第19話 隠し子、過去の出来事を知る③

 夜の帳が降り、皆が寝静まった夜。

 離宮にあるミレンダの私室の扉をノックするメルクルイーダ。

 「ミレンダ様、メルクルイーダです」

 数度試してみるが、中から返事が返ることはなかった。

 その時、部屋の中からゴトッと音が聞こえてきた。

 その尋常ならざる物音にメルクルイーダがミレンダの私室の扉を開けたその先に見えたのは、あられもない姿でロープで手足をベットに括り付けられているミレンダであった。

 驚きのままメルクルイーダがベットのミレンダに走りよると、ミレンダの状況がはっきりとわかってくる。

 ミレンダの口には猿轡が嵌められ、目隠しがされていた。

 手足は長時間にわたってベットに括り付けられていたのか、ロープが皮膚に擦れ血が滲んでいた。

 またネグリジェや下着の類は、用をなさないほどに切り刻まれていた。

 「ミレンダ様! 一体だれがこのようなことを」

 ミレンダに声を掛けるが反応が無い。

 どうやら気を失っているように見える。

 メルクルイーダが取り敢えずミレンダの猿轡を外そうと手を伸ばしたその時。

 「メルクルイーダ、ひどいじゃないか。 僕とミレンダの夜の営みを邪魔するなんて」

 部屋の暗がりからナイトガウンを着たハルクルイードが姿を現す。

 「お兄様! このような酷い仕打ちをミレンダ様にしておいて、よくもそのような物言いができますね」

 「できるさ。 王太子として当然の権利だよ。 王太子妃として教育してあげてるんだから」

 「何を馬鹿なことを」

 メルクルイーダはハルクルイードの物言いに腹を立てながらミレンダの猿轡を外し、目隠しを外そうとする。

 「メルクルイーダは知ってたのかな? ミレンダが僕と挙式を挙げる前にすでに乙女ではなかったって」

 「え?」

 メルクルイーダにとって、それは衝撃の事実であった。

 王太子の婚約者は特に純潔が尊ばれる。

 それは王家の血を確実に残す、次代に引き継ぐという意味合いが強い。

 もし、他の男性に身体を許せば、王家の血を引かぬ子が王位を継承することになりかねないからである。

 二百年前までは、王太子の婚約者に純潔を求めていなかったが、それまでに発生した王位簒奪や王位継承争いを考えれば、頷ける話だ。

 その後、王家から貴族社会へ、貴族社会から平民社会へと未婚女性の純潔性、処女性が求められるようになり、尊ばれるようになる。

 「宮廷医師の診断だから、確実にね。 しかも相手は誰だと思う? 君も愛してやまないルビアート・ランカスターだよ」

 「う、嘘。 嘘よ!」

 「いいや、本当さ。 ミレンダも自白したしね。 ルークストン侯爵も調査済みで事実確認も終わってる。 僕に会いに行くと言って、ルビアートと寝たんだよ。 何度もね。 酷いと思わないかい? メルクルイーダ。 本来ならミレンダは不義密通の罪で自裁、ルークストン侯爵家も断頭台送りなんだけどね。 肝心のランカスター公爵家とルビアートは知らぬ存ぜぬだからね。 この程度で済んでいるんだよ。 とはいえ、あと数カ月もすればミレンダは死亡扱いになって、一生僕の奴隷ということになるけどね。 勿論、ルークストン侯爵も了承済みだよ」

 メルクルイーダは、兄ハルクルイードによって齎された内容にただただ首を横に振るだけであったが、ハルクルイードがさらに述べた内容に驚愕することになった。

 「ああ、これは決定事項なんだけど、メルクルイーダはエルメデス嬢の代わりにルビアート・ランカスターと結婚してもらうよ。 そしてエルメデス嬢は王太子妃として来てもらうことになった。 オーギュストーン公爵家も納得済みだよ」

 そして、ハルクルイードはゆっくりとベットの脇で自失茫然となってしまったメルクルイーダに近づいていく。

 テーブルの上にある赤い液体の入った小瓶を手に取って蓋をあけるとメルクルイーダの顎を掴み、口を閉じられないようにして赤い液体を流し込む。

 メルクルイーダは吐き出そうと抵抗するが、先程とは逆に口を開けられないように押さえ付けられて、液体を飲み込んでしまう。

 ハルクルイードはメルクルイーダが液体を飲み込んだのを確認するとそのまま離れてソファーに座った。

 「ゴホッ、ゴホッ、一体、何を飲ませたのですか?」

 メルクルイーダが咳き込みながら、ハルクルイードに聞くと驚くべきことをいった。

 「ミレンダに飲ませたものと同じものさ。 王家秘蔵の強力な媚薬だよ。 妹であるお前には大変心苦しいがミレンダと同じようなってもらう。 その上でルビアート・ランカスターに嫁いでもらう。 これは復讐なのだから」

