第32話 隠し子、戦場で出会う(改稿第1版)
私は、ラングマール帝国皇帝ヨークメルシャーの娘で三女のメルリッツア・ラングマールといいます。
今私が居るのは、わが国と国境を接するルークセイン王国側に5キロ程進んだ平原です。
周りには、ディーデッツ将軍の率いる1千5百の兵達が円陣を組んで守りに付いてくれています。
私も重い鎧を付けて、馬に騎乗しています。
本来なら、この子にも休息とお水を与えるべきなのですが、予断を許さない状況に置かれているためそれもできません。
私の目の前の平原には、近くの砦から出てきたのであろうルークセイン王国軍2千がすでに陣取っています。
そして、私の後ろ、帝国国境の向こう側には、リーブシュタット公爵の軍とルクツバーレフ侯爵の軍がそれぞれ3千、合わせて6千の軍が此方を窺っています。
高齢の父が、私を国外に逃がすためにディーデッツ将軍やハルディス宰相と図って、最近国力が増強されつつあるルークセイン王国に対する示威行動を行うことが決定されました。
現在帝国国内では、姉上たちが嫁いだリーブシュタット公爵家とルクツバーレフ侯爵家が次期皇帝の座を狙って、何時軍事衝突してもおかしくないぐらいの情勢になってしまい、同時に私に対する暗殺未遂事件が頻発する事態になったための謀です。
この謀のどさくさに紛れてルークセイン王国へと脱出し、私は会ったこともないルーシャン伯爵家の長男エルフリーデン殿のところへ嫁ぐよう父に言われました。
最後まで父と姉上たちと一緒にいたかった……。
父も姉上たちも、『この国ももうお終いだから、お前だけでも幸せになりなさい』と送りだしてくれました。
でも、リーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵は許してはくれないようです。
ディーデッツ将軍が用意できた軍は補給部隊や、私の侍女達を含めても1千8百を少し上回る程度。
リーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵の軍は補給部隊を除いて6千を超えています。
そして、ここ10日程で私の中に芽生えたディーデッツ将軍への不信感。
こうしてルークセイン王国領内に侵入し、ルークセイン王国軍と対峙しているにも拘らず、一向に使者を送りだす気配もなく、後方にはリーブシュタット公爵やルクツバーレフ侯爵の軍が追い付いてきてしまいました。
これで、ルークセイン王国と密かに交渉することさえも出来なくなってしまいました。
それに、私や侍女たちを見る兵士達の視線が段々と悍ましいものになっている気がします。
私や侍女たちの顔や胸やお尻を舐め回すように見てくるのです。
侍女達もそれに気が付いたのか、酷く怯えています。
こうなってくると最悪の事態も想像せざるを得なくなってきました。
そういえば、去年の何時頃でしたでしょうか?
ルークセイン王国のランカスター公爵家令嬢アリスティア様が賊に襲われてお亡くなりになられたのは……。
噂では言葉に尽くせぬほどの酷い殺され方だったとか……。
私も侍女達もそうなってしまうのでしょうか……。
目に涙が浮んでしまいます。
こんなことじゃいけないのに……。
でも、もう限界です。
誰か私達を助けてください……。
ルークセイン王国の街道を帝国との国境線へと向かって爆走する騎馬が約30騎。
その中にエルフリーデンやシルフィス、リリアーシュの姿が見える。
国境線からの伝令が着いたのが既に1週間前のことになる。
もうすぐ軽騎兵隊4千がいる砦に付く。
護衛隊には、その砦に着いたら休息を取ってもらうとして、俺はすぐにでも4千の軽騎兵を率いて越境してきた帝国軍と対陣せねばならない。
相手の陣形にもよるが、それで交渉ができるかどうか、帝国軍の動きをある程度予測できる。
それにしても意外だったのが、リリアーシュだ。
それなりに鍛錬している護衛騎士達でも、この強行軍というのは疲れるというのに弱音一つ吐かないのだから凄いの一言だ。
それでも、疲労の色が強くなりつつある。
砦が見えてきた!
