第5話 隠し子、決意する
次の日
前日の夜にシルフィスと話し合い、悩んだ末に王子となることに決めた。
とか、カッコイイこといってるけど、他に選択肢がないという事実を再認識しただけというのが情けないところだ。
まだ、王太子になる!と意気込めないところが情けないが……。
シルフィスからは、「王太子にはならないのですか? 私まで引きずり出しておいて、せ・き・に・ん取ってくださいね」とにっこり微笑まれました。
怖い。
問題も山済み、どれだけ俺たちの要望を飲ませるかが今後の鍵となるだろう。
俺達が案内されたのは、城内にある比較的小さな会議室だった。
隣には、メイド服ではなくきちんとしたドレスを纏ったシルフィスが立っている。
正面には国王陛下であり、俺の父親であるハルクルイード国王陛下が、向かって右には正妃であるエルメデス正妃殿下が国王陛下と並んで座っている。
陛下の左隣にはこの国の行政を担う宰相であるロスマイン侯爵。さらに正妃の左隣にはランカスター公爵、さらにその隣にストロガベル辺境伯が座っていた。
俺の目の前に座るお歴々は、俺の隣に立つシルフィスに対して怪訝な目を向けていた。
彼らにとってシルフィスは、あくまで俺の侍女という立場だとしか認識していないのだろう。
「エルフリーデンよ、これから重大な会議を行う場に侍女を連れてくるとはどういうことだ。
すぐさま、侍女を退席させよ。 衛兵!」
会議室の扉の両サイドに控えていた衛兵二人が、シルフィスを無理矢理退室させようと肩に手を掛けようとした瞬間、俺は衛兵の手を掴んでもう一人に衛兵に向けて投げ飛ばした。
「「「なっ!」」」
「控えよ、下郎が! 例えこの国の衛兵であろうとも、この方に気安く触れるものは容赦せぬ!」
「狂いおったか? エルフリーデンよ」
「狂う? 狂っておられるのは国王陛下方の方であろう。 この方が何方かも存じ上げないとは、お会いしたこともあろうに恥を知られよ」
「よい、エルフリーデン殿よ。 ルークセイン王国ハルクルイード陛下、ご無沙汰しております。 今は亡きオブライエン王国第一王女シルフィス・フォン・オブライエンでございます。
お忘れですか?」
「なっ!」
オブライエン王国、大陸西方に比類なき広大な領土を持ち発展と繁栄を極めた巨大な国。
大陸で最も古く尊き血統を誇る王家が、驕ることなく行なってきた政治は平民や貴族からも熱烈に支持されるほどであった。
当然、帝国との戦争においても上は国王、貴族から下は平民、奴隷に至るまで団結して最後まで抵抗したほどだ。
帝国との戦争で敗れはしたものの、その後の帝国が対外領土拡大戦争を全くできなくなるほどの損害を与えた強国だ。
帝国は侵攻軍の総兵力五十万を誇称して自信満々にオブライエン王国に攻め入ったが、侵攻軍が被った損害は四十万を超えたとされる。
帝国は国境兵力を最低レベルにまで落として、増援軍七十万を送り込んだが決定的な勝利を得ることができなかった。
逆にオブライエン王国は伸びきった帝国軍の兵站に多大な負担を掛けて、帝国の戦争経済をも破綻させかけたほどだ。
帝国は戦場での勝利が難しいと判断したのか、徹底的な浸透作戦に切り替えた。王国が戦場で帝国に勝利しても、王子達や軍略にたけた軍指揮官が次々と暗殺されると形勢は次第に逆転していった。
それでもなお、オブライエン王国は抵抗を続け、最終的に帝国軍の軍門に下るわけだが、帝国上層部は最終的に得た勝利とそれまでに受けた損害を比較して戦慄し背筋を寒くした。
それはそうだ。
帝国軍が最終的に送り込んだ総兵力は百三十万人以上に上り、うち戦死者七十万人超。傷病者四十五万人にも上った。
実質的に侵攻軍は全滅したとも取れる数字であった。
他方、この戦争にかかった費用は七兆帝国クランに上り、帝国年間予算のおよそ三十年分に相当するといわれている。
その後も、戦死した軍人への軍人遺族年金も天文学的な額に上るとみられ財務関係者を戦慄させた。
結局、この戦争で帝国が得たものは、荒廃し尽した元オブライエン王国領土と天文学的な戦時債務と回復不可能なまでの人的損害だけだった。
後にオブライエン王国は、『最も尊き王国』として大陸中から尊敬を集めることとなるが、それはオブライエン王国で生き残った人々が五桁に届かないことにも依るのだから、老若男女すべての国民が何らかの形で参加した凄まじい戦争であったことがうかがえる。
そのオブライエン王国の人間に失礼を働こうものなら、大陸中の非難を浴びることになるのは間違いなく、さらには王族の最後の生き残りであるのだからどれくらいの非難になるかは想像もつかない。
国王陛下たちの驚きは大きいものだった。
実は、昨夜のうちに、シルフィスと話し合いシルフィスの身分を明かすことにした。
どの道、俺が王子になったら後ろ盾として公爵伯爵辺境伯三人の令嬢が婚約者になる。
そうなると、俺と親しいシルフィスは邪魔だと考える輩が必ずでてくる。
ならば、先にシルフィスの身分を明かして先手を打ってしまえばよい。
そうすれば、シルフィスの身の安全も図ることができるようになる。
アルスティン公国の公王がどう動くかわからない以上、ある程度の発言権を確保しておくことは自分たちにとって有利に働く。
何故、同盟国でもあるアルスティン公国を俺が警戒しているかというと、アルスティン公国公王ドードリアン公王には一人娘のシルスーン公女しかいない。
公女もあと数年もすれば、成人を迎える。
にも拘らず、後継者指名をしていないのだ。
つまり、現公王が死去した場合、誰が次の公王になるか分からないのだ。
血筋的に言えば、公女が最有力だろうが、公王には血を分けた弟もいる。
そのどちらかが後を継ぐことになるにしても、揉めるのは目に見えている状況なのだ。
何度か夜会などに参加したことがあるが、俺から見たらあれは『肉食の狸親父』だと思う。
隙を見せたら喰われると思うくらい怖い御仁だ。
俺が思うに、シルフィスの正体にも気が付いている節が見受けられたしね。
でも、これでシルフィスも俺の許嫁の一人となってしまう。
シルフィスがどう思っているのか分からない以上、大変申し訳なく思うのだが、シルフィス曰く「ちゃんと口説いてくださいね、女誑しのエルフリーデン殿下」と言われてしまった。
いや、だから女誑しと言わないでください。
「女性四人もいっぺんに口説けませんよ、俺は」
「もしかしたら、五人になるかもしれませんね」
シルフィスはさも楽しみだとばかりにクスクス笑っている。
隠し子が王子になって、王太子になるより女性五人を同時に口説くほうが俺にとっては最高難易度なんですけど……。
そっちも決意しないとだめですか?
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