第33話 隠し子、戦後処理と内心と

 ラングマール帝国軍との国境線地帯での戦闘は、ルークセイン王国軍の圧勝に終わった。

 今現在は、戦後処理の段階だ。

 帝国軍で生き残っているものは少ない。

 例外があるとすれば、ディーデッツ将軍ぐらいだ。

 いや、ほんと強かったわ。

 殺すより降伏してもらった方が、被害が少ないんだがらなぁ。

 ただ、問題もある。

 捕虜とした女性達のことだ。

 ラングマール帝国がオブライエン王国侵攻戦において、劣勢を覆すために行った浸透作戦。

 敵陣、若しくは軍司令部や都市部に密かに入り込み、破壊工作や暗殺を夥しいほど行ったとされているが、その多くが実は<胡蝶>と呼ばれる女性兵や少女兵であったという。

 その女性兵達は、暗殺術を始め、破壊工作や情報操作に必要なテクニックなど多岐にわたって特殊訓練を施されていた。

 特に恐れられたのが、男を篭絡するための性愛術だ。

 これに掛かってしまえば、どんな強固な貞操観念を持つ男性だろうとも陥落するとまで言われた。

 そして、睦ごとの最中に殺されるのだ。

 本来、そういった宿では、殺傷沙汰が起きないように刃物などは置かれていないのが普通だ。

 だが彼女達は刃物を持っていたのだ、自らの女性の中に。

 オブライエン王国侵攻戦が終了し、十数年経った今になっても、帝国兵の中で一番警戒しなければならないのがこの<胡蝶>と呼ばれる女性兵だと言われている。

 今回のルークセイン王国領内での戦闘において捕らえられた女性騎士や侍女達、そして国境線にいた帝国軍には帝国の村々から攫われてきたらしい女性(娘)達が多くいた。

 その中に<胡蝶>が居ないとも限らないので、徹底的に身体検査が行われる。

 例えそれが皇女であろうともだ。

 <胡蝶>という呼び名は、元々貴族を相手する高級娼館に所属する娼婦達の中で最も美しく気品のある高級娼婦の事を指していた。

 理由は体の何処かに必ず胡蝶の刺青が彫られていたからだ。

 客側からすれば最上級の女性を抱いた証でもあるが、高級娼館側からすれば二度と俗世間には戻れないのだと女性に知らしめるための証でもあった。

 そんな由来のある名前だからなのか、<胡蝶>と呼ばれる女性兵にも体の何処かに必ず胡蝶の刺青が彫られていた。

 だから、身体検査は全裸で行われる。

 つま先から頭の天辺まで他人に見られたくない恥ずかしい処まで入念に調べられる。

 男も恋も知らない少女達には辛い検査になる。

 そんな理由もあってか、同じ女性が検査する方が心理的障壁が低いだろうということから、女性の兵士や騎士への採用が多くなったという一面もある。

 俺も一度だけこの<胡蝶>と呼ばれる女性兵や少女兵への身体検査がどのように行われるのか聞いたことがあるが……。

 えげつなかった。

 逆にえげつない身体検査をしなければならないようなところに胡蝶の刺青が彫られている。

 何でそんなところに彫るんだよ!と叫んだことがある。

 彫った奴、彫らせた奴は絶対異常性癖持ってんだろうと確信したほどだ。

 一般人と思える帝国女性に対しても身体検査をやるのは催眠暗示を施されている<胡蝶>がいる可能性もあるからだ。

 帝国軍の一部には、薬物使用を躊躇わないものがいる。

 そういった奴らが、自分たちで楽しんだ後の女性に薬物を使用し、催眠暗示をかけ自分の政敵や敵地に送り込むのだ。

 あとは、キーワードという引き金を引いてやれば、その女性は大量殺戮者へと変貌する。

 理由はわからないが、催眠暗示を掛けられた女性にも必ず胡蝶の刺青が施されている。

 剣を付きつけられ、裸になれと命じられ、四肢と体を固定され、ありとあらゆる処を調べられる。

 見えなければ広げ、捲られ覗き込まれる。

 身体検査が終わったとしても、それで終わらない。

 身体検査で胡蝶の刺青が無い事はわかっていても、無い事で疑いが残り続ける。

 催眠暗示がされているのではないか?

 胡蝶の刺青を入れずに実戦に出た兵士なのではないか?

