第51話 隠し子の焦り

 何ともまあ、拙い戦い方をしたものか……。

 エルフリーデンとしては、今回の消耗戦の発端となった夜戦を仕掛けた指揮官として頭を抱えることとなった。

 メレンテス平野における戦いは、完全な膠着状態に陥ってしまった。

 完全包囲下にあるリーブシュタット連合軍の残余部隊とルクツバーレフ諸侯軍とそれを包囲しているグランマール帝国正規軍とルークセイン王国国軍並びにアルスティン公国公国軍。

 夜戦から始まった一連の戦闘でリーブシュタット公爵が戦死し、リーブシュタット連合軍が崩壊、その余波を受けてルクツバーレフ諸侯軍が包囲網の穴から脱出、反転攻勢にでようとするも味方に足を引っ張られる事態となり脱出に失敗。ルクツバーレフ諸侯軍の脱出を阻止しようとしたとアルスティン公国公国軍グランマール帝国正規軍は、ルクツバーレフ諸侯軍の脱出の阻止には成功したものの、ルクツバーレフ諸侯軍の脱出の足を引っ張ったルクツバーレフ諸侯軍右翼部隊の攻撃を右側面より受けて大きな損害を出すことになった。他方、リーブシュタット連合軍に夜戦を仕掛けたグランマール帝国正規軍とルークセイン王国国軍は、崩壊するリーブシュタット連合軍に対して総攻撃を掛けるも脱出に失敗したルクツバーレフ諸侯軍本体がルークセイン王国国軍右翼と衝突、これにより多くの損害を出すことになった。

 結局、各国軍の指揮官が体勢を立て直しつつ軍を引いたことで混乱は収まるのだが、夜の明けたメレンテス平野には敵味方の夥しい数の死体が大地を覆うこととなった。

 今は、旗下の幕僚たちが状況分析と今後の行動方針について話し合っている。

 「完全に手詰りかぁ」

 「短期決戦で決着を付けたかったんだがな」

 「これでは長期戦になる」

 「諸侯軍にしても連合軍にしても、生き残りが多ければまた腐敗して帝国内が荒れることになる」

 「出来れば、味方してくれた貴族以外は殲滅したいんだがな」

 「それにこれ以上戦を続けると、帝国の経済だけじゃなく公国や王国の経済までおかしくなる」

 「だが、敵の糧食を焼くことが出来たのは大きい」

 「実質的に兵糧攻めになっている」

 敵の戦意は低い。

 食べる物もなく、統率も取れなくなりつつある。

 ただ、『窮鼠猫を噛む』という諺もある。

 一点突破を図られると、一気に包囲網から抜けられてしまう。

 もう一度『胡蝶』達を使うか?

 そういった誘惑にかられる。

 自分から、『胡蝶』達にもう戦には出さないと言っておきながら、いざ苦境に立つと前言を翻してしまいそうになる。

 まあ、それだけ彼女達が優秀だともいえるのだが……。

 「殿下~、あの~、勝手に偵察に行ってきました~」

 真剣に悩んでいた天幕の中に、底抜けに明るい声が響き渡る。

 俺も幕僚たちも声のする方に注目する。

 そこには、リーブシュタット公爵を討ち取った胡蝶達が立っていた。

 天幕に入ってきた彼女達に苦言を呈したり、叱責を加える者達はいない。

 まあ、少し前までは苦言や叱責もあったのだか、こうやって議論が煮詰まっていると必ずといっていいほど、最新の情報が入ってくるからだ。

 それに、彼女達は基本可愛いし、綺麗なのでそこに居るだけで花がある。

 それにしても「勝手に偵察にいってきました」って……。

 頭が痛い。

 彼女達には、部隊内での一応の自由を与えている。

 部隊内には複数の女性将官がいるから、彼女達の護衛も兼ねている。

 まったく、もうちょっと落ち着いていられないのか!

 彼女達の行動力の高さに頭を痛めつつ、状況を動かすことのできない焦りがエルフリーデンを悩ませていた。

 「それで、状況は?」

 「はぁ~い、先ずルクツバーレフ諸侯軍ですが、軍内部で主導権争いが起きてます。早期に包囲網からの脱出を図り、捲土重来を果たそうとするルクツバーレフ侯爵達司令部を中心とする主流派と、リーブシュタット公爵軍の残党を自分達の傘下に収め一大決戦を目論むシュトーレン伯爵を筆頭とする非主流派です。

 双方とも兵糧が少ないことから短期決戦を画策していますが、双方の主張が真っ向からぶつかり合って、作戦会議は紛糾してます。」

 「ただ、包囲網から脱出を図ることには、意見の一致を見ており何方を突破口と定めるか現在検討中です」

 「シュトーレン伯爵と言えば、先の戦いでアルスティン公国公国軍グランマール帝国正規軍の右側面から攻撃してこちらの被害を増大させた部隊です」

 「こちらが包囲している以上、奴らが強襲突破を掛けてきたら太刀打ちできません」

 「向こうに主導権を握らせるわけにはいかないか……」

戦場の地図を見ながら、幕僚たちが意見を交わす。

 「自分達が包囲されていると考えて、自軍を敵中強行突破を掛けるとしたらどの位置だと思う?」

 「突破した先に広い平原があれば良いですし、大軍が脱出できる街道があればなおの事……ここです!敵が突破を図ろうとするならここしかありません」

 地図上で指さされた場所は、メレンテス平原から因縁の地オルブライエン王国へと続く街道だった。

  旧オブライエン王国領は今や無人の荒野に等しい。

 そこに敵軍を押し込んで、完全に干上がらせることが出来るか?

 敵の補給部隊の主な荷である糧食は残り少ない。

 速度が出せるのであれば、突破する部隊の中央において共に脱出するのが常なのだが、得てして補給部隊は足が遅い。

 大量の糧食や騎兵用軍馬への飼葉や水、薪、調理道具、替えの武器や防具などを運搬する必要があるため。どうしても荷馬車は大型化せざるを得ない。

荷馬車の大型化は、牽引用の馬の数を増やすことに繋がり、荷馬車のコントロールを難しくする。

 これが補給部隊の足が遅くなる最大の原因だ。

 メレンテス平野にて決戦を行うことを意図していたリーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍の両軍は全ての補給部隊を主力部隊の近くに置いている。

 主力部隊と補給部隊が同時に動き出したとしても、どうしても補給部隊は遅くなる。

 補給部隊を脱出させようとすれば、突破路を確保し続けなければならない。

 次の補給が出来るかわからない以上、補給部隊を見捨てることはできない。

 なら、補給部隊を見捨てなければならない状況にしてやればいい。

 脱出を妨害するのではなく、主力部隊だけ脱出させてやればいい。

 俺達は突破路を確保し続けようとする部隊と補給部隊だけを相手取ればいい。

 エルフリーデンの顔には、先程の苦悩ではなく悪辣な策士としての笑顔が浮んでいた。

 

 



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隠し子、王子になる?(改稿第二版) 龍淳 燐 @rinnryuujyunn

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