第48話 隠し子の優秀過ぎた胡蝶たち……

 私は、オズワルト・リーブシュタットとエルフリード・ルーシャンが消えた天幕の奥へ腕を縛られたまま走り出した。

 天幕と天幕を区別するために張られた幕を肩で押し開けると、すぐその先にエルフリーデン様の背中が見えた。

 そしてその先に敵のオズワルト・リーブシュタットが剣を構えていた。

 エルフリーデン様とオズワルト・リーブシュタットが何か言葉を交わしていた。

 耳を澄ませると聞こえてきた。

 「わ、私は栄光ある帝国貴族の中で最も優れたリーブシュタット公爵の主だぞ! き、貴様らのような下賎な者達とは違う!」

 「だから何だ? 俺にとっては関係の無い話だ」

 オズワルト・リーブシュタットがエルフリーデン様に斬りかかった。

 エルフリーデン様その剣を受け止め弾き返す。

 すると、背筋がゾクゾクっとするような凄く怖い気配がしてきた。

 あ、これ、私が気絶した時に感じたものだ。

 多分エルフリーデン様から発せられてる!?

 そう気づいた時私はエルフリーデン様の背に向かって叫んでいた。

 「だめぇぇぇ!」

 「何がダメなんだ?」

 エルフリーデン様がこちらを見ずに聞いてきた。

 凄く怖い気配が質量を増したかのように重くなったように感じた。

 「そ、そいつは、わ、私達が殺すんだ! だから手を出さないで!」

 震えて声が出し難かったけど、何とか言えた。

 「俺もこいつを殺したいんだがな……、まあ、いいだろう。ちょっと待ってろ」

 そういうと、エルフリーデン様はあっという間にオズワルト・リーブシュタットを

 叩きのめして、気絶させてしまった。

 技量が違い過ぎる。

 エルフリーデン様とオズワルト・リーブシュタットでは端から勝負にすらなっていなかった。

 気絶したことを確認したエルフリーデン様がこちらに向き直って何か言おうとして、私の姿を見た途端に呆れた顔をした。

 「お前、なんて格好してるんだよ……」

 「へっ」

 エルフリーデン様の視線を追って、私は視線を自分の身体に向けた……。

 そして気が付いた。

 あ、わたし、全裸だ。

 気が付くと急に恥ずかしくなり、手で胸と下を隠そうとするが、両手が後ろで縛られていたために動かせなかった。

 急に動いたからだろう。

 私はバランスを崩して倒れそうになると、エルフリーデン様が抱きとめてくれた。

 「あ、ありがとうございます。で、でもお召し物が血で汚れてしまいます」

 「気にするな。まあ、役得ではあるな」

 「へ? きゃぁぁ」

 エルフリーデン様の右手の指先が背中を撫で、左手は私のお尻を撫でまわしていた。

 こ、この男は。

 一瞬頭に血が上りかけるが、時間は有限だ。

 頭を切り替えてエルフリーデン様に何とか冷静さを保ちつつお願いする。

 「エルフリーデン様、縄を斬ってくださいませんか?」

 多少は、視線にこの野郎なに触ってんだと怒りを込めながら……。

 エルフリーデン様は、すまんすまんと言いながら、私の後ろに回り両腕を拘束している縄を斬ってくれた。

 これでやっと胸や下を隠せると思っていたら、またお尻を触られた。

 ホントにこの男は、油断も隙もない。

 ビンタをくれてやろうと振りかぶると笑顔を浮かべ、ナイフを私に渡しながら言い訳をする。

 「美女を助けたんだから、多少の役得もないとな。布か何か無いか探してくるよ。他の子達の縄もそれで解いてあげて」

 むぅ、完全に弄ばれてる。

 ちょっと悔しいなぁ。

 そう思いながら、私は仲間たちの縄を解きに向かった。

 私が他の四人の縄を斬っていると、天幕の奥からエルフリーデン様が大きめの布を持ってきてくれた。

 多分、寝室で使われてるシーツなのか、薄くて光沢がある。

 「これを体に巻いておけ。武器は其処らにあるはずだな。いま奴を持ってくる」

 そういって再び奥に姿を消す。

 今のうちに身体にシーツを巻き付けて裸体を隠し、剥ぎ取られた武器やベルトなどを身に付けていく。

 下着は破り捨てられてしまったので、この格好で少し動けば見えてしまうかもしれないけど仕方がない。

 そうこうしているうちに、エルフリーデン様が両手両足をがっちりと縛られたオズワルト・リーブシュタットを引き摺って戻ってきた。

 そして、天幕を支える柱の一つに縛り付けていく。

 気を失っているからか、縛り付けるのに苦労していたので私達も手伝った。

 「さて、これからどうするかだ。お前たちはオズワルト・リーブシュタットを殺したいんだろう?」

 エルフリーデン様が私達に問いかける。

 答えはもちろん「イエス」だ。