護衛隊には休息を命じて、俺は状況確認のため砦の指揮官や軽騎兵隊の指揮官たちの元へと急ぐ。
俺は各指揮官が集まっている会議室に通された。
「状況に変化はありません。 何度か王国領土から撤兵するよう勧告は出しましたが返答は有りません」
「国境線の帝国軍は約6千、内訳は騎馬隊が約2千、あとは歩兵です」
「こういった場合は通常近くの村や町を襲う筈、それをわざわざ国境線から5キロの位置で陣を敷くなど……一体何がしたいのか?」
「この5キロという位置が嫌らしいな、国境線にいる帝国の騎馬隊なら20分と掛からずに到着できよう」
結局のところ、各指揮官たちも帝国軍の行動の意味が計りかねているようであった。
「皆聞いてくれ、帝国軍は既に内部分裂を起こしているようだ。 次期皇帝の座を巡っての内戦はリーブシュタット公爵閥とルクツバーレフ侯爵閥の2大派閥のぶつかり合いとなる。 皇帝は第三皇女を逃がそうと画策したが、股肱の臣下にまで裏切られているようだ。 だが、こちらが帝国の都合に付き合ってやる必要はない。 帝国軍陣中内にいるかいないか判らない者を気にして、弱腰、弱兵と受け取られるのは本末転倒だ。 ただ、第三皇女を我々が殺したのだと喧伝されるのは、承服しかねる仕儀だ。 よって、敵陣中にいる女性指揮官、女性兵、侍女は悉く生きたまま捕らえよ。 女性に対する暴行、殺人は軍法に基いて処断する! 命令を徹底させよ。 その上で敵はすべて殺せ! 正面の帝国軍を殲滅後、国境線にいる帝国軍が動くならば、それも殲滅する。 いいな! 何か質問は?」
「殿下は何処で指揮を取られるので?」
「決まっているだろう。 最前線でだ。 国王陛下から全権を委任されているとはいえ私は若輩ものだ。 ならば、先頭に立って指揮を取らずにどうする。 では作戦を!」
基本方針を示してしまえば、あとは簡単だ。
現場にいる王国軍2千と砦から進発する元々砦にいた2千と増援の4千を合わせて王国軍6千、合計8千の兵力を持って帝国軍を追い払う。
もし女性がいれば捕縛する。
その捕縛した中に第三皇女がいれば、みっけものだ。
「では、出発しよう」
「「「「はっ」」」」
会議室から各指揮官が持ち場へと戻っていく。
それを見送りながら、自分も会議室から出ると、廊下にシルフィスとリリアーシュが待っていた。
「エル様」
シルフィスが声を掛けてくる。
作戦がどう決まったのか気になるようだ。
「帝国軍は殲滅する」
シルフィスとリリアーシュが、ハッと息を飲む。
「使者も送ってこない以上、いるかいないか判らない人物の事を気にするよりも目の前の問題を解決する方が先だ」
「しかし……」
リリアーシュとしては、万が一第三皇女が居た場合を危惧している。
「一応陣中にいる女性は、全員捕縛するようには厳命している。 運が良ければ、そこにいるかもしれないな。 捕縛した女性達の警護はシルフィスとリリアーシュ、あと王都から連れてきた護衛隊でしてくれ」
「「わかりました」」
「では、行こうか」
砦から6千の兵力が進発する。
とはいっても、国境線から10キロしか離れていないので帝国軍と対陣している2千の部隊と合流するのに対して時間はかからない。
各部隊が配置に付いた。
俺の横に今回の軍事行動で副将格としてついてくれた部隊長が、配置完了の合図をくれる。
俺はそれに頷き、副将と共に馬を帝国軍の前に進め平原に響き渡るように声を発する。
「帝国軍に告げる。 私は総指揮官エルフリーデン・ルーシャンである。 直ちに王国領内より退去せよ! 退去しない場合、実力を持って排除する! 返答はいかに!」
勧告を3度繰り返し、俺は帝国軍の陣中を見渡す。
少しでも変化がないかと目を凝らすと、陣の中央にある一際大きい天幕から出てきた者達が居た。
一人は男だ。
白髪交じりの偉丈夫、隣の副将も気が付いたのか俺に囁くように教えてくれた。
「あれは、ディーデッツ将軍ですね」
「間違いないか?」
「間違いありません。 ディーデッツ将軍は皇帝陛下の忠実なる家臣として知られています。 あの鎧の胸にある紋章がディーデッツ家のものと一致します」
もう一人は……、女性か?
