第3話 隠し子、困惑する

 シルフィスと顔を見合わせて茫然としていた。

 もし、自分のことを「国王の隠し子なので迎えにきました」なんて公国に説明でもしてたら、常に「男除け」として公女殿下の隣に居た俺は、周囲からどう見られるんだ?

 シルフィスから見たら、俺は女誑しにしか見えなかったらしい。

 うん、何だか事態が混沌としそうな予感が……。

 このことは明日の会談で公国にどう説明したのかハッキリさせておかないと大変なことになる。

 ただ公女殿下が俺をどう思っているのかが解らない。

 話も合うし、気心も知れていて一緒にいて疲れない相手であることは間違いない。

 好きか嫌いかは、はっきり言って分からないのが本当のところだ。

 どちらかといえば、好意を持っている好ましい人物といえる。

 そして、それよりも当面の問題としてランカスター公爵家令嬢アリスティア・ランカスター、ロスマイン侯爵家令嬢リスティング・ロスマイン、ストロガベル辺境伯家令嬢ティリアーヌ・ストロガベルの三人の令嬢の取り扱いだ。

 アリスティア・ランカスター公爵令嬢は、アルフリード第一王子の婚約者、リスティング・ロスマイン侯爵令嬢はグリースト第二王子の婚約者、ティリアーヌ・ストロガベル辺境伯令嬢がウィルベルガ第三王子の婚約者だった。

 アリスティア・ランカスター公爵令嬢は、アルフリードが死亡したため、婚約自体が白紙状態になっている。

 だから、本人が望めば外国の王族から国内の高位貴族まで選り取り見取りな状態なのだが、アルフリードの喪が明けていないため今のところはそういった話は出て来ていない。

 ただ裏に回れば、すでに幾つかの縁談が打診されているはずだ。

 王家としては、正妃教育を受けてきたアリスティア・ランカスター公爵令嬢が他国に嫁ぐとなると王国の内情が明らかになりかねないし、他の令嬢に正妃教育を施し直すとなると多大な労力と時間、そして費用がかかることから全力で縁談を潰しにかかっているというのが本当のところだろう。

 そのことが解っているのか、ランカスター公爵は沈黙を守っている。

 動かぬこと、沈黙を守ることが、この場合王家に多大な恩を売ることが出来るとわかっているのだ。

 だから、アリスティア・ランカスター公爵令嬢の取り扱いはそれほど難しくはない。

 寧ろ、アリスティア・ランカスター公爵令嬢自身の気持ち、つまり感情面で次の婚約者を受け入れられるかが問われるだけだからだ。

 幼年学校時代、6歳で入学で幼年学校4年の時であるから今から7、8年近く前に何度かアリスティア嬢を見たことがある。

 あの頃のアルフリードは、政略結婚が嫌だったらしく、アリスティア嬢に対してかなりつらく当たり散らしていた。

 アルフリードの前では気丈に振る舞っていたアリスティア嬢ではあったが、心情的にはかなり傷付いていたのは間違いない。

 何かしたわけでもないのに、他人から、しかも自分の婚約者から悪感情をぶつけられるのはつらいものがある。

 そのためアリスティア嬢が何度か人気のない場所で泣いていたのを見掛けたことがあった。

 そのたびに声を掛けようとは思ったものの、当時の爵位の低さから声を掛けるのは躊躇われた。

 それでもある時、アルフリードがアリスティア嬢を目の前にしてまた暴言を吐くのに我慢できなかった俺は、アルフリードに対して声を荒げ言ってやったことがあった。

『そんなにアリスティア嬢が嫌いなら、俺がもらっても良いんだよな? 彼女のことを何も知らない、知ろうともしないお前には勿体無い女の子だからな。 知ってるか? アリスティア嬢を自分のものにしたいって思ってるやつは、沢山いるんだぜ。 そいつらは、お前や彼女の親が怖くて手を出さないだけだけど、親を黙らせて彼女を自分のものにする手段ならいくらでもあるんだぜ』

