第34話 隠し子、悩む(そして、裏側で蠢く策謀)。

 王都へ帰還してから二週間後、俺とラングマール帝国メルリッツア・ラングマール第三皇女の婚約は、問題なく成立した。

 ディーデッツ将軍は、メルリッツア・ラングマール第三皇女の後見人としてルークセイン王国に滞在することとなり、客将扱いでルークセイン王国軍の育成に当たってもらうことになった。

 まあ、一部反対はあったが、ルークセイン王国軍が精強になれば、メルリッツア・ラングマール第三皇女の安全がより確実になるのだから、ディーデッツ将軍としても悪く無い話だろう。

 他方、近年においては些か規模が大きかった、ラングマール帝国・ルークセイン王国国境線における軍事衝突でのラングマール帝国の敗北により、ただでさえ薄かった国境線の帝国側防衛戦力が更に薄くなり、ラングマール帝国領からの亡命者や領地を逃げ出してきた領民が少しずつ増えてきている。

 そういった者達からの話によると、帝国国内ではリーブシュタット公爵派閥の軍とルクツバーレフ侯爵派閥の軍の一部で小競り合いが起こっているらしい。

 皇帝陛下がご存命中だというのに、何をしているんだか……。

 あ、一応義理の父、奥さん候補のお父さんだからね。

 敬語で話すようにしてますよ。

 だって、リーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵と同列に見なされたくないもの。

 このままエスカレートすれば大規模な内乱に突入するのは確実とみられていた。

 王太子離宮においては、一月近く軟禁状態に置かれていたシルスーン達を解放して、シルスーンとシルスーンに近しい人にだけ事情を説明した。

 シルスーンには、ルークセイン王国でここ数年に起きた事件を事前に説明してあったため、それらの事件の発端となったアルフリード王太子暗殺事件が、自分の父親であるアルスティン公国公王ドードリアンが指図したものだと知って驚くと同時に、泣きながら謝罪された。

 そして、自分の父が何を考えてアルフリード王太子暗殺を指示したのかも。

 話を聞き終えたシルスーンは、すぐにでも父親が滞在している迎賓館に向かおうとしたが、それは俺が止めた。

 シルスーン達に俺は正直に話した。

 大切なものを守るために、敵対したものには徹底的に報復してきたことを。

 アルスティン公国から来たシルスーン達を始め、公王ドードリアンをも殺すつもりだったということを。

 シスルーン達は、俺にとって大切な人達である事を。

 大切な者達を守るために、大切な者達を殺すという矛盾を。

 自分はとんでもなく強欲なんだと。

 だから、アルスティン公国公王ドードリアンの大望に乗ったのだと。

 そしてそれはアルフリード暗殺を指示したドードリアン公王やアリスティア殺害を指示した貴族たちと何ら変わらないのだと。

 だから、その罪は俺が背負っていくから気にするなと。

 シルスーンに話しながら、気が付いてしまった。

 自分はいつまでただの貴族でいるつもりなのだろうかと……。

 メルリッツア・ラングマール第三皇女とお付きの侍女10名も、王太子離宮に住むことになった。

 王太子離宮が、女性ばかりになってるんだけど……。

 そして、最早恒例となりつつある夜の監視という名の『王太子との添寝の会』&『婚約者同士親睦を深めようの会』が今晩から復活するらしい。

 命名は俺だ。

 何回でも言おう。

 手を出すな!と厳命した正妃様よ、あんたは鬼か!

 考えてみてくれ、すごく綺麗で可愛い女性が6人だぞ。

 寝間着姿で俺の寝室に来て、一緒に寝る!

 本当に寝るだけなんだが……。

 少し手を伸ばせば、柔らかな肢体があるんだぞ!

 しかも、寝間着の隙間からいろいろ見えるんだぞ!

 我慢なんかできるか!

 何を企んでるんだか……、はぁ。

 「ハイ、始まりました『皇太子との添寝の会』&『婚約者同士親睦を深めようの会』、今日から参加されるのはメルリッツアさんです」

 わ~、ぱちぱちぱちと拍手が俺の寝室から聞こえてきた。

 俺は今自分の寝室のベランダにいる。

 寝室には、シルフィス、シルスーン、メルリッツア、ロミティエ、エリスティング、リリアーシュの六人が紅茶を飲みながら談笑をしている。

 メルリッツアは初めての参加なので、羞恥で赤くなっていて、緊張でガチガチになっている。

 そういえばシルスーンも最初の頃あんな感じだったなと懐かしく思う。

 右手には、今日はワインではなく、ブランディーを注いだグラスが握られている。

 酒の肴に用意したナッツ類を摘まみながら、ブランディーをちまちまと飲む。

 食道を通り過ぎ胃に広がる熱、そして口から鼻に抜ける香りを味わう。

 本当なら、一緒に寝室にいるのだが、今日は少し遅れると言って嘘をついた。

 部屋の中から見えない位置に毛布とブランディーの酒瓶、グラス、酒の肴のナッツ類を持ち込んで、彼女達が来る前に一人で酒盛りを始めていた。

 夜になると多少寒いが、空に浮かぶ星たちが綺麗で見ていて心が和む。

 それに香りの良い旨い酒があるなら最高だ。

 それに窓は閉めてあるから、室内でよほど大きな声を出さなければベランダに聞こえることはない。

 何故こんなことをしているのかと言うと、一人で考える時間が無いんだよ。

 普通さ、何か悩みがあるとさ、ベットに入って寝落ちするまでの間、あ~でもない、こ~でもないと頭悩ませながら考える時間ってあるじゃないですか!