 メルクルイーダは、ハルクルイードの言葉を理解すると同時に自身の身体が熱くなって来たのを感じるとそれを抑えるかのように自身の身体を強く抱きしめるしかできなかった。

 結局、メルクルイーダはミレンダが拘束されているベットの上でハルクルイードに穢されることになった。

 何度も、何度も。

 抵抗しても、媚薬のせいなのか身体が言うことを聞いてはくれなかった。

 途中でミレンダが意識を取り戻し、メルクルイーダがハルクルイードに何度も何度も自分の上で穢されるのを見て、涙ながらにメルクルイーダに謝罪するしかなかった。

 朝になり、ハルクルイードがミレンダの私室を去ると入違いにミレンダの世話係と思しき侍女たちが入室してきた。

 彼女たちは、ミレンダの私室にメルクルイーダがいることに驚きもせず、ミレンダの拘束を解き、布きれ同然の夜着や下着を脱がし、浴室へと連れていく。

 しばらくすると、湯あみを終え傷の手当ても終わったミレンダが寝室に戻ってソファーに腰を下ろす。

 その様子をベットの上からぼーっと見ていたメルクルイーダがメイドたちによって浴室に連れていかれ、湯あみをさせられる。

 いつの間にか、自室から下着やらドレスが持ち込まれていたようで着替えさせられて、ミレンダが座るソファーの前の席に座らされた。

 ソファーのテーブルの上には、紅茶が用意され心地よい香りが漂っていた。

 メイド達が、ベットのシーツなどを片付けて、ベットメイキングが終わると部屋を出て部屋に外から鍵を掛けて行ってしまった。

 その間、一言もしゃべることなく、ただ淡々と仕事をこなしている様子がうかがえた。

 部屋にはミレンダとメルクルイーダが取り残され、静寂が支配していた。

 ミレンダが紅茶のソーサーを手に取ると、小さな声で「ごめんなさい」とメルクルイーダに謝った。

 メルクルイーダはまだボーっとする頭で一体何が起きているのか判らずに混乱していた。

 ただいえることは、メルクルイーダは兄であるハルクルイードによって穢されたこと。

 そして、数カ月後にはルビアート・ランカスターに嫁ぐというものだ。

 「一体これはどういうことなの? 一体何があったって言うのよ?」

 メルクルイーダはあふれてくる涙とともに何かを知っているだろうミレンダにメルクルイーダは尋ねた。

 ミレンダは、ぽつりぽつりと話し始めた。

 「ルビアート・ランカスターは恐ろしい人よ。 ハルクルイード様の親友などと言われているけど、ハルクルイード様の悪評を広めていたのはルビアートとルビアートと肉体関係を持っていた令嬢達よ。 私は偶然それを知ってしまったの。 だからルビアートにどうしてそういうことをするのか問いただしたの。 そしたら、王家の権威を貶めて自分たちが権力を握るためだって……。 そして、私は彼に乱暴されたわ。 口封じのためと、自分たちの謀のために。

 王太子殿下の婚約者は、純潔が尊ばれる。

 もし純潔を失ったのがばれたら、私の家はお終いになるぞって……。

 それからも何度も何度も私を穢したわ。

 私がルビアートの子供を妊娠したら王家を乗っ取ることも可能だもの。

 でも、王宮医師が事前にチェックを入れるのまでは知らなかったみたい。

 純潔を失っていた私は、王太子妃に相応しくないと宮廷医師が王家に報告したわ。

 本来なら、そこで私は自裁、お父様やお母様、兄弟姉妹たちは王家を謀った罪で斬首刑のはずだったのだけど、ハルクルイード様が助けてくださったの。 ただ、どのような理由があろうとも不義密通を犯したのは事実であるから罰を降すって、それが今の私よ。 もうハルクルイード様のお子を産むことはできないけれど」

 ミレンダは、そのことが残念でならないという表情で語る。

 「じゃあ、どうしてミレンダはお兄様にハルクルイード殿下に怯えているのよ」

 さらにメルクルイーダはミレンダに問うた。

 「王立学校時代にいたハルクルイード殿下はもういないのよ。 ハルクルイード殿下の心は壊れてしまったの。 私がルビアートに恋をしてしばらくして、ハルクルイード殿下が私を、いえ、私たちを冷たい眼で見るようになったの憶えている? あの頃には、もう……」

 「そんなに前から!?」

 メルクルイーダはミレンダの言葉に驚く。

 「ええ、あの頃の私はハルクルイード殿下に私の気持ちが解るはずがないって思っていたのよ。 だから表面的にでも取り繕っておけば大丈夫だと思ってしまっていた。 それを今のハルクルイード殿下につきつけられたのが王立学園卒業の3カ月前よ。 その時の顔は忘れられないわ。 私に対して何も思っていない、何も感じていないの。 そして今のハルクルイード殿下は恐ろしいわ。 何をするのか判らないのよ。 何時殺されるかもわからない。 妹である貴方でさえ躊躇なく穢すことができたんですもの。 これは後からハルクルイード殿下から聞かされたのだけれど、貴方がルビアートに好意を持っているのもご存知だったわ。 だから、次にルビアートが狙うのは貴方だろうって。 ならば、ルビアート・ランカスターが、ランカスター公爵家が企んだことをそのまま仕返ししてやればいいって」

 メルクルイーダはミレンダのその言葉を聞いて愕然となった。

 兄のハルクルイードが、あの優しかった兄が、妹であるメルクルイーダをまるで駒の一つであるかのように、いや駒としてしかもう思っていないことに。

 そして、昨夜の悪夢が数カ月は確実にメルクルイーダの身に降りかかるのだということに。

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