フル装備の甲冑を着こんでいて、判別が付きにくいが、ディーデッツより頭二つ分は身長が低い。
ただ、足の運び方が女性のものだ。
「殿下! 後から出てきた騎士ですが、鎧の胸を見てください。 皇族を表す紋章があります」
「当り、か……、シルフィス! あれを」
俺はシルフィスを呼び、皇族らしき人物をみつけたことを伝える。
それから、ディーデッツ将軍が腰に下げた剣に手を添えて、此方ではなく自分たちの周りにいる自国の兵を睨み付けていた。
隣の女性騎士も同じように剣に手をかけて、周りを警戒している。
「敵の中にさらに敵がいるみたいだな。 ディーデッツ将軍と女性騎士が此方より周りを気にしている。 敵はどさくさに紛れて殺すつもりみたいだな」
「作戦通り、第一陣として俺と軽騎兵隊5百が突っ込む。 第2陣の軽騎兵隊5百と合同して中央へ、出来ればでいいから、あの人物を確保しろ」
「はい」
「副将、俺が馬を降りても慌てるなよ。」
「了解です。 ご武運を」
「時間だ」
再び俺は敵陣に向けて声を張り上げ通告した。
「返答もできぬとは、帝国軍も落ちぶれたものだ。 ならばこれより実力を持って貴殿らを排除する。 突撃!」
軽騎兵隊の第一陣が声を張り上げ、帝国軍陣地に対して突撃を開始する。
俺もその先頭に立って馬を走らせる。
すでに剣は抜き終えている。
あっという間に迫る敵陣の先頭、防衛に当たっている兵士の顔が良く見える。
速度を落とさぬまま、ルークセイン王国軍の軽騎兵隊の第一陣が帝国の円陣と激突する。
まともな指揮も取られていないようだ。
遅ればせながら、迎撃の命令が出るが何の役にも立たない。
何故なら普通返答を待つ場合、かなり時間を置く。
相手の返答の時間を考慮してだ。
だが、何回も王国領内から出ていけと言っているにも拘らず、無視し続けるのだから、こちらも返答の時間を与える必要もないと判断した。
今回も無視していれば勝手に引っ込むと思っていたのだろう。
だが今回は、行き成りの攻撃だ。
指揮官からの命令が間に合わなかったのだ。
突撃した第一陣の騎馬隊が陣形に穴を抉じ開けに行く。
その時俺は見た。
帝国軍の歩兵の一部がディーデッツ将軍と皇族らしき女性騎士に襲い掛かろうとしているのを。
そこに第二陣の軽騎兵隊が突撃を掛ける。
歩兵部隊は、帝国軍が騎馬隊に蹂躙されているうちに展開し、包囲陣を敷く。
包囲網が完成したのを確認した俺は、馬を降り白兵戦に移る。
円陣の中心、ディーデッツ将軍と皇族らしき女性騎士に近づいていく。
ディーデッツ将軍と皇族らしき女性騎士は味方と思われた帝国兵に襲い掛かられている。
帝国兵が、斬りかかってくるのを除け、斬り捨てる。
全身返り血で赤く染まる、ベタベタして気持ちが悪い。
前に立ちふさがる兵を次から次へと切り伏せていく。
「エル様!」
どうやらシルフィスとリリアーシュも追いついてきたらしい。
ディーデッツに揺らぎはないが、その隣の女性騎士はそれほど実戦経験が多くないらしい。
徐々に力負けしだしている。
急がないとこのままではまずい。
敵の歩兵が邪魔だ。
斬っても斬っても前に現れてくる。
「きゃあ」
声が聞こえた方に目を向けると、尻もちをついてしまっていて、敵に斬られそうになっていた。
ディーデッツも女性騎士に近づこうとしているが、あいだに敵兵が多すぎて間に合いそうにない。
「この!」
俺は右手に持っていた剣を、今にも剣を女性騎士に振り降ろそうとしている兵に向けて投げつける。
