第35話 隠し子、婚約者に手を出さざるを得なくなる

  寝室のベランダで朝を迎えた日からすでに一週間が過ぎた。

 あれから自分の寝室には帰っていない。

 彼女たちにとっては本当に迷惑でしかないのであろうが、アルスティン公国留学時代に親しくなった下級貴族令嬢であり現シルスーン公女付き侍女でもある友人達五人のそれぞれの部屋で日替わりで休ませてもらっていた。

 自分の行動が子供じみていて嫌になってくる。

 だが、考えても考えても答えは出ない。

 それならばと、彼女達に寝物語として話を聞いてもらっていたら異口同音に言われた。

 「「「「「好きなように思った通りにやればいいんじゃない? 常識や慣例が何? 政治とか私達にはわからないけど、辛くなったらエル君を支えたり、慰めてあげることぐらいは出来るよ? それとも私達じゃ頼りない? あの時助けてくれた恩返しぐらいさせてよ、ねっ!」」」」」

 ハイ、十分に慰められましたし、搾り取られました。

 次の日の朝の彼女達の肌艶ときたら、キラキラで眩しかったくらいです。

 なんで容赦なく搾り取ったんだと聞いたら、彼女たちが恨みがましい目線を俺に向けながら言いました。

 「エル君ってさ、確かに親身になって私を助けてくれて感謝してる。 一生返しきれない程の恩も感じてるし、一生掛けても返したいとも思ってる。 でも、一つだけ許せないことがあるんだよね。 私の、ううん、私達の心を奪っておきながら、責任も取らずに自分の子供を私達に産ませようとしたでしょ! 言ってくれれば子供ぐらい……。 じゃなくて、今はある意味、責任を取らなきゃいけない立場になって、あの時とは立場が変わったんだから覚悟しないさいよ。 姫様達には大変申し訳ないけど、先に子供産んであげるからね」

 留学時代に種をばら撒こうとした仕返しだそうです。 

 本当、ごめんなさい。

 しかも、婚約者達に対する宣戦布告付きだった……。

 だけど、うん、彼女達のお陰で迷いが吹っ切れた。

 俺は、俺なりの王子に、そして王になればいいんだ。

 良し! 頑張るぞ!

 と、いきこんだまでは良かったんだけど……。

 最初にやることが、自分の寝室で『王太子との添寝の会』&『婚約者同士親睦を深めようの会』に一週間も出なかったことに対して憤慨している婚約者六名を宥めることだった。

 特にメルリッツア皇女とは婚約してから一度も『王太子との添寝の会』&『婚約者同士親睦を深めようの会』を共にしていない。

 だからなのか、メルリッツア皇女がすっかり意気消沈してしまっていた。

 「エル様、この一週間、寝室に戻らず一体どこにいらっしゃったのですか?」

 シルフィスからの厳しい追及にどう返答したものか。

 まさか、シルスーンの侍女達のお部屋にお泊りしてましたとは言えないよな。

 だって、『姫様達には大変申し訳ないけど、先に子供産んであげるからね』なんて発言してる彼女達なんだから、下手したら婚約者6人vs侍女5人の女の戦争になるかもしれないので、適当なことを言って誤魔化そうとしていたら、突然寝室の扉が開いて、シルスーンの侍女達五人が入ってきてしまった。

 「やっぱり予想通りだったね。 ジェニー」

 「まあ、エル君もエル君だけど、姫様達にも問題ありかな? これは」

 そう言って腰に手を当てて呆れているのは、ジェニファー・コーラル。

 五人いるシルスーン公女付き侍女達のリーダーだ。

 「ジェニファー! ここはエルフリーデン殿下の寝室よ。 他の四人を連れて早く部屋に戻りなさい」

 シルスーンが侍女達に退室を求めるが、出て行く気配が無い。

 逆に挑発するような笑みさえ浮かべている。

 「シルスーン様、それはできません」

 「ど、どうしてよ?」

 「だって、私達五人、エル様の夜伽にきたんですもの」

 ジェニファーの言葉に六人の婚約者達が凍る。

 「ちょっ、ちょっとジェニー、どうして来たの?」

 俺はびっくりして、ジェニーに問いかけた。

 「エル君……。 私言ったよね。 『姫様達には大変申し訳ないけど、先に子供産んであげるからね』って。 だから早速夜伽しに来たんだけど……。 部屋の様子を外から伺ってたら、姫様達があまりにもお子様過ぎて呆れちゃったよ。 まあ、エル君も悪いんだぞ。 いくら大切だからって、ちゃんと意思表示もせず、抱いてあげないから姫様達だってどうしていいか判らないんだからね。 それに私達の関係も姫様達に言ってないんだ?」

 「え? か゚、関係って……」

 誰かが言葉を発する。

 多分シルフィス達の誰かだろう。

 「私達五人は、エル君がアルスティン公国に留学していた時から肉体関係があったの。 この一週間は私達の部屋でたくさん愛してもらってたってわけ。 ああ、そういえばランゼさんもエル君と肉体関係あるよね?」

 「ジェ、ジェニー、それは秘密だって言ったじゃないかぁ」

 いつの間にか寝室にいるランゼが顔を真っ赤にしながら、ジェニファーに詰め寄ってポカポカと腕を叩いているが、本気で叩いているわけではないのでジェニファーに気にした様子はない。

 ああ、王太子離宮の警護についていて、ジェニファー達が俺の寝室に向かっているので、何かあったらってついてきたのか。

 「まあ、六人も婚約者が居て、抜け駆けされないように相互監視でエル君の寝室にいるんだから始末に負えないわ。 こうなったらエル君、今晩は六人の婚約者の純潔を奪っちゃいなさい」

 「ええ!?」

 ジェニファーの発言を聞いて、俺はただただ驚く。

 ジェニファーってこんな過激なこと言う子だったっけ?

