエルフリーデンが任じられた。

 副将にアルスティン公国公王ドードリアン公王、ルークセイン王国国軍ストロガベル将軍、そしてラングマール帝国帝国軍ディーデッツ将軍が任じられ、豪華な面子となっている。

 メルリッツア・ラングマール第三皇女は帝国軍の旗頭として、シルフィス・フォン・オブライエン公爵、リリアーシュ・ストロガベル辺境伯令嬢はその護衛として従軍することになった。

 残りは王太子離宮でお留守番だが、ジェニファーやランゼたちが鉄壁の守りを固めている。

 当初の目標は、ラングマール帝国帝都にいる皇帝ヨークメルシャーの救出が最優先としていたが、俺が反対した。

 リーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍が呑気にメレンテス平野にて戦闘を続けれれているのは、ラングマール皇帝がどの勢力の手にも落ちていないからだ。

 そう、リーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍の手にも落ちていない。

 そこに帝国貴族間の信用の無さが浮き彫りになっているのだが、果たして本人たちは気が付いているのだろうか?

 だが、ここでもし我々がラングマール皇帝を救出したならば、リーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍が連合して皇帝陛下救出を理由に大挙して攻め寄せてくる危険性が高い。

 そうなったら、23万対50万の戦いになってしまうので避けたいところだ。

 ならば、ストロガベル将軍旗下の10万の兵力とディーデッツ将軍旗下の3万の軍勢、ドードリアン公王旗下のアルスティン公国公国軍10万は、メレンテス平野いるリーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍の殲滅に当てた方が効率的だ。

 しかも、メレンテス平野に至るまでにそれぞれに与する貴族領を攻略し、後方の補給線を潰してしまうのだ。

 後は、リーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍をメレンテス平野で叩くことになる。

 上手くすれば、その過程でメルリッツアの姉君を助けることもできるだろう。

 そう説明すると、ドードリアン公王やディーデッツ将軍はニヤニヤしながら大筋で合意してくれた。

 まあ、基本方針なんてこんなものだ。

 俺の希望としては、自分たちが戦場に到着した時、リーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍がもっと疲弊してくれていれば楽なんだけどな。

 もう間もなく帝国との国境線だ。

 ディーデッツ将軍旗下の3万の兵力と合流し、帝国領へと進出しようじゃないか。

 ああ、そういえば、これで力が無くて商会を潰して、違法薬物を帝国国内にばら撒くことしかできなかったリスティング・ロスマイン侯爵令嬢とティリアーヌ・ストロガベル辺境伯令嬢の敵討ち、これで何の躊躇いもなくできるじゃないか。

 俺の中にドス黒い復讐の火が灯ったのを感じた。

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