 だから、物が隠せないように手枷をし、足鎖をつけ裸のまま移送される。

 ただ最近になって、違法薬物による中毒患者の治療薬が、催眠暗示を解く薬にもなるという研究結果が出たいた。

 まあ、偶然の産物だな。

 帝国の大商会であったビルホウッディー商会から盗み出した資料群の中に催眠暗示に使われている薬物成分表があったから判ったことだ。

 今回は全員に服用してもらい、経過観察する予定になっている。

 なって、いるんだが……。

 保護した女性の大半は、帝国の村々から攫われてきた女性(娘)達だ。

 彼女達の扱いについては、頭を悩ませている。

 女性(娘)達全員が、帝国兵達や帝国貴族共の慰み者になっていた。

 故郷に送り返したところで両親や村の人間が無事とは限らない。

 もし無事であったとしても彼女達がどんな目にあったのかは、村の男達もわかっているだろう。

 そうなると待っているのは、結婚もできず、幸せな家庭を築くこともなく、村の男達共有の慰み女だ。

 帰りたくはないだろう。

 だからといって、こちらで保護するにしても、宿泊施設や仕事など用意するべきものが多すぎる。

 「エル様」

 身体検査を行っている天幕からシルフィスとリリアーシュが出てくる。

 シルフィスもリリアーシュも顔色が悪い。

 まあ、あのえぐい身体検査を見れば、そうなるのも仕方がない。

 「二人ともご苦労様。 で、どうだった?」

 「一応、全員シロでしたが、例の薬は全員に服用っしてもらいました」

 「そっか……。 経過観察はしっかりとしてほしい。 せっかく助けたのに死なれちゃ後味が悪い」

 「わかりました。 そう伝えておきます。 あと彼女達は、その……。」

 「服のことか? 全員抵抗せず検査を受けたのだろう? なら最低限の服は提供してやれ。 戦場ではそれで精一杯だ。 シルフィス、リリアーシュ、あとで相談がある」

 「「はい」」

 俺はその場をシルフィスとリリアーシュに任せて、副将に帰還の準備に入るよう指示を出しにいく。

 全くもって今回は運が良かった。

 降伏したディーデッツ将軍が、皇帝からの親書を持っていたこと。

 その上で、あの背中合わせで戦った女性騎士が、ラングマール帝国皇帝ヨークメルシャーの娘で第三皇女のメルリッツア・ラングマールであることも証明されたことだ。

 俺としては、ため息しか出ない。

 くそ狸親父こと、アルスティン公国公王ドードリアンの思惑通りじゃないか。

 ただ、ドードリアン公王の思惑通りにいっていないこともある。

 50人近くいる村々から攫われてきた女性(娘)達、そう生きていたのが50人近くなのだ。

 確認できただけで他に262人の女性(娘)達が攫われてきていた。

 6千もの兵達の相手をさせられていたのだ、遺体はどれも無残なものだった……。

 生き残った50人近くの女性(娘)達が王都に着くまでに何人が生き残れるのか……。

 その後、シルフィスやリリアーシュと話し合って、彼女達を王太子離宮で当面療養してもらうことに決め、王太子離宮にいるロミティエへと手紙を送る。

 第三皇女のメルリッツア・ラングマールは、身体検査の後しばらくショック状態だったが、今は元気を取り戻している。

 行きは一週間と掛からなかった道行を、今は2週間以上かけて王都に向かっている。

 王宮に着いたら、シルスーン達の軟禁を解かなきゃな。

 やることが段々と増えてくる。

 王宮に戻ったら報告書作成しないといけないし、第三皇女のメルリッツア・ラングマールと婚約しなきゃならないし、ああ、婚約は確定じゃないか、親書の内容次第かな、女性(娘)達の療養と住むところと仕事の斡旋か……。

 色々あり過ぎて、気分が滅入ってくるな……。

 王都の酒場で馬鹿騒ぎして、酔っ払って、兎に角ぐっすりと一人で眠りたい。

 ああ、女でも抱けば気分が晴れるかな。

 自らの手を血で穢すことに躊躇いはない。

 結果として大切な者達を守れるのだから。

 だが、今回はその大切な人達まで殺そうとまで考えた。

 そして、政治のために自らに課した報復のルールを捻じ曲げた。

 それが更に俺の大切な者たちを守ることに繋がるとしても。

 死んだ人間はもう戻ってこないのだから……。

 喪って自分の思いがどれほど強かったのか、自覚させられた。

 俺は、王家の血を引くが正式な王族ではない。

 本来なら、一生表に出ることなく、静かに消えていくだけの存在だ。

 喪ってしまった者達によって、俺は表舞台へと引っ張り出された。

 傍には、シルフィスが居た。

 国を無くした姫君、俺が守らなくてはと密かに決意した。

 その一方で、これで堂々とアリスティアに会えると思ったのも事実だ。

 アルフリードが死んだのだから、アリスティアと結ばれるかもしれないと密かに思っていた。

 しかし、思いは裏切られた。

 アリスティアは、すでに死んでいた、殺されていた。

 俺がのうのうと隣国で留学生活を送っていた時に、絶望の末に殺された。

 それからだ。

 急に守るべき者達が増えた。

 シルフィス、ロミティエ、エリスティング、リリアーシュ、シルスーン、みんな俺なんかには勿体無いほど素敵な女性達だ。

 だから、彼女達を守りたいと思ってやってきた。

 だが最近は、自らの手を血で穢したあと、大切な者達に触れるのが怖いのだ。

 だから、俺は彼女達に触らない。

 俺が触れたら、敵に狙われてしまうから。

 それでも、ランゼを始として複数の女性と一度とはいえ関係を持っているのだから度し難い。

 彼女達は下級貴族だから? 簡単に切り捨てられるから? だから関係を持ったのか?

 違うだろ、爵位に関係なく素敵な女性達で、大切な友人達で、辛いことがあって挫けそうになっていた彼女達がまた輝けるように関係を持ったんじゃないのか。

 しっかりしろよ、俺。

 「エル様、王都が見えてきました」

 リリアーシュが声をあげる。

 その声を聞いて、俺も周りの兵士達も視線をあげる。

 「そうだな、王都だ」

 俺はリリアーシュに返事を返す。

 リリアーシュも周りの兵士達も笑顔だった。

 だが、俺だけは疲れた笑みしか浮かべることができなかった……。

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