第38話 そうして彼女は真っ白な自分をさらけ出す

「……特別扱いされたく、ないです」


 寂しくフードの少女から溢れ出る本音。

 それは、親友に対してのハキハキとしたものとは全く別物の、弱々しい口調。

 けれど、それほどまでに真剣なのだと対面する相手に伝わるもの。


「詳しく教えて貰える? 大丈夫、私は絶対に悠ちゃんの味方だからさ」

「本当ですか……? 気が変わったり、しませんか?」

「私はね、頑張ってる子が好きなの。頑張って頑張って、現状を変えようとしてる子が大好き」

「孝志とか?」

「そ、孝志くんも。私に揶揄われないようにしてる孝志くんにいつもキュンキュンしちゃうの」


 恋人への惚気とは真逆に、紅葉の目は鋭い。

 ところどころ話を逸らしつつも、悠への悩みに没入している様子。

 そこには孝志の前で見せる“だらしなさ”は一切見られなかった。


 それどころか───

「だから、悠ちゃんが頑張る姿を見て、気が変わる事はないよ」

 真剣すぎる表情の紅葉にかっこよさすら見られる。


「そう……ですか……」

 いつもとは違い過ぎる紅葉に悠は言葉を詰まらせずにはいられない。


「あ、ごめん訂正。気は変わるわね」

「え?」

「だって、悠ちゃんにもキュンキュンしちゃうかもしれないじゃない?」

「あ、あはは……」


 いつもの紅葉へと急に戻る急勾配にもまた言葉を詰まらせる悠。

 そんな悠に、ここぞとばかりに紅葉は詰め寄る。

「それで〜? 悠ちゃんは何に悩んでるの〜?」

 そう言って。


 けれど、やはり彼女の言葉の抑揚は孝志に対するものとは違い、悩みに真摯なもの。

 詰まった空気を変えるためのもの。

 孝志にただ甘えたい時に出す声とは似ても似つかない声。


 しかし、孝志の正面で紅葉の声色が変化していく様を見聞きしてた悠にとって、今の紅葉の声がどう言う意図を持つのか分かっていた。


 ───自分をほぐす為のもの、と。


 それに応えるべく、悠は隠していたものをゆっくりと晒していく……。

「えっと、ですね……。これ、なんですけど……」

「わっ、白い!」

 フードを取った少女の髪は紅葉の反応のままの真っ白なもの。それは染めたものとは違う、ごく自然体のもの。その反面、伏せた少女の顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。


「ねねっ、これって地毛? ちょっと触っていい?」

「い、いいですけど……」

「それじゃあ遠慮なく〜」


 数ヶ月ぶり、数年ぶりくらいに家族以外に白い地毛を晒して恥ずかしさの頂点にいる悠。そんな白少女に対して、紅葉は興味津々な表情で頭に手を伸ばす。

 そして髪を触られるのを許されるや否や、ゆっくり優しく悠の頭を撫でていく。


 綺麗な手を清めるかのような真っ白な悠の髪は、地毛である事を疑ってしまうのも仕方ないほどに神聖なものに煌めている。細く長いしっかりした髪質だと言うのもまた、仕方のない事。

 紅葉も例外ではない。

「んー、いいね。サラサラだね〜。ちゃんと手入れされてるし、きめ細かい! 羨ましい!!」

 自分の髪を思い出しながら、物欲しそうな目で悠の頭を撫で続ける。

 綺麗で真紅の髪を持つ紅葉だけれども、決して彼女自身は自分の髪は好きではない。色ではなく、髪質がではあるが。

 綺麗な髪色とは裏腹に、ゴワゴワとしてケアをするのも一苦労。そんな自分の髪が好きではなく、それだけに悠の潤みのある髪質に羨ましさを抱かずにはいられない紅葉。


 しかし、それは悠の想定する反応とは違っていて……

「……それだけですか?」

「それだけ、って言うのは?」

「えっと、“外人みたい”とか……“日本人じゃないみたい〜”とか……言わないんですか……?」

 悠は自らの悩みを打ちかさずにはいられなくなっていた。コンプレックスと言ってもいい。

 日本人ではほとんど見られない白髪。世間からは物珍しい目で見られ、同級生からも距離を置かれ、気づけば自分の素顔を隠すようになっていく。

 唯一の救いは親からの『無理しなくていいんだよ』の言葉。

 それでも悠が感じてきた周りからの視線に恐怖は忘れられずに今に至っている。


 それを破ったのは同じく髪色が普通ではない大学の先輩。

「??? 白髪の日本人いてもいいんじゃない? 私だって髪赤いけど、ちゃんと日本人だしね」

「あ……確かに……」

 素顔を見せない自分にも親友が出来て、その親友の恋人に素顔を見せるように。

 誰もが予想できず、紅葉すらも悠が自身の髪色で悩んでいる事など知るはずがなかった。

 少なくとも、孝志は悠がフードを被ったままでいようが関係ない事だったのだから。当然、恋人の紅葉に伝えるはずもない。


 きっかけはただの偶然。

「もしかして、誰かに言われたの?」

「ま、まぁ……高校卒業するまでずっと」

「そう。大変だったんだね。この間のバーの時嫌な思いさせちゃったでしょ? ごめんね」

「い、いえ……っ! 前のバイトでもよく言われてた事だったので、もう気にしてません!」


 紅葉行きつけのバーが悠のバイト先で、その日に限って悠が臨時でホールに出る事になった時。

 ただ重なった偶然が、悠のコンプレックスが明らかになり、また解決への道が造られ始める。

「……気にしてないって、感覚麻痺らせてない? ダメだよ、自分に素直にならないと」

「素直に、ですか……」

 自分では気づいていない事でも、近しい立場の人に言われれば自覚のきっかけになり得る。解決への道っていうのはそういうもの。


 しかし、その解決方法は紅葉らしいと言えば紅葉らしいもので───

「特別扱い、されたくないんだったよね? だったら、素直になれる相手がちゃんと近くにいるじゃない」

「それって紅葉先輩の事ですか」

「ん〜? 私はむしろ特別扱いして甘やかしちゃうよ〜?」

「じゃあ、まさか……」

「そのまさかよ〜。大丈夫。素面は恥ずかしいだろうからまずは晩酌から始めましょうか!」

 カバンの中に忍ばせていた大量の缶チューハイである。

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