 「私達も手伝ってあげるから、ね」

 「ねって言われてもなぁ、せめて初めての夜ぐらいは二人っきりの方が良くない?」

 「エル君がここまでヘタレだったなんて、意外すぎるわ」

 「おーい、それはいくら何でも酷すぎない?」

 「だって、ねぇ。 エリス、そう思わない?」

 「そうだねぇ~。 あの頃は五人いっぺんに可愛がってくれたりしてたのに、今は姫様達に、手も出していなかったなんて……。 ヘタレだね」

 「「「うん、うん、その通り、ヘタレだね」」」

 「ヘタレで結構だよ。 ジェニーたちの時だって最初のころはちゃんと一人ずつだっただろ」

 「ほほう、それを言ってしまいますか。 でもね、エル君は現実が見えていないようだねぇ~」

 「現実なら見えてるよ」

 「そういう意味じゃないんだけどなぁ。 じゃあ、これは知ってる?」

 「な、なんだよ」

 「ああ、エル君の婚約者である姫様達もよく聞いておいた方がいいよ」

 「単刀直入にいうとね、ルークセイン王家の血を引いているのは、何もエル君だけじゃないってこと忘れてるでしょう?」

 「そりゃあ陛下もルークセイン王家の血を引、い、て……。 まさか!?」

 「エル君は気が付いたみたいだね。 さすが女の子のことになると感が働くね。 さすがは女誑し。 でも、姫様達は気が付いてないみたいだよ」

 「これが現実が見えていないってこと、わかった? エル君」

 そう言われて、婚約者達の方を見ると……、ジェニファーに言われたことを理解しているようには見えない。

 純粋と言うか天然と言うか、言われた俺も頭が痛くなってくるんですけど……。

 「え? え? どういう事なの」

 「まだわからないの? 本当にエル君の婚約者なの? これじゃあ将来は平気でエル君のこと裏切るかもねぇ~」

 「エル君が寝物語で教えてくれた公王様の夢ってね、別に相手がエル君でなくってもいいんだよ。 だってルークセイン王家の血を引いている人はもう一人、国王陛下がいらっしゃるんだから。 エル君と姫様達が何時までたっても仲を深められない、子供を作らないなら、エル君を幽閉するか、紛争地域に派遣して、その間に国王陛下と子供を作らせれば良いんだ。 もっと言ってしまえば姫様達の意志なんて、あろうがなかろうが関係ないんだよ。 強力な媚薬を使えば自害も防げるから、良いこと尽くめなんだから。 今の所、エル君の才覚が買われてるからこんな茶番が許されてるけど、もうそうは言ってられなくなってきてるんだよ。 わかった? 姫様達」

 「因みに情報源はランゼさん、分析はアルスティン公国から来たお姉様たちだよ。 これでも現実が見えてるなんて言える?」

 「つ、つまり、エル様と仲を深められなければ、エル様を幽閉するか、紛争地域に派遣されて、その間に私達は薬を使われてハルクルイード陛下の子供を産むことになると?」

 「そういうことだね。 特にメルリッツア皇女はエル様に嫌われているみたいだし、祖国を救うためだけならば、ハルクルイード陛下のモノになる方がメリットが大きいと思うけど? デメリットとしては、一生ハルクルイード陛下の慰み者になって子供を産み続けるぐらい? ああ、他の姫様達も似たような立場にしかならないか。 で、生まれた子供はエル君の子供として育てられ、姫様達は厚顔にもエル君の妻としてエル君の隣に立つんだよ。 そんなの私達が許すと思う? 母子ともに殺すよ」

 ジェニファーが明るい声で説明していたが、最後だけは凍り付くような声だった。

 俺は、そっとシルフィス達の顔を窺うと、皆真っ青になっていた。

 っと、その前にメルリッツア皇女をフォローしとかないといけない。

 「俺はメルリッツア皇女を嫌ってるわけじゃない。ただ何時までも一貴族のように振る舞っていていいのか悩んでいた時期と重なっただけだ。 第一、知り合ったばかりで好きも嫌いもないだろう」

 「だってさ、良かったね、メルリッツア皇女さま」

 しかし、ジェニーが、ここまで怖いと思ったことはないが、嘘を言っているようには見えなかった。

 確かに、ハルクルイード陛下は昔、実の妹とさえ関係を持ったほどだ。

 それは心が壊れて、肉親でさえ道具として必要ならそこまでの事をする人物であることはまず間違いがない。

 迂闊だったな……。

 一番の敵は、俺達の上に立つ者達だったわけだ。

 「ジェニー、ランゼ、今ならまだ間に合うか?」

 「私達を心の底から虜にしたエル君が信じてくれるなら大丈夫だよ。 全力で姫様達を守るから。 その代わり、他の子達もちゃんと抱いてあげてね。 そのためにみんな公女様についてきたんだし、公国も家族も捨ててきたんだから」

 ジェニファーは微笑みウィンクしながら答えた。

 「ああ、わかった。 本当に俺には勿体無い良い子達だよ」

 俺の婚約者達の初夜の日程がこうして決まったのであった。

 婚約者本人たちの想いや気持ちを置き去りにして……。

 「やったね」

 「うん、これでやっと」

 「ちょっと怖いけど、わくわくする」

 一部、違う子達もいるようなのだが、わかってるのかな……。

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