第10話 隠し子、力が無い事を悔しがる。

 ランカスター公爵邸からの帰り道、馬車の中は静寂に包まれていた。

 先ほど聞いた三令嬢の悲劇が、頭から離れない。

 アルフリードはどちらかといえば温和で人の話をよく聞く調整型の人物だった、グリーストは鋭利で冷たい印象を持つが要点を掴むのが上手い官僚型の人間で、ウィルベルガは曲がったことが嫌いな真っ直ぐすぎる武人型の人間だった。

 多分、国王陛下はこの三人が力を合わせればより良い国になると期待していたのだろう。

 だから、それぞれの分野の最大派閥のトップの令嬢を婚約者に据えた。

 しかしながら、アルフリードが毒殺されバランスが崩れた途端に派閥間の力関係が崩壊した。

 どの派閥が悪いわけではないのだろうが、悪意の方向性は婚約者の物理的排除とその家の力を削ぐこと。

 そして、結果的に遣り過ぎた。

 婚約者を物理的に排除することは成功している。

 死に追いやっているのだから。

 しかし、遣り過ぎたために次は自分達も同じようにやられてしまうのではないかという疑心暗鬼にとらわれてしまった。

 終いには、グリーストもウィルベルガも廃人同様で廃嫡せざるを得なくなった。

 本当に遣り過ぎたんだろうか?

 俺という存在がいなければ、今頃この国は誰も世継ぎがいない状態で、3つある公爵家同士が相争う内乱が起こっていた可能性も捨てきれない。

 そうなったら、対帝国軍事同盟の相手国であるアルスティン公国は堪ったものじゃないな。

 内輪揉めしているような同盟国など百害あって一利なしだ。

 下手したら、同盟国のアルスティン公国に攻め滅ぼされかねない。

 そのアルスティン公国にしたって、ルークセイン王国を征服したところで帝国に対抗する余力を失うことになりかねない。

 後は、帝国に併呑される運命が待つのみになる。

 たしか、貴族家の中に帝国と繋がっていそうな家が複数あったとも言っていたな……。

 そうなると、やっぱり後ろで帝国が糸を引いている可能性も……。

 「エ……、エル……、エル、聞いているのか?」

 シルフィスが俺の肩を揺らしながら、声を掛けてきていた。

 思考に没頭していたみたいだ。

 「うん、何だい? シルフィス」

 「まったくもう、そうやって考えすぎるのは、エルの悪い癖だ」

 「そうかな、結構この国も末期だなぁ~と思ってね。 だってそうだろう? 王太子暗殺、上級貴族令嬢三人と騎士多数が殺害され、複数の下級貴族令嬢が薬物中毒の上に傷ものにされ、容疑者数十名には逃亡され、処罰を受けたのは男爵とその令嬢、および王子二人とその取り巻き連中だけ。 王立学園の信用失墜などなど。 被害のわりに処罰を受けた側が少なすぎるし甘すぎる。 一番の心配は、中毒性の薬物がここまで貴族にもたらされていて、一般市井に入り込んでいないとでも?」

 「その懸念はあります。 中毒性の薬物は経済と人心にジワジワと大ダメージを与えますからね」

 「そういうこと。 有能な部下が沢山欲しいなぁ~。 今のままじゃあじり貧だよ。 いっそ血に飢えた暴君にでもなるかね」

 「それ笑えないから、やめてくださいね」

 シルフィスは、少し困った顔で釘を指す。

 シルフィスは俺のことを良くわかっている、俺の中の残虐性を。

 でもね、シルフィス、大切なものを守るためには甘さは必要ないんだよ。

 こちらに手を出したら、手を出した当人も一族郎党も女子供も領地も領民も草1本も残さず皆殺しにしてやるぐらいの報復に出ないとね。

 人は学ばないんだよ。

 「アリスティア嬢を殺された。 これだけでも企みに関わった貴族や商人、ならずものどもをその家族や家臣諸共皆殺しにしてやりたいぐらいさ。 帝国が関わっているのなら、そいつらも一人残らず嬲り殺しにしてやる。 それくらい好きだったんだよ。 でも、彼女はアルフリードの隣に居る時が一番素敵な笑顔を見せてくれたんだ。 だから……、だからぁ!」

 「エル……」

 「すまん、シルフィス。 シルフィスだって似たような思いを何度もしてきたんだもんな。 自分が似たような目に遭って理解するなんて馬鹿な証拠だな」

 右手で目を覆い、自分の力の無さを悔やむエルフリーデンの左握り拳をシルフィスが両手で優しくそっと包み込む。

 「力が欲しいなぁ……」

 馬車の中で、エルフリーデンは静かに切実に力を欲するのであった。

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