 あるよね!

 でも、私には無いのです。

 そう! 『王太子との添寝の会』&『婚約者同士親睦を深めようの会』のせいで!

 考え事出来ないんですよ。

 昼間は政務とかあるしで、夜ゆっくり考えたいんです。

 で、夜は夜で部屋にいないと大変なので、嘘ついてベランダにいます。

 真面目な話、俺は領主になる勉強しかしてきていないし、騎士として指揮官として戦場に出るための訓練しかしていない。

 だから、国を治めるために必要な教育を受けていない。

 アルスティン公国に留学したのだって、アルフリードが王太子になって着実に王位を継ぐ準備が進んでいる中、国王の血を引く隠し子がいましたなんて知られたら暗殺される可能性や政治的混乱の可能性が高いからだ。

 本音を言えば、アリスティアとアルフリードの仲睦まじい姿を見たくないからだが。

 だから、そのままアルスティン公国に居ればいいと思ってたし、ちょっとした意趣返しに王家の子種をアルスティン公国のあちこちにばら撒いちゃえって思ってもいたし、事実複数の下級貴族子女と関係を持った。

 まあ、シルスーンの侍女として付いてきちゃうとは思わなかったけど……。

 因みにシルフィスとシルスーンは知らないと思う。

 確信が持てないのは、こういうことって女性は勘が鋭いからだ。

 関係を持ったとき、彼女達は俺がルークセイン王家の隠し子とは信じていなかったはずだし、ただ一夜の夢のようなものだったはずだ。

 話がずれたので、本筋に戻そう。

 今現在に至るまで、王位を継ぐ教育はなされていない。

 今回の件は、為政者として正しかったのか……。

 譜代の家臣もいないから、相談することもできやしない。

 一体この先どうしたらいいのだろうか。

 エルフリーデンが寝室のバルコニーで酒を嗜みつつ悩んでいる頃、王城の会議室では、ルークセイン王国ハルクルイード陛下とエルメデス正妃殿下、ランカスター公爵、ロスマイン侯爵、ストロガベル辺境伯、ルーシャン伯爵婦人ミルレーン、アルスティン公国公王ドードリアン公王とゼン侯爵、ラングマール帝国軍ディーデッツ将軍が一堂に会して話し合いが行われていた。

 「全く、いくら私が『手を出すな』と言ったとはいえ、本当に手を出さないなんて……」

 エルメデス正妃が呆れるとばかりに愚痴をこぼす。

 「それに関しては、私達も意外でしたよ」

 「アルスティン公国での留学時には複数の貴族子女に手を出しておるのにのう」

 「まあ、そのお陰でメルリッツア皇女も同じスタートラインに立てたわけですから良かったとしか言えませんが」

 「じゃが、これから先は手を出してもらわんと話が進まん」

 「まさか薬を盛るわけにもいきますまい」

 「本当に男女の仲はままならぬものよ」

 「悪ぶってはおるが、ヘタレじゃのう」

 「「「「「「「「「本当に」」」」」」」」」

 ドードリアン公王の言葉に全員が同意した。

 「これから訪れる戦乱の世においては、帝王教育なぞ邪魔なだけじゃ。 人を引き付ける者、常識に取らわない柔軟な発想のできる者でなければ誰もついてこん。 それを婿殿はまだ理解しとらん」

 「して、オーギュストーン公爵の方はいかがな按配かの」

 「父であるオーギュストーン公爵からの報告では、好感触のようです。 ただ、新国王の力量を見極めさせてほしいとの要望が出ております」

 「で、あろうのう。 儂とて早く轡を並べて戦場に出たいものじゃ」

 「公王陛下もそう思いますか? 実は儂もです。 年甲斐もなくワクワクしておりますよ」

 そうして会議室では、今後どのように行動するか、詰めの協議がなされていた。

 王城の会議室で謀がなされているのを知らないのは、エルフリーデンと婚約者達、その関係者だけであった……。

 寝室の明かりが消えた。

 なかなか戻ってこない俺を待ち切れず、誰かがうとうとし始めたのだろう。

 それで今日は、俺が居ないけどお開きになって眠りについたのだろう。

 彼女達にはちょっと悪い事をしたかな?

 多少罪悪感が胸をチクチクと刺す。

 少し寒くなってきたので、毛布を羽織り、グラスにブランディーを注ぎたす。

 考えても答えは出ない。

 王族に戻り、王子としての立場を確立してから教育が始まると考えた方が都合がいいか……。

 諦めともとれる結論に至り、グラスの中のブランディーを一気に喉に流し込む。

 食道が、胃がアルコールで焼けるように熱くなる。

 このまま悩みも何もかも燃えてしまえばいいのにとエルフリーデンは思いつつ、回り始めた酔いに身を任せて目を瞑ると、落ちるような感覚と共に眠りに落ちて行った。


 

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