 それから徐に茫然としているアルフリードの前で、アリスティア嬢にキスをしたのだ。

 勿論、キスをした振りであり、アルフリードからは実際に俺がアリスティア嬢に無理やりキスをしたように見えたのだろう。

 アリスティア嬢にしても、いきなり俺の顔がドアップで迫ってきたんだビックリするに決まっている。

 顔を真っ赤にし唇に右手を当てて、立ち尽くしているアリスティア嬢を見たアルフリードは俺を睨めつけていた。

 『おいおい、そんなに睨み付けられるいわれはないぜ。 お前はアリスティア嬢が嫌いなんだろう? 俺がもらってやるって言ってるんだから喜びこそすれ、睨まれる筋合いはないぜ。』

 と、嘲笑を浮かべながらアルフリードに言ってやると

 『アリスティア嬢は僕の婚約者だ。 誰が貴様などにくれてやるものか!』

 などと言ってアリスティア嬢の手を引いて俺の前から立ち去ったんだよね。

 アリスティア嬢も、こっちに一度も顔を向けることなく、アルフリードと一緒に行ってしまったわけだ。

 アルフリードに手を掴まれて、顔を俯かせて嬉しそうにはにかむ顔を見れば前々からお互い相思相愛だったことがまるわかりだ。

 ただ、お互いの気持ちを伝えあう前に政略結婚だとか、婚約だとか大人の都合が入り込んでしまったためにアルフリードが素直になれず拗らしただけというオチが付いた。

 それ以降は、二人仲睦まじい光景が見られたわけだが、俺が二人に近づくとアルフリードが番犬よろしくアリスティア嬢を庇いながら威嚇してくるようになったのはまた別の話だ。

 全く人騒がせな二人だったよなぁ。

 一番解らないのが、リスティング・ロスマイン侯爵令嬢とティリアーヌ・ストロガベル辺境伯令嬢の二人のことだ。

 グリースト第二王子とウィルベルガ第三王子が関わる女性スキャンダルっていうのも謎に包まれていて解らない。

 どうやら緘口令が敷かれているらしく、情報がつかめない。

 まあ、その時期は俺もシルフィスも隣国のアルスティン公国に留学中だったというのもあって詳細がさらに掴み辛かった。

 件の男爵家と男爵令嬢が関わっているんだろうなと推察はできる。

 ただ内容までとなると完全にお手上げだ。

 それにしても、リスティング・ロスマイン侯爵令嬢とティリアーヌ・ストロガベル辺境伯令嬢の二人が国内では瑕疵物件扱いって本当に何があったの?

「ねぇ、シルフィス、曲がりなりにも国家の中枢を担う重鎮二人のご令嬢が瑕疵物件扱いで国内では嫁ぎ先がないって、グリーストとウィルベルガはいったい何したのよ?」

「それが全くといっていいほど情報が出てこないんですよ。 ただリスティング・ロスマイン侯爵令嬢とティリアーヌ・ストロガベル辺境伯令嬢が不貞行為をしたとしか出てこないんですよね。 どんなに探りを入れてもそれ以上は口を固く閉ざしてしまって、グリースト第二王子とウィルベルガ第三王子に関しても女性スキャンダルで廃嫡されたとしか出てきませんし、一体何があったのかこちらでもわかりませんでした」

 シルフィスの方もお手上げといった感じだった。

 「でも、宰相や将軍が職を辞したり、ご令嬢の二人とも家から追い出されたり、幽閉されたり、修道院に放り込まれたなんて話もないんだろう?」

 「ええ、その通りです。 ただ……」

 「ただ?」

 「アリスティア公爵令嬢が頻繁にお二人にお会いに行かれてるのは確認できました」

 「はぁ?」

 不貞行為の噂のある二人にアリスティア嬢が会いにいっている?

 もし不貞行為が本当ならば、ランカスター公爵が黙っているはずがない。

 自分の娘までも同じような目で見られてしまうからだ。

 しかし、アリスティア嬢がリスティング嬢やティリアーヌ嬢に会いに行くのをランカスター公爵は止めない、やめさせようともしないということが何を意味しているのか?

 一体何が起こったんだよ?

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