第49話 隠し子のセレーネー(月の女神)隊

 「どうやら長話してるうちに目が覚めたようだぞ」

 エルフリーデンと五人の胡蝶は、気絶から目を覚まし始めたオズワルト・リーブシュタットに顔を向けた。

 オズワルト・リーブシュタットに顔を向けた胡蝶達五人は雰囲気を一変させた。

 「ほお」

 その雰囲気の変わりようにエルフリーデンは感心した声を漏らす。

 これは相当の手練れだ。

 五人とも腰から脱走時に此方で用意した接近戦用大型ナイフを抜き構えた。

 天幕の柱に縛り付けられた際に猿轡を噛まされていたオズワルト・リーブシュタットは、慌てた様子で周りを見渡すが、首の無い騎士たちの遺体が床に転がっているだけで生きている味方が一人もいないことを確認すると、此方に向かって何かを訴えてきた。

 多分命乞いか何かだろうが、何か情報が入るかもしれない。

 そう思ったエルフリーデンは、オズワルト・リーブシュタットに噛ませてあった猿轡を外しす。

 すると案の定、オズワルト・リーブシュタットは命乞いを始めた。

 聞いていても新しい情報は出てこない。

 ならばやることは一つ。

 「さて、いつでも始めてもらっていいぞ」

 エルフリーデンは、接近戦用大型ナイフを構えている胡蝶五人に向かって言った。

 五人はそれぞれ視線を交わし頷き合うと、一斉に突き刺すように動いた。

 「ぐあっ」

 オズワルト・リーブシュタットの口から苦痛に塗れた声が漏れる。

 そして、五人はもう一度ナイフを突き刺す。

 「ぐぎゃぁ……」

 オズワルト・リーブシュタットが絶叫しながら血を吐くと、動かなくなった。

 胡蝶達五人を下がらせる、首に手を当てる。

 オズワルト・リーブシュタットの鼓動は感じられない。

 「死んだ」

 五人に向けてただ一言を告げる。

 すると五人は足から力が抜けたのか、崩れ落ちるように座り込んだ。

 そして、静かに「胡蝶姉さん、それに姉さん、敵は討ったよ」呟くと涙を流し始める。

 オブライエン王国侵攻を主導し、帝国内乱で実権を掌握しようとしたリーブシュタット連合軍の首魁オズワルト・リーブシュタットはこうしてあっけなく死んだ。

 こいつの死を声高々と宣言すればリーブシュタット連合軍は瓦解するだろう。

 あとはルクツバーレフ諸侯軍とルクレチア・ルクツバーレフ侯爵を残すのみだ。

 だが、エルフリーデンの心は晴れない。

 こんなあっけなく死にやがって……。

 もっともっと切り刻んで殺してやりたかったのに。

 心の中にある憎悪のマグマがぐつぐつと音を立てて燃え盛っているように感じる。

 オズワルト・リーブシュタットの遺体をいつの間にか睨み付けていたエルフリーデンは、憂さ晴らしの様にオズワルト・リーブシュタットの頸を斬り落とした。

 床に落ちたオズワルト・リーブシュタットの頸を憎々し気に睥睨している。

 五人の胡蝶もエルフリーデンの様子がおかしいことに気が付いた。

 エルフリーデンから怒気とも怨嗟とも取れるような気配がしたからだ。

 そう言えば彼もオズワルト・リーブシュタットを殺したいと言っていた。

 それを私達の我儘で譲ってもらったのだ。

 だからお礼を言わないといけないと思うのだが、今のエルフリーデンはあまりにも怖すぎて脅えが先に出てしまう。

 五人の胡蝶が勇気を振り絞ってエルフリーデンにお礼を述べる。

 怯えたような声になるのは勘弁してもらいたい。

 本当に怖いのだ。

 「あ、あの、エルフリーデン様? 我儘を聞いていただきありがとうございました」

 「「「「ありがとうございました」」」」

 エルフリーデンはそれを肩越しに聞いた。

 感謝される様な事など何一つない。

 エルフリーデンとしては、彼女達を利用したに過ぎないのだから。

 でも、彼女達は感謝するのだろう。

 大きく溜息をついたエルフリーデンは、気持ちを切り替えオズワルト・リーブシュタットの頸を布に包むと槍を探してきて、その穂先に吊るす。

 それをそのまま、胡蝶の一人に持たせると五人についてくるように顎をしゃくり、天幕を出る。

 天幕の外は、まだ戦闘が続いているのか剣戟の音が聞こえてくる。

 見上げれば月が煌煌と戦場を照らしている。

 不謹慎だとは思ったが、とても綺麗な月だった。

 後ろから胡蝶達五人がオズワルト・リーブシュタットの頸を吊るした槍を抱えて出てくると、エルフリーデンは大きく息を吸い込んだ。

 「皆の者聞けぇい! 我らエルフリーデン・ルーシャンとセレーネー(月の女神)隊が、 今ここにオズワルト・リーブシュタットを討ち取ったり!」

 戦場に響くように大きく宣言する。

 「今ここにオズワルト・リーブシュタットを討ち取ったり!」

 「おおおおおお……」

 現在も戦っていたであろう味方から、雄叫び声が聞こえてくる。

 「あ、あのセレーネー(月の女神)隊って?」

 「ああ、胡蝶は現時点を持って消滅する。そして、月の三女神アルテミス、セレーネー、ヘカテーから女神セレーネーの名前をもらってセレーネー隊にすると今決めた。アルテミスのような乙女と揶揄されても困るだろうし、ヘカテーのような老女でもない。ならばと思ってな。お前たちは月の女神のように美しく、それでいて決して美しいだけではない。あの月のように闇夜を照らす存在だということだ。さあ、戻るとしようか」

 「「「「「はい」」」」」

 その後、オズワルト・リーブシュタットを失ったリーブシュタット連合軍は、オズワルト・リーブシュタットを討ち取ったという報を受けて、待機していたメルリッツアが率いる本隊と夜襲部隊の攻撃により壊滅する。


 エルフリーデンが没後、後年の戦史書において、『胡蝶』という少女兵や女性兵で構成された最強最悪の暗殺部隊は帝国内乱時においてルークセイン王国軍が新たに女性兵だけで編成されたセレーネー(月の女神)隊によって殲滅され、二度と現れることはなかったと記されている。

 また、セレーネー(月の女神)隊も帝国内乱終結後は戦場に出ることはなく、新国王エルフリーデン陛下並び後宮の妃や寵姫の警護に当たったとされているが、新規の隊員募集が行われたことはなく、その実態は謎に包まれている。

 他方、ルークセイン王室秘録において、セレーネー(月の女神)隊は後宮の妃や寵姫、姫や王子達の警護を務めるとともに後宮の女性達、王子や姫達の心の支えともなっていたとされ、後のルークセイン連合王国の陰の立役者ともいわれている。

尚、エルフリーデン王はセレーネー(月の女神)隊をあまりに寵愛しすぎたため、妃や寵姫たちにお説教されることが度々あったとかなかったとか、真実は闇の中に葬られている。

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