第50話 隠し子の誤算((改稿第2版)

 「ルクツバーレフ侯爵閣下!リーブシュタット連合軍が夜襲を仕掛けられているようです」

 「リーブシュタット公爵討ち死に!」

 「な、なに!?」

 「拙いですぞ、侯爵閣下。リーブシュタット連合軍がいたため、我が軍は左側面と前方の敵にだけ注意を払っておけば良かったのですが、リーブシュタット連合軍が崩れたとなると、後方からの敵に対しても注意を払わなければならず、このままでは包囲殲滅される可能性も出てまいります」

 「後方、リーブシュタット連合軍が帝国軍とルークセイン王国軍の猛攻で我が軍側に雪崩を打って迫ってきています。このままでは混乱に巻き込まれる可能性が!」

 「侯爵閣下、ここは全軍を持って、包囲網の穴である右側面を全力で突破し、反転攻勢にでましょう」

 「それがよろしいかと。後方の敵はリーブシュタット連合軍の残党が邪魔で我が軍を攻撃できません。今がチャンスです」

 「うむ、わかった。全軍を持って敵右翼、包囲網の穴から脱出、脱出後反転し攻勢に出る。よいな」

 「はっ」

 ルクツバーレフ諸侯軍の動きが活発になる。

 数多くの伝令が、大急ぎで全軍に命令を伝達していく。

 ただ、伝令到着から各貴族軍が行動開始するまでの間にリーブシュタット連合軍の残党に巻き込まれて、混乱する部隊が増えてきていた。

 そんな中、ルクツバーレフ侯爵軍は、左翼の軍勢が混乱に巻き込まれるのを見て、自分たち中央の軍勢と右翼の軍勢のみで包囲網の穴から脱出することを決断する。

 左翼の軍勢が付いてくれば良し、駄目なようなら見捨てるしか手が無かった。

 それでも軍の動きは緩慢に過ぎた。

 勢いに乗じて、包囲網の穴から脱出するはずが、なかなか軍勢が動かないのだ。

 「ええい、右翼の軍は何をやっているのだ。今のうちに脱出しなければならないというのに」

 「申し上げます。右翼軍は陣の撤収までしばらく時間をいただきたいと……」

 「何を申すか!陣の撤収などしておったら脱出の機会も反転攻勢に出る機会も失われてしまう。兎に角、陣の撤収などせず、突撃せよと伝令を出せ!」

 ルクツバーレフ侯爵軍の首脳陣は右翼軍の物言いに呆れてしまった。

 陣を引き払うから待ってくれなどと、事態が解っているのかと疑問に思うほどだ。

 「閣下、我々だけでも脱出しましょう。右翼軍に構っていたら勝機も失います」

 「混乱が発生せぬか?」

 「我が中央軍は大丈夫ですが、右翼軍はどうでしょう?」

 「脱出の伝令だけは出しておけ!我々だけでも脱出するぞ」

 「「ははっ」」

 ドードリアン公王は自分の陣営にて、事態の急変に苦慮していた。

 「婿殿も無茶をしよる。まあ、胡蝶達を利用しようとして上手くいきすぎたというところが事実なんじゃろうが、事態が急変しすぎだ」

 「全軍に通達せよ。このまま全軍を持ってルクツバーレフ諸侯軍を包囲殲滅する。右翼軍はそのまま突撃して、ルクツバーレフ諸侯軍を押し出させよ。中央軍並びに左翼軍は、敵軍が脱出しようとする側面から攻撃を仕掛け、進路を時計回りに誘導するぞ。上手くすればリーブシュタット連合軍残党とルクツバーレフ諸侯軍を完全な包囲下に収めることが出来よう。エルフリーデン殿だけに手柄を立てさせるなよ。いくぞ」

 「「「「「おお!」」」」」

 アルスティン公国軍並びにラングマール帝国軍の両軍は、リーブシュタット連合軍の首魁リーブシュタット公爵の討ち死にの報に接し、混乱するリーブシュタット連合軍とルクツバーレフ諸侯軍を殲滅するために動き始める。

 エルフリーデンとしては、当初予定していた目的、リーブシュタット公爵を討ち取るという目的は果たしたものの、戦場が予想以上に混乱し、なし崩し的に決戦に至らざるを無くなったことを後悔していた。

 だが、ここで流れを止めるわけにはいかず、広く分散して統制のとれた攻撃が出来なくなっている味方を戦場を掛けづり廻って集め、ルクツバーレフ諸侯軍の後方に襲い掛かるしか術がなかった。

 ここに帝国内乱において最大の犠牲者数を出すことになる一大消耗戦が繰り広げられることとなるとは、この時誰も予想が付かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る