 だから私達五人は、はっきりと頷く。

 「俺もこいつを殺したいんだがな……。さて、どうしたもんか」

 エルフリーデン様が何に悩んでいるのか見当もつかない私達はお互いに顔を見合わせるしかできなかった。


 エルフリーデンにはどうにも看過できない懸念が生まれていた。

 自分自らが彼女達が脱走するように仕向け、一部軍を動かし陽動して、上手くオズワルト・リーブシュタットがいる場所を特定することが出来た。

 今頃は、周りを味方が叩いているはずなのだ。

 だから、オズワルト・リーブシュタットを討つのは自分でなければならない。

 もし他の者が打ち取ると、その者が論功行賞で一番手柄となる。

 まあ、それは良い。

 本当は良くないのだが……。

 だが、脱走した胡蝶が討ち取ったとなると、話がかなり違ってくる。

 オブライエン王国とラングマール帝国の戦役においての胡蝶の活躍を彷彿させてしまう。

 そうなると、「やはり、胡蝶は危険な存在だ」「胡蝶は殲滅すべきだ」などという過激な意見が台頭してしまう恐れがあるのだ。

 今回、胡蝶達五人が脱走できたのは、エルフリーデンの指示によってお膳立てしたものであるが、全ての将兵たちがそのことを知っているわけではない。

 あくまで、軍の極一部、夜襲戦に参加していた将兵たちが知っているに過ぎないのだ。

 しかも、彼女達五人は些か優秀過ぎた。

 まさか本当にオズワルト・リーブシュタットのいる天幕に到達するとはエルフリーデンさえも思ってはいなかった。

 浸透突破攻撃……。

 敵に気が付かれること無く、敵の陣地や警戒網を突破し、本陣に近づき攻撃する。

 捕まりはしたが、多少訓練した程度の兵達で出来ることではない。

 失敗したと内心エルフリーデンは思っている。

 彼女達五人が何か企んでいると察し、それに便乗すれば良いなどと考えていたのだが、結局捕虜になって今も捕まっている他の胡蝶達にまで命の危険が及びそうになっている。

 「俺もこいつを殺したいんだがな……。さて、どうしたもんか」

 思わず、口から出た言葉。

 オズワルト・リーブシュタットを討ち取ったのが胡蝶でなければいいんだよなぁ。

 そうだよ。胡蝶でなければいいんだ!

 簡単なことじゃ……、はぁ~簡単じゃないな、書類仕事がまた増える……。

 じゃあ、先ずは確認しとかないといけないことは、胡蝶の刺青か。

 胡蝶の刺青が見えるところにあるとまずい。

 エルフリーデンはそう思ったので、早速五人に訊ねた。

 「なあ、お前達の胡蝶の刺青って何処にあるんだ?一人は何処にあるか知ってるけど」

 「「「「え?」」」」

 「何処にあるかによっては、刺青を潰さないといけなくなるからな」

 「ちょ、ちょっとまってよ。それってどういうことよ!」

 「いいから、時間が無いんだ。どこに胡蝶の刺青を施されてるんだ?」

 「「「「あ、あの、その……ボソボソ」」」」

 「はぁ?どこだって?」

 「もう!四人とも私と同じところよ!まったくなんて男なのよ」

 そう言ったのは俺に夜伽をさせろと言った胡蝶だった。

 「ああ、なら大丈夫だな」

 エルフリーデンは、夜伽の際にどこに胡蝶の刺青があるのかじっくりと探していたので大体の場所はわかっている。

 あの位置にあるのなら、万が一にも露見することはないだろう。

 「何が大丈夫なのよ!」

 「お前達胡蝶がオズワルト・リーブシュタットを討ち取ったりすると、お前達の置かれた立場が悪化するんだよ」

 「どういうこと?」

 「胡蝶はオブライエン・ラングマール戦役以降、恐怖の代名詞だ。それはわかってるんだろう?」

 「うん」

 「今回は脱走したうえに敵陣浸透突破、そして敵の首魁を討ち取る。余程の奴でもない限り胡蝶排除に動く。それを防ぐために手を打とうにも見えるところに胡蝶の刺青があると台無しになる」

 「脱走は貴方の手引きじゃない!」

 「それを知ってるのは極限られた人数だけだ。他は知らん。本当なら今後は安全な俺の離宮で勤めて欲しかったんだがな。お前ら優秀過ぎだ。当分の間は俺の直属の部下として扱わないと守り切れん」

 「そ、そんなこと言われたって、私達全員を無傷で捕虜にしたアンタに優秀だなんていわれても……」

 そんな話をしていると天幕の柱に括り付けておいたオズワルト・リーブシュタットが意識を取り戻し始めていた。

 「どうやら長話してるうちに目が覚めたようだぞ」

 エルフリーデンと五人の胡蝶は、気絶から目を覚まし始めたオズワルト・リーブシュタットに顔を向けた。

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