第46話 隠し子の胡蝶①
突然の夜襲にリーブシュタット連合軍は大混乱に陥る。
もともと昼間の戦闘で、高級指揮官や貴族の当主が大量に討ち取られている。
騎士や兵が大量にいても、それを指揮するものが圧倒的に足りていないのだ。
しかも、指揮命令系統の再編成も終わっていないことが混乱に拍車を掛ける。
リーブシュタット連合軍中央部に位置するオズワルト・リーブシュタット公爵がいる一際大きい天幕では、何処の誰に指示命令を出せば部隊が動くのか判らず、効率的な迎撃戦を行う事が出来なかった。
だから、その天幕に近づく五人の少女兵に気が付くものは一人もいなかった。
無事にリーブシュタット連合軍の陣地に侵入し、慎重にオズワルト・リーブシュタット公爵がいる天幕に近づいていた矢先、突然慌ただしく騎士や兵達が動き始めた。
「ねえ、一体何が起こってるのよ?」
「敵襲があったみたいよ」
「敵襲って、まさか!?」
「誰が仕掛けたのかまではわからないわよ」
「私達が来た方とは逆から仕掛けたみたい。 敵がみんなそっちに行っちゃってる」
「天幕の中の様子が解ればいいんだけど……」
すると、天幕の中から怒鳴り声が聞こえてくる。
オズワルト・リーブシュタット公爵と、その副官の声だ。
どうやら、思うように事態を動かせないことにいら立っているようだった。
「ええい、何をやっている! 早く敵を撃退せんか!」
「申し訳ありません。 しかしながら、指揮官の多くが戦死してしまい部隊の編成どころか、配置さえ分からなくなっているところを襲われましては……」
「烏合の集ということか!」
「はい、数ほどの働きはできぬかと……」
「では、動かせるだけの数を敵の迎撃に向かわせろ! ただし、我がリーブシュタット公爵軍はこのまま動かさず、守りを固めよ」
「はっ」
天幕から慌てて出てくるのは、リーブシュタット公爵の副官を務める三人のうちの一人だ。
「先ずは奴から殺すよ」
少女達五人は、天幕を出て伝令に何か伝えようとしたところを襲い掛かった。
戦闘はあっという間に決着がついた。
副官と伝令が死んで、これで攻撃を掛けている部隊にこれ以上の兵が行くこともない。
あとは、オズワルト・リーブシュタット公爵の命だけ。
少女達五人は頷き合うと、オズワルト・リーブシュタットが居る天幕の裏側にある出入り口からそっと忍び込む。
オズワルト・リーブシュタットが居る天幕は通常のものと比べ十倍ほど大きく、複数の天幕を連結させてつくられている。
更にその周りには、調理設備がある天幕や侯爵の生活の面倒を見る侍女達が居る天幕、物資を保管しておく天幕などもあり、戦地に置いての公爵邸の機能がここにある。
そして胡蝶達の天幕もここにあった。
そのため、オズワルト・リーブシュタットが居る天幕には三か所の出入り口が存在しし、先程副官が出てきた出入り口は正面入り口に相当する。
あとの二つの出入り口は裏側にあり、給仕や侍女、胡蝶達の出入り口に当たる。
裏口から侵入した五人は、灯りの落とされて真っ暗な天幕の中をゆっくり歩きながら周りの気配を探ろうとした瞬間、灯りがともされる。
失敗した!
天幕に忍び込んだ私は、一瞬で失敗したことを悟った。
多分他の四人も同じ事を感じただろう。
何故なら灯りが順番に灯された天幕の中は、騎士が十人と一番奥に副官二人を左右に置いて、こちらを見て嘲笑っているオズワルト・リーブシュタットが居たからだ。
全く気配が感じられなかった。
これはかなり訓練された騎士達とみてよかった。
そして、後ろからも騎士が天幕に入ってきて、完全に包囲されてしまう。
「ほお、男に股を開いて媚を売ることしかできない虫共が五匹も何用だ? そんなに可愛がってほしいと言うなら、ほれ、裸になって皆の前で股を開いて媚びてみよ。 そうしたらたっぷりと甚振りながら可愛がってやるぞ」
オズワルト・リーブシュタットが、そう言って私達を挑発する。
周りの騎士達もそれを聞いて、嫌らしい笑みを唇に浮かべている。
「媚を売ることもできぬというのであれば、これはたっぷりと躾けてやらなければいかんなぁ。 お前たち、その虫共を取り押さえよ」
「ははっ」
命令を受けた騎士達が、私達の前後左右から包囲網を狭めてくる。
もう覚悟を決めるしかない。
何としても、この包囲網を抜けてオズワルト・リーブシュタットの頸を取るんだ!
じゃないと、あいつに、あいつらに甚振り殺された胡蝶の姉さんたちに顔向けできない。
腰から接近戦用の大型ナイフを抜いて、騎士達に襲い掛かる。
騎士達も剣を抜こうとするが、天幕の中で剣を振るえばどうなるか分からない者はいない。
しかし、暗殺に長けた私達胡蝶と戦場で命の遣り取りをしている騎士では自力が違い過ぎる。
最初のうちは有利に立ち振る舞えたものの、徐々に押し込まれ五人とも取り押さえられてしまった。
私達五人は膝を付かされ、地面に顔を押し付けられた格好でオズワルト・リーブシュタットの前に引っ立てられた。
騎士達の拘束を外そうと暴れるがビクともしない。
そんな私達をオズワルト・リーブシュタットは面白そうな顔で眺めている。
「さて、他の虫共がどこにいるのか吐いてもらおうか。 虫が人の真似事をするとは片腹痛い。 裸に剥いてしまえ。 そして自分達の立場というものを思い出させてやろう」
オズワルト・リーブシュタットがそう言うと、騎士達が私達の体を抑え込み軍服を脱がしにかかる。
「い、いや、やめて」
「やあああ」
「くっ この」
抵抗するが、何の役にも立たずあっという間に私達は全裸にされてしまう。
こうなってしまうともう私達には何もできない。
オズワルト・リーブシュタットを睨み付けるが、ただの負け惜しみにしか見えないだろう。
この後に待っているのは、男達に嬲られるだけ嬲られて、無残に死ぬだけ。
胡蝶の姉さんたちの敵を討てないどころか、私達も姉さんたちの元に逝くのかな……。
やっぱり無謀だったのかな……。
段々と私達の心に絶望が満ちて行こうとしたその時だった。
「ぎゃああ」
「ぐお」
「がぁあ」
天幕の出入り口に付近に居た騎士数人が悲鳴を上げたと思ったら、ドサッと音を立てて倒れ伏す。
「おいおい、俺の女達に何てことしやがるんだ? お前たち……殺すぞ?」
そう言って天幕の出入り口に立っていたのは、エルフリーデン・ルーシャンその人だった。
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