運よく剣が敵兵の背中に当たって体勢を崩す。
その隙を逃さず女性騎士は敵を斬り倒した。
俺は敵兵から剣を奪って斬りつけながら、女性騎士の元へ急いだ。
そして、女性騎士の元にたどり着き声を掛けようとした途端、その女性騎士に斬りかかられた。
「おいおい、なんてじゃじゃ馬だ。 助けてやっただろうが!」
「なにをいうか、王国軍の兵士風情が!」
おいおい、行き成り斬りかかってくるとか勘弁してくれ。
あっ、でも、結構可愛い声だし、青い瞳も綺麗なもんだ。
誰が敵で誰が味方かわからないからな、この反応も仕方ないだろう。
「後ろからくるぞ」
視界の端から斬りかかってくる敵兵を教えてやる。
「斜め後ろ!」
女性騎士が視線を向け、教えてくれる。
呼吸を合わせるがごとく、二人して振り向きざまに敵を斬り伏せる。
こんな戦場の中で敵味方で背中合わせになるとはね。
「ところでお前さ、第3皇女?」
「無礼者、まずは貴様から名乗るものだろう」
「あれ? 聞いてなかったの? 俺はエルフリーデン・ルーシャン。 一部では女誑しらと呼ばれているらしいな」
また一人斬りかかってきた敵を切り捨てる。
「えっ?」
何をそんなに吃驚してるんだ?
そんな暇あったら、一人でも多く敵を斬り倒せよ。
「「エル様!」」
「おう、シル、リリー、こいつを頼む」
「お、おい!」
「了解、女誑し」
「シル!? 違うからね」
「今自分で言ってました」
「ああ、もう、後は頼む」
「「はい」」
私ことメルリッツア・ラングマールは、訳が分からなかった。
不信感を抱いていたディーデッツ将軍から、今の部隊のほとんどがリーブシュタット公爵とルクツバーレフ侯爵の息のかかった兵士達であることを知らされた。
ディーデッツ将軍も今や迂闊に動くことができない状態だということも話してくれました。
とにかく生き残ることを最優先にしないと、そう思っていたとき天幕の外から声が聞こえてきました。
「帝国軍に告げる。 私は総指揮官エルフリーデン・ルーシャンである」
ディーデッツ将軍と顔を見合わせ、慌てて天幕の外へ出ます。
王国軍の先頭に立ち、口上を述べています。
あの人が、私の夫になる人?
すると周りから私達に襲い掛かろうとじりじりと近づいてくる兵達。
「返答もできぬとは、帝国軍も落ちぶれたものだ。 ならばこれより実力を持って貴殿らを排除する。 突撃!」
え? 返答も待たずに突撃!?
円陣の外側から騎馬による突撃が開始されました。
それと共に裏切り者たちが、私とディーデッツ将軍に襲い掛かってきます。
最初のうちはよかったのですが、ディーデッツ将軍とは分断されてしまい、複数の敵を相手にしなければならず、段々と力負けしていきます。
鍔迫り合いで力負けして、突き飛ばされ、尻もちをついたところを斬られそうになったとき、兵の背中に剣が飛んできて当たります。
体勢を崩した兵を斬ると、目の前に王国の軍服をきた男性がいました。
何か声を掛けようとしていたようですが、問答無用とばかりに斬りかかります。
だ、だって全身血塗れで目がとても怖かったんです!
そして、後に彼がエルフリーデン・ルーシャン本人であることを後から来た女性騎士達二人に教えられたのでした。
た、たすかりました。
改稿第1版 読者様の指摘により、視点変更部分を改行しました。
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